第67話「凍解氷釈、認める思い」
◇
第二の彼と両親と、そして狭霧との対話以降私達は極めて安定していた。基本は外装である私が、昼にかけては第二が、生徒会執務はお互いがそれぞれの役割を担い互いの領分を犯さないように動く。
そして第一の本体の彼は深層で深く眠りについている。狭霧が望む結果では無いのかもしれないが、それでも日々をそれなりに満足しているのか部活も本格的に再開し彼女は今は予選突破を目指し頑張っている。
「ふぅ……世は全て平穏でつつがなし……日々平和で……これが一番か」
「春日井先輩? 今日は大丈夫そうですね……」
「ああ、吉川さん……各部の予算編成は問題有りませんでした。順調ですね」
そう言うと吉川さんはなぜか苦笑いして私のお陰と言いながら今日は落ち着ているのでと言いながら懸念事項の書類を出して来た。
「ああ、例の事件の怪我人のリストですか……あれから三週間、ほとんどの生徒は復帰したようですね」
「はい。表向きはトラブルがあっただけ、でも人数が人数なので一部の生徒にはバレてます……先輩の介入の件も含めて……」
「先月の話なのに未だに鎮火していないのですか……困りましたね」
本当に困った時はあの二人、主に七海先輩が圧力をかけるはずだから大丈夫なはずだ。しかし何で鎮火しないんだろうか。
「先輩のせいですよ……竹之内先輩と一緒にいるのがGW後に明らかになって翌日にはビックカップルが誕生って、マスコミ同好会が大々的に公開ですよ?」
「私と狭霧が恋人同士になった事がそこまでの大事に?」
「そりゃそうですよ。片や昨年の暴動事件を鎮圧した立役者で副会長、もう一人は女バスのエースで、きんぱ……ブロンドの美少女ですよ? しかも四歳の頃からの幼馴染とか、女子の間じゃ未だにその話題ですからね?」
狭霧が人気なのは当然だ。バスケ部のエースとしても活躍していて、あの容姿なら人気が出ないわけが無い。しかし問題は私の方だ、生徒会に所属しているだけで特に可もなく不可もなく生活して来たはずだ。集会にも立つようになったのは今年からだからそこまで注目度は高くないと言うと吉川さんは再びため息をついた。
「本気ですか? 昨年度の事は知りませんが大規模暴動を抑え、しかも我が校の文武両道を地で行く模範的な優等生で、しかも涼学統一では総合で一位とか学内の知名度なら先輩の方がよほど上ですよ?」
「私の学院での評価はそのようになってましたか……意外ですね」
そんなこんなで中間テストも終わり七月の期末テストまで弛緩したこの時期には恋愛に揉め事など特に噂に飢えている女子たちが多くて話題集めに必死らしい。そこで今話題なのが私たちカップルという事らしい。
「最近は副会長もフランクな事がバレて竹之内先輩も高慢なんじゃなくてコミュ障気味で幼馴染以外は眼中に無いってのが分かって皆ビックリしてますから」
「なるほど、これは少し狭霧と話し合う必要が有るかもしれませんね……ですが今は大事な時期ですし、部活に集中させてあげたいのですが」
そんな感じで放課後は過ぎて行き私は俺にチェンジする。今日はアニキに呼ばれているからだ。どうも第三である外装はアニキには、あまり好かれていないらしく俺がチェンジして手伝いに行く事が多くなっていた。
「ま、じゃあ今日は久しぶりにアイツを待つか……シャイニングの方も落ち着て来たらしいからな……」
最近は夜のバーの仕事が本格的にオープンしたので昼も含めて手伝う事が減ってい た。昼は俺達が夏休みに入った八月頃にプレオープンを予定しているらしく俺もバイトに入る予定だ。
◇
「つ~わけだ。どうやら俺らが話題らしいぞ?」
「そうなんだ……私も最近は部活で話せる人とか増えたんだ、私、最近まで勘違いされたり嫌われてた部分あったから」
今日は放課後まで狭霧を校門で待っていたのだが来るなり周りからは生暖かい目で見送られ二人で帰る事になった。その途中で聞いた話を狭霧と話していたら変化があったのは狭霧もだったらしい。
「なるほどな……例のファンクラブが潰れてから狭霧に近づく男が減ったせいで色々いい方向に行ったみたいだな」
「うん。それもバスケ部の二人と赤音ちゃんにも言われたよ、ただ男子バスケ部が半分くらいになったって男バスの部長は言ってて……」
「モテモテじゃねえか、お前目当てがそんだけ居たのかよ……蓋開けてみりゃただの泣き虫でヘタレなのにな」
コイツは散々クールとか女神だとか呼ばれてるけど実際はただのコミュ障で泣き虫の普通の女だ。あと少しだけ重めだ……そんなコイツのどこが良いのかと思ってたがやっと周りが気付いて安心だ。いや、別に安心した事に深い意味は無い。
「泣き虫なのは信矢だってそうじゃん……最近だって秋津さんに泣かされてたし」
「うっせえ!! 調子乗んなよ、色々あったが親とも本音で話せたのはお前のお陰だから……感謝しといてやるぜ」
「そっか……じゃあさ信矢、お願い、有るんだけどいいかな?」
そう言って俺の前に回り込んで狭霧はいつもの上目遣いをしてくる。コイツは本当にこういう仕草をサラッとやるから他の男にやらないように注意しなくちゃいけないと思っていると続きを話していた。
「私ね、全国に行くよ。それでね……出場出来たらさ、私の告白聞いて欲しいんだ。それでさ大会決まったら、応援来て欲しい……ダメかな?」
「県大の予選だったか? まずはそっちだろうが……ま、出られたら考えてやるさ」
「うんっ!! わたし、頑張るからね!!」
そう言うとちょうど別れる場所だったが俺は何となく嫌な予感がして家の前まで一緒に行って送る事にした。実際、帰り道では住宅街で人通りもまだ有ったのに堂々とナンパしている頭の悪そうな二人組がいて近づいて来たりしていたが俺と二人だと分かるとすぐに離れて行き女子二人組やらに流れて行った。
「ナンパかな? 怖い……シン」
「ああ、俺と一緒なら問題無いが……狭霧も気を付けろ……あいつら見た事無い奴らだった……」
「え? 見た事無い人くらい居るよね」
そう言う意味じゃない。一応は不良や、そう言う関係の情報は生徒会に入ってくる。それは七海のお嬢やアニキ達の協力で、ここ数週間はそのネットワークを構築していた。それの情報網に該当する人間では無い連中だった。
「ああ、だがハンパもんや、はみ出し者はアニキや愛莉姐さんから情報が入ってくるのに……あいつらは知らない。明らかに狭霧を狙ってやがった」
何より気に入らないのは狭霧を舐めるように見ていた件だ。外装も聞いているだろうから調整は奴に任せよう。
「狭霧、これからは可能な限り一緒に帰るぞ……あれはマズい……」
「えっ!? 送ってくれるの……うんっ!! じゃ、校門前で合流?」
「ああ、それで良い。うちの学院で狙われるとしたら間違いなくお前が筆頭だ」
そう言って狭霧のアパートの近くまで行って再度周囲を確認するが周りは誰もおらず安心した。そのまま部屋の前まで送ると後ろから声をかけられた。
「あら二人で帰ってきたの?」
「あっ、母さん!!」
「どもっす、遅いんで送って来ました」
そう言って帰ろうとしたのに変な方向に空気を読んだ狭霧のお母さんが俺を逃がさないようにガッチリ捕まえて家の中に連行されてしまった。
◇
当然のように夕ご飯は狭霧がパッと用意していた。本人は残り物と簡単な物だけと言っていたが意外と丁寧で昼の弁当の残り物だから気にするなと言っていた。
「狭霧、お前マジで料理出来るようになったんだな、驚いたわ」
「え? 本当!? 中学からは私だって覚えたんだ、あと味とか……どう?」
「あ? 旨いぞ? てか昼の弁当で味は分かってるしな、今回は手際に驚いてたんだ、もう熟練だな」
何を当たり前のこと言ってんだか、昼飯は散々食ってるから出来の心配はしてないのにな。それにしても本当に煮物は俺ん家と同じ味してんな。再現度高くてさすがに驚くぞこれ。
「う、うん……これで信矢の――――さんになれるかな?」
「ん? なんか言ったか?」
「なっ、何でもないよ!!」
なぜか俺と狭霧のそんな様子を狭霧のお母さんの奈央さんがニヤニヤしながら見ていたが悪い気はしなかった。その後は少し休んだ後に帰る際に明日の朝も気を付けるように約束をして家に帰る。帰りに駅前を通ると柄の悪い連中がチラホラ見えて街が騒がしい気がした。
◇
「そんで、気になって店まで来たのか?」
「はい、アニキも気付いてますよね? 街の様子」
「ああ、お前と初めて会った頃に似てるな……嫌な空気だ」
俺は翌日アニキの店に昨夜の報告と話を聞くために訪れていた。ちなみにこの後に学院に戻って狭霧を迎えに行く予定だ。
「サツの旦那のタレコミだと誘拐事件だそうだ」
「誘拐? どう見てもナンパやカツアゲとかの方面の連中でしたが……」
「だがお前の話だと組織的に居たんだろ」
「そうですね、二人一組で持ち帰れそうな女漁ってる感じで……それが少なくとも三チームいました」
ふむ、と少しアニキが考え込むとスマホを手に取ってどこかに電話をかけていたが繋がらなかったようでそのまま切ると口を開いた。
「やっぱサブの野郎がいねえと情報収集は進まねえな……あいつ武者修行でドイツ行ってんだよなぁ……詳しく聞いたか?」
「いえ、ドイツで騎士修行とかはレオさんから聞いたんすけど」
「ああ、何でも師匠に会いに行ったらしい。向こうで鍛え直してるらしいな」
どうやらドイツでの騎士修行は本格的らしい。サブさんはそう言えば剣さえあればアニキでも手を焼く程だったが徒手空拳では限りなく雑魚だった。その弱点を補うと言って二人は院の前で別れたそうだ。
「ま、あいつも
「うっ……ですけど狭霧は少し現実を見た方が良かったんすよ、他にもワガママに育ってましたし、良い薬だったんです」
痛い所突かれたと思いながらもこれは曲げる訳にはいかない。そりゃ色々あったが最終的にはあいつのためにならねえと思っただけだからだ。それにあの時の俺の怒りが間違いだと俺は未だに認められない所があった。
「はぁ、童貞拗らせるとここまでなるもんかね……お前も難儀だな、好きなら好きって言ってさっさと抱け、それが早いんだよ」
「そ、それは……狭霧とはまだそう言うのは早いんすよ……」
「全く、サクッと抱いて――――「いてっ!? 何すんだよ!! 愛莉!!」
俺達二人がカウンターで話してるといつの間にか来ていた愛莉姐さんがアニキをゲンコツで殴っていた。どう見てもわざと食らっているんだろうなと思っていると俺達二人の前に仁王立ちになって話し出す。
「その辺にしときなユーキ、シン坊と狭霧ちゃんはアタシらと違って純情なの、それとシン坊、狭霧ちゃんは思ってる以上にデリケートだから大事にしな、いいね?」
「それは、分かってますよ。今度こそ俺が……必ず守るって決めてますから」
「それを本人に言ってあげれば万事解決なのにね……ま、手遅れになる前に告っちゃえば良いのにねぇ……待たせるのも程々にしな」
そんな事を言われて俺は店を後にする。制服のままバーに出入りするのは問題かもしれないが一々着替えるのも面倒だ。その日は狭霧を送った後は街を軽く見回りして家に帰った。気のせいか誰かに見られている嫌な感じがしたからだ。
◇
そしてそんな生活も数週間もすれば日課になる。最近は少し蒸し暑くなりもうすぐ夏が訪れるそんな時期に差し掛かって来た時にそれは起きた。
「どうしたのですか狭霧?」
「あっ、信矢……何でも無いから――――「嘘言わないの!! ちょうど愛しの彼氏が来たんだし送ってもらいな!?」
「家までは最近毎日送ってるから問題は有りません、それで井上さん何があったのですか?」
放課後、生徒会の仕事が終わり狭霧を待っていたら帰りが遅いので校門からこちらの体育館まで来るとバスケ部員が男女ともに狭霧の周りに集まっている。
「怪我……では無いのですね?」
「うん、捻っただけだから大丈夫だよ……」
そう言って目を逸らしたから嘘だとすぐに分かった。いつもの二人を見ると私の予想は当たっていたようで二人に確認する。
「それで本当は? 井上さんそして佐野さん?」
「狭霧、ハードワークのし過ぎ、特に今月入ってから」
「タケ、土日なんて昼の部活終わりの後も一人で残ってるんですよ」
「土日も17時まで伸びたのでは?」
どうやら周りに聞くと
「そいつぁ色々と聞き捨てならねえぞ狭霧ぃ?」
「ひっ!? このタイミングで変わるの!?」
俺がメガネを取って頭を軽く掻いて狭霧を睨むと慌てたようにビクッとする。別に取って食ったりはしねえよ。だから、そんな顔をすんな。
「むしろオメーがストレスかけたのが原因だ……ったく、保健のセンコーいねえだろうし俺が軽く診る」
「えっ? うん。お願い……たぶん筋だけだと思うけど……っ!?」
俺は狭霧の右の太ももを軽く確認するように触って行く、周囲からなぜか悲鳴や一部男子からは呻き声が上がるが無視だ。今はそんな事はどうでも良い。
「いやいや副会長。勝手にマズいよ……赤音ちゃん待った方が……」
「もっともな意見だがコイツがガキの頃から怪我した時の面倒見てたのは俺なんだよ。応急処置だけだ。狭霧なんかあれば言えよ? ここは?」
正論だが世の中正論だけじゃ上手く回らねえ。ま、本当は『生兵法は大怪我の基』とも言うからダメだ、だが俺の中の第一が俺を突き動かしていた。そして
「あっ、んっ……うん。そこっ、でも後は冷やすだけで良いと思う」
「分かった。帰りは昔みたいに背負って行くか? それとも足に過負荷が掛かるようならタクシーを呼ぶが?」
「今日は怖い方の信矢が優しいよぉ……じゃあ抱っこで!!」
コイツ、調子乗ってるな……ま、だがコイツがこうなったのは何となく分かった。本当に狭霧はバカだ、俺もバカだがな。今までの狭霧が暴走した原因はなんだ?俺の言葉だった。なら今回もそう言う事だろ、取り合えず今日は帰り道で説教だな。
「調子乗んな。オメーの家まで15分は歩きでかかんだぞ? 腕が持たねえよ昔と違ってお前も育ったからな…………おんぶまでだ。今日は帰るぞ着替えて来い」
「うんっ!! やった!! じゃ、ちょっと待っててね!!」
狭霧を二人が連れて行って一段落して俺が立ち上がって周りを見るとなんか男女問わずバスケ部員共に見られている。なんだコイツら?
「や、副会長まさか応急処置まで出来るとはね~? 手際に惚れ惚れしたよ」
「ああ女バスの部長か、悪いな。昔からアイツが怪我した時は俺が面倒見ててな。つい勝手に出しゃばった」
「いやいや、噂の溺愛振りを見せてもらったから私は満足よ~!! あ~私も彼氏欲しいわ」
その後は狭霧が出て来るまで主に三年の女子部員を中心に質問攻めにあった。これも借りだからな狭霧。俺が渋々答えていると制服を着て下にジャージを履いた狭霧が出て来た。
「あの部長……信矢と何話してるんですか?」
「怖っ!? あんたの事を聞いてただけだから睨まないで!! お願いだから~」
確かにこの顔を初めて見たらキレてるように見えるか。だけどこれは不安顔だ何にそんな不安になっているんだコイツ。
「その顔は怒っている訳じゃねえ部長、これは不安な時の顔だな。ピクピク引き攣ってる内に顔が固まってるだけだ」
「へ? そうなの、この顔してる時いつも不機嫌なんだと思ってた」
「狭霧は小さい頃からこんな感じでな、いつまでもガキじゃねえんだから言葉で言え、てか中学ん時に気合入れろって言っただろうが、忘れたか」
そう、決別の時にも説教したがコイツはとにかく色々と行動が幼い時が有った。だから中学の時に俺はイライラしていたんだ。分かってみれば案外単純だな……要は俺はコイツの事が心配で仕方なかっただけなんだ。
「だって信矢が、いつもより優しいから……取られると思って……」
「はぁ……ったく、中学ん時みたいにお前を置いてすぐにどっかに行く事はもうしねえからよ……早く乗れ」
「うんっ!! 久しぶりだな~!! ちゃんとしてもらうの小学校以来……えへへ」
その時になぜか俺を見てバスケ部の男子と一部の女子が顔を真っ赤にしていた。いや違う、たぶんだが狭霧が何かしてるな。何をしてるんだコイツ。気になって途中まで着いて来た井上に聞いてみると予想外の答えだけが帰って来た。
「え? タケが、おんぶされて笑顔になってただけよ」
「なんだそれだけか……ま、良いか狭霧、大丈夫か」
「うんっ、大丈夫、じゃあ家までお願いね信矢」
そう言われれば俺は歩くしかない、井上と佐野に軽く会釈だけすると背中の狭霧も手を振って「また明日」と言っている。鍛えているから狭霧一人なんて余裕だが街中では目立つなと、そんな事を考えていたから後ろの二人の会話を聞いていなかった。
「そりゃ副会長は当たり前でもアタシらは狭霧の笑顔なんて見た事ほとんど無いんだから……男子はもちろん女子だって見惚れるわ」
「ほんと、副会長と絡むようになってから狭霧よく笑うようになったよね、本当はあれが素だったんだろうけどさ」
俺にとっては狭霧が泣いたり怒ったり笑ったりするのは日常だったから気付いてなかった。この感情が俺に向けられるのは当たり前でいつも通りなだけ、そんな事も俺は忘れる程怒り狂っていた。
だけど今は……俺は色々と複雑だが自覚してしまったんだ本当に俺は……。少し薄暗い帰り道に狭霧の体温を感じながら俺は家路をゆっくりと歩いた。
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