第93話「敗北の過去と今」-Side信矢&彰人-


――――Side彰人


「ふぅ、悪いね来てもらって……君と二人になるのは小学校以来かな?」


 例のバーの裏手にはベンチと灰皿が有る。そこに座ると彼も一人分空けて隣に座った。俺がタバコを吹かしていたからだろう配慮が足りなかった。


「そうっすね。先生が警察になってんのは……驚きました」


 俺の人生の転換期の出来事は三つ有る。一つは高校卒業時、次に教師を辞めるきっかけのイジメ事件、そして最後に警官になって彼を初めて見た時だ。俺の転換期の二つに彼は関わっている。


「俺にも色々あったんだ。まずは謝らないとね今回巻き込んだこと、ゲンさんのこと、後は君にも黙って学校を辞めてしまったこと……本当にすまなかった」


「いえ、イジメの時に先生がいなければ……ボクはずっと、さぁーちゃんと元の関係に戻れませんでしたから」


 一瞬だけ違和感を感じた。何と言えばいいのかは分からないが、さっきまで話していた彼とは違い幼く感じて疑問を口にすると彼自身の言葉で納得する事になった。


「はいボクは、一番弱い……本体なんて言われて……ます」


「じゃあ君が本来の?」


「はい。先生ボクは……強くなりたくて頑張ったけど、結局はさぁーちゃんを守れずに、こんな有様で」


「すまない……君がそうなる前に俺が止めていれば」


 そんな話をしていたからだろうか自然と俺の記憶は過去に戻っていた。俺が教師を目指そうとした原点、懐かしくも辛い過去で俺と高校時代は恋人同士だった冴木梨香との思い出だ。





「と、言うわけで根拠は無い。そして俺の推理では彼女は犯人ではない」


「でも冴木の家は片親で貧乏だから犯人に決まって――――」


「まず先に言っておくと犯人は見村そして榊お前らだ」


 当時の俺は高校二年生、その時に初めて梨香と出会った。クラスでも勝ち気だった彼女は不良からは特にウケが悪く、容姿端麗なのもあって目を付けられ財布の盗難という濡れ衣を着せられた。


「工藤いい加減にしろよ、いくらお前でも言いがかりはよ!!」


「悪いがもう既にお前たちの盗んだ証拠は掴んでいる。お前らが冴木を恨んでいたのは分かっていたからな。これを聞いて欲しい」


 俺は使っていたガラケーをボイスレコーダーのように使い奴らの会話を録音していた。それでアッサリ事件は解決。彼女を疑ってた担任や他の級友さえも謝らせて俺は意気揚々と彼女に向き直った。


「ま、こんなものだ冴木、もう心配は――――」


「一応は感謝しておくけど、正義の味方気取りなら本当に大きなお世話だから」


 当時の高校では内々にと二人は転校させられたが俺は満足だった。事件を解決してクラスを平和にしたという安易な考えだった。将来は立派な警察官になると当時の俺は信じて疑わなかった。


 しかし俺の思いとは裏腹にこの事件を機に彼女はクラスから孤立し始めた。元々はっきり物を言うタイプだったが不良二人が転校させられた際にバラされた彼女の家庭の事情などが原因だった。


「言いたい奴には言わせておけばいい母さんはキャバクラ上がりで今は場末のクラブのママよ何が悪いの!!」


 そういう生い立ちがバレてない間は友達だった人間もどんどん離れて行って残ったのは中学から友人数名と俺だけだった。


「だけど冴木、君も言い方を変えれば周りも態度が変わるから」


「私はこれが普通よ。工藤くんには感謝してるけど教師みたいに私に干渉しないでよ!! 大きなお世話、お節介なのよ」


 こんな感じで俺と梨香は事あるごとにぶつかった。彼女のお父さんが亡くなるまでは喧嘩ばかりだった。実は彼女の家は片親ではなくお父さんは病弱で代わりにお母さんが働いていただけだったのを亡くった日に知ってしまった。


「そんな事情が有ったのか……」


「なに? 同情でもしてくれるの!? お父さんが死んで可哀想な同級生を憐れんでくれるの!? ねえ、何で私だけ、私達母娘だけ不幸なの答えてよ工藤!!」


 彼女の父に線香をあげに行った帰りに話を聞いていた俺に彼女は怒りを露わにして泣いた。感情を剝き出しにした。普段の勝ち気な彼女は無視されてもイジメを受けても泣かなかったにも関わらずだ。


「ごめん、俺には何も言えないし何も出来ない。一緒にいるくらいしか」


「じゃあ居てよ!! それくらい、察してよ……一人は嫌なのよ」


 彼女に泣きながら抱き着かれて俺は慰めることしか出来なかった。たぶん俺はこの時に彼女を守りたいと思って好きになっていたんだ。それから数ヵ月で俺達は恋に落ちて三年に進級する頃には両想いになって付き合い出していた。


「ねえ、アキ君は進路とか決まってるの?」


「俺はもちろん警察官さ。父さんの後を継いで立派な刑事になってこの街を守るんだ……その、梨花も守れればって……」


 結構な勇気を出して言ったら向こうも照れていてお互い顔が真っ赤だった。懐かしい思い出だ。


「な、何言ってんのよ!! べっ、別にアキ君に守ってもらうなんて、私は……」


「この間のデートでもナンパされてたし梨香はやっぱり美人だよ。背も高いしモデルさんとか向いてるんじゃないのか?」


「それって私が見た目だけって事でしょ? どうせなら歌とか演技とかさ……女優とかになってみたいんだよね」


 元々は亡くなったお父さんは芸能関係者だったらしいが大病を患ってからは別な経営者に事務所を任せ引退していたらしい。だから芸能界には興味を持っているし小さい頃には本物の歌手にも会った事が有ると話していた。


「初めて聞いたよ梨香の夢……俺も応援するよ。進路とかもパソコンで調べてみたらどうだ?」


「う、うん……でも私の家ってパソコンとか高価な物とか無いから」


「じゃあ俺の家で調べよう。PCも有るし!!」


「ありがと……アキ君」


 こうして俺達は学年が上がってからも付き合いを続けてすぐにクラスにバレてしまったが少しづつ態度も柔らかくなって友達も出来て俺は安心していた。そして梨香を通して進路の相談も増えていた。


「やっぱりね。アキ君ってアドバイスとか欲しい言葉くれるからさ先生みたいだってクラスの子も言ってたよ」


「そうかな? 警察官になったら聞き込みもするし話を引き出すための話術も必要だからって父によく教本を渡されてたから、その影響かもな」


「そっか、アキ君の夢は警察官だもんね。でも私は先生になったアキ君も見てみたかったかも」


 そんな話をしながら夏休みも俺は猛勉強して上位の大学に向けて、彼女は女優を目指すための資金を貯めるためアルバイトを頑張っていた。そんな中で夏休み中に俺と梨香は一線を越えていた。若さゆえの暴走だったけど後悔はしていない今思えばこの時が一番幸せだった。





「父さん、今なんて?」


「教師など認めんと言ったのだ彰人よ」


 俺は夏休みの有る事件が原因で進路を警察官から教師へと変えて母に報告すると翌日に父に呼び出されていた。八月の終わりの蒸し暑い夜だった。


「確かに警察官になりたいとは思ってました。後を継いでいずれこの街を守るって……でも」


「遊びで抱くなら文句は無い。ただあんな下賤な女より、お前には将来キチンとした相手に――――」


「っ!? 梨香は関係無い……知って、いたんですか?」


「当たり前だ彰人お前は工藤家の長男、この地を守る後継ぎなのだからな。街の中の目は常にお前を見ている。当然お前がどこのホテルであの女を抱いたかもな?」


 常に監視されていたと知ったのはこの日が初めてだった。よく見てみると街中も、そして学校内でもクラスの一部の人間も皆が俺と梨香を監視していた。俺は申し訳無くて彼女に話すと彼女は笑って許してくれた。


「そりゃアキ君は私なんかと違うからさ、当然だよ」


「でも俺は、君と一緒に……」


「うん。あの時の子供達に勉強教えてたアキ君、凄いカッコ良かったよ。カノジョとして私も鼻が高かったしね」


 その言葉で俺は今度こそ自分の進路を決めた。


「俺、家を出るよ。そして二人で一緒に生きよう。学費は奨学金で何とかなるし」


「うん。二人で一緒に……頑張ろう、私も応援するから!!」


 しかしクリスマスにした二人の約束が果たされる事は無かった。卒業式の翌日に俺は駅前で駆け落ちしようと梨香を待ったが彼女は来なかった。そんな駅前で待ち続けるだけの俺の前に現れたのは弟の優人だった。


「兄さん!! 大変だ……急いで家に戻って!!」


「悪い、俺は梨香を待たなきゃ……」


「梨香さんはもう、この街に居ないんだ……たぶん父さんの仕業だ」


 そして俺は優人と家に戻って父を問い詰めた。金を渡したら喜んで俺を捨てた。そして街をすぐに出て行って俺は捨てられたと言われた。だが、それは有り得ない俺は進学前の短期間で真実に辿り着いた。


「素晴らしいな。さすがだ彰人。お前の調査能力、聞き込み力、そして直観力、全てが刑事になるために生まれて来たようなものだ」


「じゃあ梨香が俺を置いて行ったというのは嘘か!!」


「結果的にはそうなっただろう? お前が調べた結果が全てだ。ふふふ……あはははは!!」


 気付いた時には手遅れで俺は恋人を守り切れなかった。卑怯な父親の卑劣な手段に敗北してしまった。


「何が、何が警察官だ!! 父さんみたいな卑怯者が警察なら、俺は警察官になんてならない!! 梨香との約束を守るために俺は教師を目指す!!」


 そう言って家を出た。そして俺は大学の四年間で梨香を必死に探した。しかし彼女とは会えず、ある日テレビを付けたら彼女が端役で出ているドラマを見つけると今度こそ諦めがついた俺は教師を目指した。女優を目指す梨香を心で応援しながら。


「君に、いつか君に会えたら恥じない男だと言えるようにならないと……」


 しかし俺はまたミスをした。念願の教師になれたのに教え子のイジメを見抜けなかった情けない男だ。そんな男が今は嫌だと言っていた刑事になり目の前に、かつて救えなかった教え子がいた。



◇ ――――Side信矢



「先生? 先生どうしたんですか?」


「あっ、いや。悪い少し過去を思い出してた」


「ボクのこと……ですか?」


「いやいや、高校時代の事を少し……ね」


 高校時代、そうか確か冴木さんとは高校の同級生だったと言う話だったから何か思い出していたのだろう。


「君は……信矢は竹之内さんと恋人同士だったな?」


「えと、厳密には恋人未満と言いますか……でも、さぁーちゃんが世界一大事なのは本当で後はボク次第って言うか……」


「そうか、君の悩んでいる事は恐らくは多重人格のせいなんだろう。だけど付き合うのは早い方がいいぞ? 高校生活に彩りが出る」


 先生とこんな話をするなんて思わなかったボクは少し驚いていた。


「実はな、君だから白状するが冴木さん、いや梨香とは高校の頃は恋人同士だったんだ……それで少し気になってね」


「えっ? ええええええええ!! 冴木さんと先生が!?」


 冴木さんと先生が恋人同士……何か意外過ぎて色々と驚いて思わず大声を出してしまった。


「ふっ、どうやら先生呼びは直らないみたいだね」


「あっ、ごめんなさい。第三は直そうとしてるみたいですけどボクは……ボクにとっては工藤先生は今でもボクを助けてくれた先生だから……」


 ボクが言った瞬間の先生は少し驚いた後に困った顔をしていた。


「俺は教職を全う出来なかった情けない男だ……そんな男を先生だなんて、君はまだ呼んでくれるんだね」


「ボクは先生は今でも強いと思ってます。ボクはさぁーちゃんを守れなかったけど先生は……先生はボク達を助けてくれました」


「それは違うさ。あの時言えなかった言葉を君に贈るよ。君は強い、大好きな子のために耐えて、そしていつかは必ず側に戻ろうと今日まで頑張って来た。梨香を守れなかった俺より、君の方が何倍も強いんだ」


 そう言われた瞬間のボクの心情は驚きが大きく次に襲って来たのは頭痛だった。ピシッと頭の中で音がした後に強烈な頭がピキっとヒビが入って割れるような強烈な痛みだった。


「ぐっ、がああああああああ!! あっ、くっ……うっ……」


「春日井くん、春日井……いや信矢、大丈夫なのか!?」


 先生の呼びかけにも関わらずボクは、俺にも私にも変われず頭がおかしくなりそうだ。今までのどんな痛みよりも強烈で意識を失ってしまった。





「うっ、くぅ……」


「シン、大丈夫? シン?」


「さぁ、ちゃん?」


「うん、狭霧だよ、シン、大丈夫?」


 起きると俺は、いやボクは店に居た。周りには狭霧と先生とアニキと愛莉姉さん。そして意外な二人組が居た。


「やあ信矢。最近は診てあげられなくてすまなかった」


「ええ、倒れたと部下から報告が有ったのですぐに急行しましたよ春日井くん?」


 そこに居たのは夢意途仁人とその助手で千堂グループ次期総裁候補の一人、千堂七海の先輩コンビだった。


「バイタルも正常、投薬も必要無しだ。脳波はかなり乱れているがな?」


「状況は分かりませんが恐らくは直前の行動が原因ですね」


 二人の分析は相変わらず的確でボクが気を失ったのは直前の先生との話が原因だ。理由は分からないけど頭痛がしてボクは倒れた。


「先生……シンに何を、したんですか?」


「いや、俺は……ただ昔の小学校の頃の話をしたんだが……」


 そう、それがボクの原点、そして弱いボクが壊れる原因となった事件だ。その話を先生とした事でボクの中の何かが限界を迎えたのだろう。


「それだ。春日井信矢の多重人格の第一の原因は小学生時のイジメだ」


「そして竹之内さんとの中学の事件がトリガーとなって第二が誕生した。どちらかを想起させた場合、彼の精神は破綻をきたした。トラウマですね」


 あの日アニキが勇輝さんがボクを、俺を庇った時に完全に一度壊れた。つまりそれがトラウマで思い出すと精神が壊れるのだろう。


「そうだ。ボクは……俺は、はぁ、はぁ……」


「シン、ごめんね。私が、本当にごめんね……こんなになるまで、私が……バカだったから」


「だい、じょう……ぶ。心配、すん……な。俺が、私が……この程度では、もう砕けない。もう、大丈夫だから、さぁーちゃん?」


 だけど忘れるな私達は、俺達は、ボクは、もう狭霧を悲しませないと誓ったばかりじゃないか。いつまでも情けなく泣いてる場合じゃない。


「ほう、信矢。なるほど君は……もしかしたら俺が間違えたのか? そうなのか? いや、そうなら全て……これはっ!?」


「どうかしましたか仁人様?」


「いやいや、だがまだ、いや、多分これが正解。なら俺の研究は……くっくっくっ、これはしてやられたなぁ……」


 突然笑い出した仁人先輩を一同が見る中、ひとしきり笑うと顔をキリッとして突然「やる事が出来た」と言って店を出て行ってしまった。


「あっ!? 仁人様!? お待ちを……仕方ない。春日井くん、これは仁人様のお手製の頭痛薬です。これを服用すれば数分で落ち着くと思います。私はあの方を追いますので、これで失礼!! あと明日は絶対安静に!!」


 そう言うと今度は七海先輩も仁人先輩を追って行ってしまった。俺はとりあえず用意された薬を飲んで家に帰る事になった。先生が車で送ってくれて狭霧も無事に送ってくれるそうでお任せした。





 そしてついに事件は起きた。後に一部の者から『空見澤市動乱』と呼ばれる二日間の市民暴動事件が起きる朝は至って平穏だった。


「じゃあシンはやっぱり今日は?」


「ええ。今日は大事を取って休みます。だから二人も深入りしないで下さいね?」


「はい。春日井さんが居ないとさすがにちょっと、梨香さんに見つかったら怖いですし……あと社長の周りの三人も動きが慌ただしくて……」


 朝から俺は頼野さんは中学の前に、そして狭霧とは教室まで一緒に登校し一応は冴木さんに連絡をしたのだが連絡が繋がらなかった。


「梨香さんどうしたんだろ?」


「ふむ、冴木さんらしくないな……狭霧からも連絡してあげてくれ」


 しかし冴木さんから私はもちろん狭霧にも連絡が返ってくることは無かった。


「様子を見に行く? しかも二人で?」


「うん。綾ちゃんと二人でアプリでトークしてたんだけど、心配で」


「分かりました。では私も――――「ダメだよ。シンは昨日倒れちゃったんだから今日は安静に、だよ?」


 そう言われれば俺は何も言えない。仕方ないので生徒会にも寄らず一人で帰る事になった。この選択が間違いだと思い知らされるのは数時間後だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る