第52話「縮めたい距離と新たな驚異」


「それにしても凄い見られましたね……さすがは狭霧。大人気ですね?」


「いや、たぶん信矢を見てたんだと思うんだけど……目の上のとこの絆創膏と手の包帯とか普通に目立ってるし……」


 そんな事を話しながら私たちは下駄箱で別れた後に再び廊下で合流した。まず付き合ってるフリの第一歩として狭霧のクラスまで彼女を送ることになった。ちなみに当初の話し合いでは狭霧のクラスで交際宣言などと考えていたのだが狭霧が全力で待ったをかけたのでそれは無くなった。


「だって……さすがに恥ずかしいし……ま、まだ体だけの関係だし……」


「狭霧、もしかしてそのワード気に入ったんですか? あんまり良い言葉じゃないから人前では言わないようにして下さいね? それでは取り合えずは匂わせる程度で行きましょう」


「う、う~ん……そんな感じで!! やっぱり難易度高いよぉ~!!」


 なのでこうやって彼女といる時間を増やす事にしたのだ、それにこの間にも頭痛はしている。ES276は日に二回しか使えないので昼前に飲む予定だ。いきなり学院内で第一を出すのはさすがにマズい。彼は私を通して見てはいるが高校生をしていないのだ。いきなり出されても挙動不審になるし、言動が変わるので生徒会の人間にバレる可能性もある。


「しかし、スポーツ科の階に来るのは昨年度以来ですか……雰囲気はあまり変わりませんね……」


「昨年度? 信矢って入学から普通科だったんでしょ? ここに来る用事……そっか!! 私を探しに来たんだね!! 去年、私も探しに行ってたし!!」


「違いますよ。私が狭霧の様子を確認していたのは体育館での部活中だけですからね? 人をストーカーのように言わないように」


 それに対する狭霧の反応は、幼馴染の範囲内だから大丈夫なのにと言うもので、そう言えば第一が出ていた時はそれで許されていたな。だが、そこで気付いたのかハッとした顔でこっちを見る。


「で、でも今は体だけとは言え恋人同士なんだから見張ったり、後を付けるのも問題無いんじゃ?」


「問題大有りですからね? その辺りの距離間の常識をしっかり覚えさせる必要がありそうですね……そうだ。狭霧、お昼はどうしますか?」


「えっと、普通に教室で食べるけど……あっ、そっか凜と優菜の事?」


 そう、あの時に狭霧と同じバスケ部の井上さんと佐野さんの二人への対応をどうするか話した時には決めずに終わってしまったが昨日互いに連絡を取り合い対策を改めて決めた結果、二人には私が頭を打って錯乱したと言う説明で通す事になった。この件は既に七海先輩やドクターには話を通している。


「そうです。彼女たちにどう説明するか? そこでお昼です。二人を連れ出す事は可能ですか?」


「別に連れ出すのは簡単だけどさぁ……」


「ん? 何か問題が有りますか? もしかして今日は用事が?」


 昨日の時点では予定など無かったはず、今朝になって何か思い出したのか……あるいは何か他の……何だ?少しムッとしている?


「あのさ、今日は恋人…………のフリの初日なのにいきなり他の女の子と一緒だと私が寂し……じゃなくて、そうっ!! 説得力が無いと思うの!!」


「なるほど……ふむ、確かに道理ですね。では場所はあとで連絡しますね」


 話している間はあっという間で、すぐに狭霧のクラスに着いてしまった。廊下では既にかなりの不躾な視線があったが効果は上々だ。ええ、既にかなりの頭痛がしていますからね。本当に自分のメンタルの弱さが嫌になる。


「でしょ? 私だって色々考えてるんだし、あ、教室着いた……」


「では狭霧。私はここで、ああ、それと……」


 そこで私は言葉を区切った。目の前であからさまにガッカリした顔をしないで欲しい。さっきも本音が少し漏れていたしね……まったく仕方ない、私のストレスの原因は君だけど、一番頭痛が酷くなるのはどんな時か君は知らないだろうな。


「本当は私も初めての昼食は二人きりが良かったんですよ? それでは、お互い授業をしっかり受けましょうね? 狭霧?」


「え……うんっ!! あと信矢……今日のお昼、楽しみにしててね!! 私、すっごい頑張ったんだから!!」


 それを聞いて彼女の頭をポンと撫でると私は自分の教室に向かう、少し歩いて振り向くと狭霧もまだこちらを見ていて、その顔にはすっかり笑顔が戻っていた。これで一安心、私の頭痛が一番酷くなるのは狭霧、あなたの表情が曇った時なんですから。



 さて、少々困った事態になりましたね。私はクラスでは昨年度は友人などは一切作らず無難に過ごし生徒会業務とあの二人の研究の手伝いと言う名の人体実験に付き合っていた。忙しいだけでボッチでは有りません友達を作らなかったのです。出来なかったわけでは無い……はずです。


「ご用向きをお伺いしても?」


「はいっ!! 春日井副会長!! GW中の大事件について一言!!」


 そんな私にもついに話しかけてくる友人が……なんて事は無くボイスレコーダーをこっちに突き付けて来たのは我が校のマスコミ部らしい……そんな部活あったでしょうか?申請など無かったはずでは?見るとクラスに一人は居そうな陽キャの男子が、レコーダーを、そして黒髪でセミロングの女生徒がスマホを構えている。


「その前に、我が校にマスコミ部などは存在していないはずですが? もちろん同好会も、違いますか?」


「はいっ!! 申請を昨日出しました!! 同好会に必要な五名を集めたのであとは審査待ちです!!」


「なら審査後に改めてお出で下さい。私は所用が有りますので失礼します」


 そう言って席を立つトイレに暫く籠りましょう。そしてチャイムの鳴る直前に席に着く。それをこの後二回繰り返すハメになった。さて、問題は昼休み……狭霧と合流するところなど見られたらマズイですね。

 狭霧には教室に迎えに行くと言ってしまったので行かなければ……彼らはどう言う訳か私が教室を出るタイミングでドアの前に居るので接触は不可避。しつこい……さすがはマスコミ。


「あのさ、春日井くん?」


「ん? 失礼。あなたは……河井くん? ですよね? どうしましたか?」


 今度こそクラスメートに話しかけられた!!快挙だ……初めてだぞ高校に入ってから……と、そんな内心を隠しながら河井くんの方に向く。河井くんは背が割と高い、私が立っても目線が合わない、おそらく一八〇センチ以上は有るのだろう。


「いや、その……俺は空手部で例の事件の事が聞きたくてさ……ほら、さっきからしつこく絡んでた奴ら居たけど俺も、あと他の運動部系のやつらも話を聞きたくてさ」


 見ると彼以外も六名ばかり男女がこちらに来ていた。武道関係以外の球技系の部活のクラスメイトも居る。おそらく外に居たので救急車が大量に来たのを見ていたと言ったところでしょうか。


「空手部と言いましたか? なら直接あの事件に関わっていますよね? いまさら私に聞く事は有りますか?」


「いや、俺は団体の選手じゃないから体育委員の仕事で武道場には居なかったんだ。それで最後だけは集合だから戻ったらあんなんになっててさ。副将は隣のクラスなんだけど親友でさ、なんか話したくないってさ」


「なら聞くのは控えた方が良いのでは? 申し訳有りませんが昼を学食でと考えてまして、皆さんと長く話しているわけには……」


 そう言って席を立とうとするとドアが開かれ予想通りマスコミ部が現れてしまった。やはり早い、授業が終了して一分経ったくらいで到着した。クラスはどこだ?隣なのだろうか、これは面倒だし七海先輩に報告しておくべきだな。


「逃がしませんよ!! 副会長!! さあ記者とランチミーティングは上に立つ者として基本では無いですか? さあさあ!! それと会食前に一言!! あと今日のお昼は何を? 勝負飯なんですか!?」


 こんのマスコミ改めマスゴミがぁ……申請わざとミスして『マスゴミ部』にしてやろうかコイツら……私は今日の狭霧との昼食のために授業中にあらかじめトイレに行き、その時にES276をもう飲んでいる。これから楽しい二人きりの昼食を邪魔すると言うのならコイツらはマスゴミ認定してくれる。なんて思っていたせいでついポロっと出てしまう。


「あのですね……マスゴミ部のお二人、今から私は大事な用事が有るので……仕方ないので放課後に時間を――「いた~!! 探したよ!! 副会長~!!」


「今度は何ですかっ!! 私はこれから……って……狭霧っ!?」


 新たに教室に入って来た闖入者はなんと狭霧の友人のバスケ部のいつもの二人組、井上さんと佐野さんだった。そして彼女らに両脇を抑えられ、捕まった宇宙人のように連行されて来たのは朝別れて以来の狭霧だった。そして二人に引きずられるようにして私の目の前に三人が来ると狭霧が一言。


「ごめん、信矢ぁ……捕まっちゃったよぉ……」


 そう言うと少し涙目の彼女はこっちを見ると二人の一瞬の隙をつくと「えいっ!」と言って拘束を抜けて私の背後に回ると私を盾にして左手に抱き着いてきた。普段なら大変素晴らしい感触に打ち震えたのだろうが、これは最悪の展開だ。見たくない、マスゴミ部の方見たくない。


「狭霧……ふぅ……何があったんですか?」


 彼女の方を振り向くと井上さんと佐野さんを威嚇しながらもこっちを見るとその顔は真っ赤になってこちらの反応を伺っている。私が再度、何があったかと聞くと彼女は観念したようで、やっと口を開いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る