第103話「三人の夜」
「信矢、上がりの時間だよ~」
「ああ、もうそんな時間か……」
あれから考え事をしながらラッシュを乗り切ると僕たちのバイト上がりの時間が来た。僕と狭霧のシフトは基本同じで週三回、多くても四回だ。これは僕らの親とアニキ達が決めたそうだ。
「梨香さんは二〇時までですよね」
「そうね、でも帰りは二一時過ぎかも」
「工藤先生その時間まで仕事なんですか」
「ええ、引き継ぎが忙しいらしくてね、お迎えも来ないからその時間まで手伝ってるかも知れないわ」
あの日、冴木さんの保釈祝い的な集まりと頼野さんの壮行会をした日に発表された話はもう一つ、それは冴木さんと工藤先生が同棲するという話だった。
「私たちはその時間まで荷解きかも、シンどうしよ」
「ああ、そう言えば昨日だったわね、あなたの引っ越しって、私のあげたダンボールは役に立ったかしら」
「はい、ダンボール少なめに頼んじゃって、足りなかったんで助かりました」
どうやら狭霧の引っ越しは冴木さんも知っていたようだ。冴木さんも工藤先生のマンションに引っ越ししたばかりで今の話振りだと引っ越しの際の余った段ボールなどを都合してもらったようだ。
「荷解きは順調?」
「はい、昨日の内に大体は、シンも手伝ってくれたんで」
「私の方も先週やっとよ。アキ君……彼って意外と掃除出来なくてね、引っ越し業者も呆れるほどだったから」
話には聞いていたが二人は高校時代は恋人同士で様々な事情で引き離されていた関係だったらしい。狭霧なんかはドラマより泣いたと言っていたがオーバーだろう。最近はリアムさんの血が覚醒したのかリアクションが派手になっている気がする。
「工藤先生が……意外だな」
「そうでもないのよ。アキ君って高校の時から部屋が汚かったから私が掃除してたの。優人くん、アキ君の弟さんも呆れてたわ」
弟さんがいるのか、でも身内すらも呆れるほどなんて意外だ。僕の中では工藤先生は理想でカッコいい大人という印象だからだ。
「私の経験談を言わせてもらえばね小さい頃の憧れって大きくなると案外ガッカリするものなのよ」
「なるほど、肝に銘じておきます」
そんな話をしている内に竜さんと愛莉姉さんがやって来て僕らは家に帰った。その日も引っ越しの片付けをしていたお隣さんは我が家にやって来ていた。
◇
「やっぱり先輩の料理美味しい、余ったらタッパー入れて持って帰っていいですか」
「お母さんは同じ女としてプライドとか無いの」
既に父さんとリアムさんは夕食そっちのけでリビングで飲んでいた。久しぶりに二人だけの飲みらしく盛り上がっていて、こちらのダイニングでは僕ら五人での夕食となっていた。
「いい霧華、プライドで美味しい物なんて食べれないの、せいぜい満たされるのは虚栄心だけよ!!」
「大丈夫だよ霧華、お姉ちゃんが味を完璧に盗んで食べさせてあげるから」
「あ~ら狭霧ちゃんは家に嫁入りするんでしょ? そんな事言っていいのかしら」
「ごめんね霧華プライドなんて私いらない、欲しいのシンの愛だけだから!!」
横にいた狭霧が抱き着いて来ると狭霧の匂いと柔らかい感触がダイレクトに伝わってくるからゆっくりご飯も食べられない。ま、凄く幸せだけどね。
「そう言えば信矢、明日からテスト返しよね今回は大丈夫なの」
「う~ん、正直なところ僕がちゃんと高校のテストを受けたのは今回が初だからね。ま、程々に頑張ったよ。恥ずかしくない点数は取ったと思うけど」
「そう、アルバイトが原因で成績が下がったりしたら、分かるわよね」
「ま、何とかなるかな……じゃあ先に風呂入ってくるよ」
そう言って立ち上がると母さんも奈央さんも呆気にとられた顔をしていた。霧ちゃんも少しだけ不思議そうにしていた。が、そんな事より脱衣所で待機して昔みたいに一緒に風呂に入ろうとしていた狭霧を追い出すのが大変だった。
「戻って来て早々まずいからね、狭霧、落ち着いて!!」
「ちゃんと水着用意したんだよ!! 大丈夫!!」
正直、水着が有るなら大丈夫なのではと思っていたら去年の夏に買って着なかった水着だと見せて来たのは白ビキニで狭霧の発育の良い体を隠すには余りにも心許無い布切れだった。
「そもそも外ではそんな危険な水着は着ちゃダメだよ狭霧」
「大丈夫これは家でシンと一緒に居る時にしか着ないから!!」
最後は母さんと霧ちゃんに連行されていく狭霧を見送って僕はやっと風呂に入れた。明日は僕らは学校だけど父親連中二人は揃って休みらしく飲みは続行され全員が我が家に泊る事になったが、問題になったのは部屋割りだった。
◇
「それでこうなったと……」
僕は部屋にいる風呂上りの二人のブロンド美少女を見て呟いた。もちろん狭霧と霧ちゃんなのだが二人は今、テーブルに並べられたトランプとにらみ合いをしていた。
「ごめんね~私が居なければ二人で朝までお楽しみだったのに、あっ……」
「ほんとだよ。体も入念に洗って来たのに~、よ~し三連続!!」
風呂上りに何の躊躇も無く僕の部屋に二人揃って入って来ると母さんからの伝言で今日、泊ることが決まったそうだ。隣なんだから帰れるとは思うのだが男二人のサシ飲みでダウンした父さん達はそれぞれ寝室に行ったらしい。
「それにしても迂闊だったよ。客間に四人が寝られなくなったなんてね」
「私達も育っちゃったからね~」
「いや引っ越す前から割とキツかったけどね」
そこで寝室が足りなくなったからと下のリビングのソファーベッドを使おうとしたらリアムさんが盛大に吐いて使用不可能になってしまった。
「まあ、あのアルコール臭の中じゃ寝られなかったし……」
その結果、母さん達はそれぞれ酔っ払いの介護状態になって僕の部屋に二人が来てベッドの占有権を巡って神経衰弱でのバトルとなったのが今から五分前だ。
「私が勝ったらベッドは私で二人は布団でいいのね姉さん」
「うん、私が勝ったらシンと私がベッドで霧華が布団!!」
「色々とツッコミ所が多いけど姉妹でベッドという選択肢は無いのかな?」
白熱して狭霧がとんでも無いことを言ってるんだけど……これどうすれば良いんだろうか。
「私はそれでも良いけど姉さんが嫌でしょ?」
「うん、ごめんね霧華……お姉ちゃん今日は勝負をかけるから!!」
「いや妹の前で盛らないで、ほんとに……」
その後、色々と勝負をして最後は僕も入って三人でババ抜きをした結果、勝者の僕の決定で姉妹でベッド、僕が床に布団という結果になって電気を消した。
「三人で寝るなんて久しぶりだね!!」
「姉さん明日は学校でしょ、早く寝ないと」
◇
「ね? シン寝ちゃった?」
「狭霧、早く寝ないと明日辛いよ」
「そうだよ姉さん、シン兄と一緒で興奮して寝れないのは分かるけどさ」
「でも三人でこうして寝るのが懐かしいなって」
引っ越す前つまりイジメが原因で子供同士の行き来が無くなったのは小学校の高学年で、そこから数えると六年振りだろう。狭霧とは夜に勉強したり一緒に寝過ごしたりしたけど三人なのは本当に久しぶりだった。
「でも霧華のおかげだよ、お母さん達の別居が解消されたの」
「まあね、てかパパと母さんの別居原因はシン兄じゃないしね、そもそも」
「でも二人の喧嘩が増えたのは僕のせいだよね?」
あのイジメで僕が傷付いたと同時に狭霧も心が傷つきリアムさんの何気無い言葉や奈央さんの態度でビクビクして二人はピリピリしていた。
「それは違うよ。シンは何も悪くない私が……」
「狭霧、もう良いんだ。あのクズを……見澤を倒した時に全て蹴りを付けたんだから、気にする事は何も無いんだよ」
あの時に僕の理想とした私だった時に確かに倒した。そして奴は今頃は南米の鉱山で他のイジメのメンバーと一緒に強制労働だろう……死ぬまで一生そうなると七海先輩には聞いていた。
「ああ、倒しちゃったんだシン兄、鍛えてたけど本当に強くなったんだ」
「そうだよ霧華!! 凄かったんだよシン凄くカッコ良かった」
「あ~はいはい、やっぱり姉さんシン兄の布団行ってくれない暑苦しい」
霧ちゃんに追い出された狭霧が横でもぞもぞ動いているのが朧気に見えた。月明りがカーテンの隙間から入り一瞬遮られるとすぐ横に気配があった。
「えっ!? じゃあ仕方ないな~!! シンいいよね」
「確認しながら入ってこないで……少し狭いよ」
「じゃあ抱き着いちゃう」
「あ~、私は姉と将来の義兄の何を見せつけられて……」
しばらくすると狭霧の浅い呼吸が聞こえてきて眠ったようだと一安心していると霧ちゃんが喋り出した。
「寝ました? 姉さん」
「ああ、バイトも忙しかったからね……それに」
「それに家族が皆揃ったのが嬉しかった……でしょうね。私も本当に感謝してるんだよシン兄」
目が慣れて見上げる形で霧ちゃんを見ると狭霧が身
「おっと、でも僕は何もしてないよ」
「ううん、したよ。シン兄が姉さんを守ってくれたから母さんも希望を捨てずに生きて来れたし、近況を聞いたパパも重い腰を上げたし私もアシストが出来た」
「大げさだよ……僕は」
「大げさじゃない。だって別居解消の原因は二人なんだから聞いてよ」
帰国して数日の間、四人は狭いアパートで暮らし、そこで色々と話し合ったらしく互いの近況も話し合ったらしい。
「毎日シン兄のお見舞いに行く姉さんを見て父さんも母さんも喧嘩の理由を姉さんとシン兄のせいにしてたって、やっと気付いたんだってさ」
「どう言うこと?」
「私達の親はシン兄と姉さんの変化に気付けなかった事を本当に後悔してた。そしてそれを突き付けめて互いの嫌な部分が見えて離婚手前まで行ったって」
「じゃあ、やっぱり僕が悪いよね」
そう言うと霧ちゃんは「何でそうなるかな~」と笑った後に少しだけ真面目なトーンになって言った。
「最後まで聞いてシン兄、二人が言うには結局は自分の心の弱さに負けたんだって言ってた。私もそう思う」
「僕も自分に何度も負けた、この間まで逃げてたんだ……」
「母さんに聞いた。でも、この一年で二人がすっかり成長したって話してた。だから私達も強くならないとってお互いに『ごめんなさい』したってわけ」
その後は家族四人で久しぶりに外食をしたり僕のお見舞いにも来てくれた時の話もしていると狭霧の力が強くなった。
「狭霧?」
「しんやぁ、もう、離さない……絶対に」
「ああ、僕も絶対に離さないから……」
そして気付くと翌朝に寝不足になっていたのは僕と霧ちゃんで逆に睡眠がバッチリとれた狭霧は朝から元気全開だった。
「うっ、眠い……」
「もう夜更かしなんてするからだよ。霧華はまだ編入手続き終わってないから三学期からだから今日も昼までぐっすり寝てるしね」
なるほど、それで何も言わずに余裕だったのか霧ちゃん。そんな事を考えながら母さんと奈央さんに見送られて僕らは学校に行った。ちなみに期末の結果は学年一位は取り返せたとだけ言っておこう。
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