第19話「過去との決別をここに」
◇
連休も中頃に入り生徒会も学内外へと大忙しだった。会長や書記の先輩二名は教師らに帯同し学外の応援に、居残り組の私と吉川さんは学内をメインに巡回などをしている。ちなみに吉川さんとはあれから仲直りと言うより向こうから謝られた。私は怒っていない事をキチンと伝え、狭霧もそこまで気にしてない趣旨を伝えておいた。たぶん怒っていないだろう。勝ち誇ってただけだと思う。
そしてこの後、体育館では午後からは男子、女子のバスケ部がそれぞれの試合をする事になっている。私のやるべき事は事前準備の案内だけなので後は適当な場所で待機して応援すればいいだけだ。下は部活関係者で入り乱れているので上の階に上がるとそこにはなぜかこの場に居ないはずの二人組が居た。
「やあ!! 信矢。待ってたよ」
「どういう風の吹き回しですか?」
いつもは居ないはずのドクター&七海先輩の二人は待っていたらしく、こちらにすぐに声をかけて来た。その瞬間に教職員は周りから蜘蛛の子を散らすように去ってしまい、ちょうど人払いが終わった形になる。
なぜか卓球台の上に食べ終わったラーメンとチャーハンの皿が載っていて、この二人がここで出前の中華料理を食べてたのがよく分かる。
「お待ちしてました春日井くん。追加が完成したので
「え? 一応まだ半分は残ってますが?」
「多くて困る事は無いだろ? タダなんだから貰っておいたらいいさ」
正直、連休前半は狭霧は大会予選だったので会っておらず使う機会が減ると思っていたのだが、それとは別の要因で頭痛や眩暈があったので実はこの薬は意外と重宝していた。
「ま、タダより高いものは無い……とも言いますけどね」
だが今はこれに頼る以外の
今日の昼食は職員室で教師陣はみんなラーメンを食べていたから、この二人はそのご相伴にあずかったのかも知れない。もしくは逆かも知れない、この二人が注文するついでに他の人間も一緒に注文したパターン……権力的にこっちの方が有り得そうで怖い。と、そんな事を考えていると下では男女のバスケ部が入ってきた。狭霧もチームメイトと一緒にアップをしているようだ。
「それで本日はもう飲んだのですか?」
「ええ。先ほど……昼食後に大体四〇分くらい前ですね」
「ならちょうど効きはじめた感じか、なら問題無いんだし声をかけたらどうだい? 愛しの竹之内さんに」
そう言われた私は、少し考えてアレを渡すぐらいならと思って体育館に持って来た小型の保冷バッグを肩にかける。そのまま下に降りて行き女子バスケ部の面々がアップしているところに来たが、さてどうするか。制服姿の私は地味に目立つ上に男子だから下手に声をかけるのもどうかと思っていたら不意に後ろから声をかけられた。
「あれ? 副会長?」
「ああ、あなたは井上……凛さん? でしたか?」
「そうそ、どうしたの? って用件は一つか……タケ~~!! ちょっと来て!」
声をかけてくれたのはこの間、狭霧と一緒に職員室で説教されていた片割れの少女でその後に狭霧に紹介された井上さんだった。その井上さんが気を利かせて体育館の隅で柔軟をしていた狭霧を呼んでくれた。最初、鬱陶しそうにこっちを見た後に二度見すると狭霧は全力疾走して来た。
「信矢!! ど、どうしたの? もうすぐ試合始まるから……あ!! 帰りの時間が合うなら一緒に、えっと……」
「帰りについては時間が合えば連絡を下さい。待ってますので、それと今日はその、これを……良ければ」
そう言って肩にかけていた保冷バッグから黄色い蓋のタッパーを取り出す。蓋には『4-2 かすがいしんや』と書かれていた。小学生の頃に使っていた入れ物しか手元に無かったのでこれをまた出して使う事にしたのだ。
「これって……まさかっ!! やっぱり!!」
「なになに? これって……蜂蜜レモン漬け?」
小さい頃は何回も作ったこれを作って持って来ていた。今のアスリートとして鍛えている狭霧は食生活もそれなりに見直しているだろうし、スポーツ科ならこれよりも良いものを推奨しているだろうから今更感はあったのだが、それでも何かしたいと思って今回用意してみたのだ。
「自分で色々やってるだろうし、試合前のルーティン等も有るでしょうから正直どうかとは思ったのですが、良ければと思って作りました。必要無ければこちらで処分しますので」
「いる……絶対にいる!!」
そう言ってさっそく開けて一つ食べてる。彼女の好み用に調整したから大丈夫なはずだけど、作ったのが久しぶりだから不安だったがこの様子なら大丈夫そうだ。
「ううっ……もう二度と食べられないと思ってた……」
「え? そんな美味しいの? じゃあ私もひと――「凜……ダメ。絶対に渡さない」
「わ、分かったわよ……目が怖いからアンタ」
それを確認し少し話すと、狭霧の喜ぶ顔を見て二階に向かうために踵を返す。その背に狭霧が声をかけてくる。思わず振り返ると彼女は何かを決意したように言った。
「シン!! ありがとう!! 私、勝つから!!今日絶対に勝つから!!」
「ええ。信じてますよ。もちろん応援しています」
こっちに大声で宣言するもんだから相手側の選手や関係者が、すっごいこちらを睨んでくるのですが……そんな事を欠片も気付かず小走りでこちらに近づくと耳元で彼女が言った。
「あと、この試合が終わったら……大事な話が有るから待ってて」
「……分かりました。では後ほど」
そしてまた二階へと戻ると試合を観戦するために最前列で待機した。すぐに審判が声をかけ男女ともに試合が始まる。私は女子の試合が見やすい位置に居るので狭霧がよく見えた。相手は他県の強豪校らしく実力はそれなりに拮抗しているらしい。頑張れ狭霧、と心の奥で私ともう一人の気持ちが重なっていた。
◇
さて、結果から言ってしまうと狭霧たちは圧勝した。強豪校と言われる相手だったのだが圧勝した。私の贔屓目では無いと言った上で語らせてもらうと狭霧無双だった。最初は相手も油断もあったのだろう、練習試合と舐めていたのかも知れないが狭霧の気合の入り方は異常だった。
第二クオーターで既に点差は二〇点以上ついておりその得点のほとんどが狭霧一人で量産されていた。その後も引き放されワンサイドゲームで試合終了となったのだ。
そして今は試合後の空気が弛緩した状態だ。この後は体育館の締め作業を手伝うだけだろう。既に顧問の教師たちは他校の教師らと全員校舎の方に行き自由解散となっている。他校の生徒も少し残っていて狭霧と話し込んでいるようだし、先に吉川さんに連絡を取り武道場関連の確認しようとスマホを見たら通知が数件来ていた。
狭霧の試合に注目し過ぎて一〇分前から確認していなかった。そしてその知らせを見て血の気が引いた、内容は非常事態が起きたから来て欲しいと言う一点のみ……トラブル発生だ。
「これは……吉川さん!!」
「先輩。これ……」
まず武道場に入ると空手部と柔道部と思しき人間が複数名倒れていた。声をかけるがうめき声をあげるだけで明らかに異常だ。倒されたのではなく怪我を負わされている。明らかに試合で出来るような怪我ではなく、何人かは流血しているので確認していると一緒にいた吉川さんも真っ青になっていた。
「何が……喧嘩? でもなら実行犯は? それに勝者いや、無事な者が居ない……」
すぐに動ける人間を探すがおかしい、部員同士や他校との争いと思ったが我が校も他校の生徒も怪我をしているのだ。近くに教員を探すが居ない。吉川さんも怯えていて要領を得ない状況だ。取り合えず職員室に行くしかないので急いで向かった。
「失礼しま――「おおっとぉ!!」
慌てて職員室に入ろうとしたら両手にラーメンの器を大量に持って出ようとしている出前の人とぶつかりそうになってしまった。顔が隠れて前が見えないくらいの大量の皿と器を持っているのに、よろけながら耐えていた。これが熟練の技かな?
「あ、すっ、すいません。失礼しました」
「別に~次から気ぃつけて、じゃあ残りの器すぐに取りに来ますんで失礼しま~す」
そして出前の人と入れ替わるように今度こそ職員室に入り武道場での事件を顧問やその場の教師に伝え、すぐに来てくれるように言って全員を連れて戻ると各部の顧問や他校の教師がそれぞれの教え子の元に行く。
「何があった!! 斎藤!!」
「ウ……ス。ボクシング部の試合相手が負けた腹いせにうちのボクシング部部長を複数で不意打ちして、止めようとした俺らごとあいつらに……」
どうやら原因はボクシング部だと判断しそれを聞いて私はすぐに武道場に繋がっているボクシング部の練習場に入る。そこはさらに血のニオイが濃くなっていた。
「大丈夫ですか!? 気を失っている……動かしたらマズイですね」
「おい!! 春日井!! どうなってる!?」
「山田先生!! 剣道部の方は!?」
道着を着た山田先生が後ろから入って来た。どうやらもう一つの第二体育館の方で顧問同士で試合をしていたらしい。先生は先に剣道場を見て来たらしいのだが、剣道部は一年生男子部員以外は全員そちらに行っており道場の掃除をしていた彼らが被害に遭ったようだ。
「何という……先生、どうしましょうか?」
「とにかくて手当と救急車だな。誰か!! 保険医を!! ったく、しょうがねえ呼んでくる!!」
先生が怒鳴り声を上げながら出て行くと中央のリングにもたれ掛かっていた何人かがこちらに気付いて声をかけてきた。そしてその中に意外な顔見知りの人間がいた。
「うっ……いた。メガネのつえーやつ」
「君は……茶髪くん!? それにあの時の二人も!!」
顔に青あざを作っていたり、目が切れている三人。なんとそれは狭霧とデートをした際にトラブルになった三人組だった。彼らも呼ばれていた事に驚く、もしかして前回来てたのは敵情視察でもしていたのかも知れない。しかし今は彼らも怪我人だ。早く何とかしないといけない。
「大丈夫ですか? 取り合えず保険のせんせ――「いいからっ!! マズイんだよ!! あんたの彼女!!」
「は? どう言う事ですか?」
突然のことに動揺する。彼らが勘違いしてる彼女とは狭霧のことだろう。しかしマズイとは?疑問符が大量に頭に浮かぶが要領を得ないので先を促そうとすると、後ろで一番ダメージが少なそうな男子がこちらによろよろと近づきながら話し出した。
「俺が説明しますよ……。実は、うちの部の先輩らがあんたの彼女さんの知り合いみたいで写真でバレて、うちのバカ部長が気に入っちゃって、俺の女にするとか言い出して、今から会いに行くとか言い出して」
「んで、そんな問題起こしたら今度こそうちの部も終わりなんで止めた副部長や俺らと仲裁しようとした、こっちの部員の人までボコしたんす。サーセンした」
事態が混沌とし過ぎている。こんな断片的な情報では訳が分からない。分かっているのは狭霧に危機が迫っていると言う点だ。すぐに動きたいが焦って失敗するのも危険だ。昔、自分勝手に浅慮に動いて失敗した過去が多々あった。だから取り合えず彼らに詳しく話を聞こう。
「写真? 狭霧の知り合い? どういう事ですか!?」
「えと。あんたらの写真がクレープ屋にあって、この間の帰りにそれをスマホで撮っておいてコイツからかってたら先輩達に見つかって、それ見たら見澤先輩と部長が食いついて」
なるほど、クレープ屋に提供した写真を彼らの一人が見つけてそれを茶髪くんに見せてからかったら、この部の部長と見澤と言う先輩が……見澤、どこかで……まさか、体中に悪寒が走る。狭霧の知り合いで見澤……忘れもしないその名前を忘れたくても忘れられない悪魔の名前だ。
「見澤……見澤健二か!! そのクズの名前は!!」
「え? あんたも先輩の知り合いすか? 正直俺もあの人きら――「と、なると狙いは狭霧への復讐? それとも私か? ……っ!! 吉川さん!! 居ますか!?」
ここの現場を真っ青な顔色の彼女に任すのも気が引けたが、すぐにボクシング部の顧問が入って来たのを確認すると私はすぐに体育館に引き返した。
◇
予想通り中では言い争う声が響いていた。急いで中に突入するとそこには武道場と似た光景が広がっていた。まずバスケ部の部長が顔面から血を流して倒れていて、他校のバスケ部員の上級生も三人倒れている。他の男女はみな、中央の人間に怯えて委縮していた。
「枝川部長の女になったら俺らにやった事は許してやるからよぉ!」
「放して!! 触らないで!」
狭霧に触れているその光景を見た瞬間に脳が沸騰した。そして心の中で師に心から詫びた。申し訳ありません師匠、足技を解禁します。我慢の限界?いいえ我慢など最初からする気はありません、なので申し訳ありません誓いを破ります。
その瞬間スーッと頭がクリアになる。確認出来る敵は六人、おそらく彼らが他の部員たちに怪我をさせた連中なのでしょう。敵はまだこちらに気付いてないのでダッシュで勢いを付けて飛び出した。
こちらの走る音が体育館に反響したのに気付いたみたいで、何か言ってるようだがもう遅い。既に飛び蹴りの体勢に入っているし間合いだ。まず一人、足の裏にゴリッと嫌な感触がする。
そのまま止まらず隣の男子に勢いそのままにして、軸足を固定し回し蹴りの要領で二人目の顔面を狙う。だが避けられる……のは分かっていたのでそのままさらに回転し、背後に回り込んだ。後は相手の学ランの襟を後ろから引っ張り姿勢を崩し、無防備になった顔面に掌底を押し込みそのまま床に叩きつけ、相手を気絶させる。
「狭霧っ!! 私の後ろに!!」
その光景を見て怯んだタイミングで私の声で我に返った狭霧が逃げ出すのを確認するとメガネの位置を直しその
「ふぅ……取り合えず二人に静かになってもらいました……何か申し開きは有りますか? 生徒会副会長の春日井信矢です。事情は聞く気は有りません」
「てっ、てめえ。よくも……って、春日井? あのカスなのか?」
見ると見澤と他に見覚えの有る顔が二つ。そいつらも喚いているが聞く必要はない。どうやらあの時のイジメの実行犯が全員揃ったようだ。
あぁ……なんて、なんて……おあつらえ向きの舞台。誰かが仕組んだような正に神の悪戯。だがそんな事はどうでもいい、本当に大事なものを見失うな私よ。
「答える義理は有りません。クズども、また狭霧に手を出す気ですか? そしてまた狭霧を泣かせたのですか? ま、関係有りません、私の狭霧の前に出て来た時点でお前らは今度こそ私が処分します」
狭霧や他の部員たちを背中に庇い悠然と構える。大丈夫、震えてないはずだ。私は強い、強くなったのだからと言い聞かせる。今度こそ彼女を守る、守り切ってみせる。あの時のように自分を犠牲にする事しか出来ない情けない自分ではもう無いのだから。背中から不安そうな声が聞こえるので、その声を背中で受ける。
「信矢……もうっ……私、泣いてないからっ!!」
「ふふっ……そうですか……。強くなったんですね……さすがは私の自慢の幼馴染です!!」
少し笑みを浮かべると油断無く眼前の四人を睨みつけ一歩踏み出す。そして一瞬で間合いを詰める。俗に言う二歩一撃と言う歩法だ。眼前にいきなり現れたように錯覚したボクシング部員は慌てて反応するが、既に間合いは合っている。
拳をグッと握って左で牽制用のジャブを、そして右で空手で言う正拳突きを相手の鳩尾に叩きこむ。相手がうめき声をあげて崩れ去るのを確認すると三人に向き直る。
「これで残り三人……まだやりますか? 私は一向に構いませんがねっ!!」
そう、まだまだこれからです。狭霧を泣かせた罪はこの世のどんな罪より重いのだから覚悟してもらいましょうか。
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