第4話 死にゆく花
かつて大輪のダリヤに例えられたその女性は、今ベッドの上で動くことすらできずにいた。目を閉じたまま土気色の顔色の王妃マリーは、時々苦痛に顔をゆがめる。
天蓋付きのベッドの周りには、王太子アルバートが付き添う。王太子が握る王妃の手は、すでに枯れ枝のように細く、皮膚からはみずみずしさ失われて久しかった。
「おかしいではないか!」
アルバートはそばに控える医師団に向かって叫んだ。
「王妃殿下は半年前まではお元気であらせられた!初めは風邪に似た症状で、医師団もそのように診断したではないか!それが…それが半年でこのように悪化するなど、一体どういうことなのだ!」
医師団と呼ばれた数人の医師たちは、黙って何も言わない。彼らとてわからないのだ。
「全力を尽くしております」
医師団の代表にして最年長、オズワルドが言う。長身で褐色の肌を持つ初老の男だ。
普段から物静かで滅多に自己主張をしない王太子が、珍しく感情をあらわに声をあげている。そのこと自体がオズワルドには驚きだった。
ちらり、と隣に控える王太子付きの事務官レイノート・アシュトンに目をやる。目を伏せたまま沈黙を守る事務官からは何の表情も伺えない。
冷静、沈着、物腰は丁寧。洗練された所作は名家と呼ばれるアシュトン伯爵家の三男にふさわしいものだ。それでいて考えが読めない。彼が王太子付き事務官に就任して以来、隣国との貿易交渉、国内の貧困問題、疾病対策など王太子は様々な功績が次々と挙げている。
実際には王太子の懐刀と称されるレイノート・アシュトンによるところが大きいのだが、表向き、レイノート・アシュトンが目立った動きをすることはない。
忠実で、政敵にとっては食えない男。それがレイノート・アシュトンに対し、宮廷内で多くのものが抱く印象だ。
アルバートは顔をあげると鋭くオズワルドをまっすぐに見つめた。
「私の目を見ろ、オズワルド」
「…殿下」
「いいから見るんだ!」
オズワルドは、気まずそうに目をあげた。
「全力を尽くしているのはわかっている。君らがこの国で最も優秀な医師団であることも。でも…王妃殿下は僕の母上だ。血の繋がりはなくとも、私にとってはかけがえのない御方だ。誰がなんと言おうと。その王妃殿下の子である私が、母を救ってくれ、そう言っている。オズワルド、本当にもう出来ることは何もないのか?」
オズワルドの目を一瞬、何かをよぎった。
「殿下…」
「もう一度聞く…本当にできることは、もう何もないのか?」
アルバートの声が震える。
「殿下、力不足の私たちをどうかお許しください」
オズワルドは頭を垂れた。アルバートの瞳が暗い色に変わる。
「殿下、力の及ばない私たちの代わりに北の森に住む医師に王妃殿下の診察を御命じください」
「北の森?疫の森と呼ばれている森ではないか」
王都の北に原生林が残る一帯があり、一部が立ち入り禁止区域になっている。その中には疫病を作り出す悪魔が住んでいる、というのがもっぱら庶民たちの間で広がる噂だった。
「殿下はその”噂”を御信じになりますか」
「あくまでも”噂”だと聞いている。あの場所については国王陛下も『時が来たら』と仰せであった。なので時がくれば、必要なことであれば私に知らされるであろうと考えていた」
「では王立医師団の長の権限を持って、王太子殿下にお知らせいたします。疫の森と呼ばれるあの場所の奥には、確かに人が住んでおり、病を扱っております」
「何だと!?」
「ただし、悪疫を作り出しているわけではございません。むしろその逆です。あの森には代々引き継がれ続けた研究所がございます。その中で人類を滅ぼしかねない疫病の元を”保存”し、調べ、治療法や予防薬の開発を行なっているのです。その研究所に携わるものは”厄疫の番人”と呼ばれます」
「厄疫の番人…」
「病を知るには、手元に置き、時間をかけて病を知らねばなりません。ただ人は病を恐れるもの。いくら病を予防する手立てを調べるためとはいえ、悪疫の元がもし自分たちの住処近くにあることを許さないでしょう。そのためこの国では、代々人里離れた北の森を研究施設にあてているのです。国民を守るために必要なものでも、人は恐怖の感情が理性に勝ります」
「それで代々の王はその情報を秘匿された…」
「すべては国民を疫病から守るため。王立医師団の長である私はこの国の医師全ての長である権限を持って王太子殿下に謹んで北の森についてお知らせいたします。その存在をお知りになった王太子殿下におかれましては、その権限を持って御命じください。
「アシュトンは居るか!」
「殿下、御前に」
「王太子の名において命じる!セレナ・グリーンフィールドを召集せよ」
「御意」
アッシュトンは王妃の寝室を後にする。その手が、唇が、微かに震えていたのに気づくものはいなかった。
王妃の病 カブトムシ太郎 @kabukuwa0608
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