第182話 不変物質3
「
あっさりと白状してくるグレンに、思わず拍子抜けしてしまう。しかしグレンにそんな俺をどうこういじる様子はない。
あくまでも真剣で、真摯で、何より鋭利だった。
仮に俺が「嘘でした」などと言おうものなら、いや態度に示すだけでも、コイツは容赦なく行動に移してくるだろう。
「僕も、シッコククンも、
「いや普通に起きてるよな?」
「これでも半分くらいは寝ているんだな。レベル上げよりも大変だったんだな」
一発で漢字まで俺の脳内に浮かんできたってことは、俺のイメージで間違いはあるまい。
プログラミングの世界では、変えられない性質のことをイミュータブルなどという。これもクソ天使のネーミングセンスだろうか。
「で、不変物質とやらはあらゆるダメージを吸収する、と?」
「半分正解で半分間違っているんだな。不変物質は二種類あって、ジーサクンがいう吸収作用を持つ物と、純粋に受けたダメージの分を返してくる反射作用を持つ物があるんだな」
「安眠部屋は吸収だけか?」
「自由に制御できるけど、今はドームの内側を吸収面、外側を反射面に設定しているんだな」
グレンが白い破片を二つほど撃ってきたので、それぞれ片手ずつキャッチする。
俺のステータスでは何とか追いつける程度だ。左手の方は瞬時に慣性がゼロになったが、右手の方はそのままグレンに跳ね返っていく。
ちょうど眼に当たる軌道だが、避ける気配がない――かと思うと、まばたきで叩き落としやがった。
……やっぱり第一級クラスだな。俺じゃ背伸びしても勝てない。
左手で受けた破片だが、俺の手を離れて、ふよふよと流れていく。微かな水流に乗っているってことだろうか。吸収するんじゃねえのか。意味わかんね。
気になるところだが、これにとらわれて警戒が薄まるはまずいので、俺は意識して無視しなければならなかった。
「器用なもんだな。それでシッコクの能力は?」
「戦ってみてのお楽しみなんだな」
「冗談じゃねえぞ」
「僕としてはジーサクンがシッコクンを殺してくれると有難いんだな」
くすっと微笑むグレンは、エルフだけあってそれはもう可憐なのに暴力的だった。
可愛さと美しさが強引に共存していて、うん、とにかく反則である。俺の語彙では反則としか言えないから惜しい。
前世の純文学作家に見せてみてえわ。
「ジーサクン……露骨すぎて気持ち悪いんだな」
「それ、シッコクにも言われたんだが、仕方ねえだろ。エルフなんだから」
「あの変態と一緒にしないでほしいんだな。そんなことより、ジーサクンも教えてくれるんだよね?」
「ああ」
俺としても、ある程度は開示するしかない。
別にここでリリースぶっ放して殺してもいいんだが、せっかくここまで歩み寄れたんだ。活用したいじゃないか。
これは俺が意図していた展開でもあった。
すなわち、コイツと手を組むべきかどうか。
味方は多ければ多いほどいいというが、利害関係についても同様である。
ブーガしかり、コイツしかり、大望を抱く奴は利用しやすい。逆を言えば容赦もないわけで、下手すると俺が呑まれてしまうわけだが。
「俺のレアスキルもお前らと同じ系統だ。
全身耐久とは、俺の防御力を誤魔化すためにルナに使った嘘設定である。こんなところで役に立つとはな。
俺は左目を見開き、人差し指で示してから、
「攻撃を撃ち込んでみてくれ」
「……」
グレンは半信半疑だったが、実力者らしく決断も速いようで、一秒を待たずに「
シッコクの時と同様、温度は万度だ。
材質も妙に硬くて、たぶん土魔法も混ぜている。レベル90のクロでも風穴が空く威力だろう。
それでも糸の直径は非常に細くて、ミリメートルもない。温度がなければ、
「吸収でも反射でもないんだな。不変物質?」
「どっちでもない。未知の成分だと思う。何せモンスターが当惑するくらいだからな」
「それでバーモンも近寄ってこないと?」
「たぶんな」
「いいかげんな人間は嫌いなんだな」
「お前の好みなんざ知らねえよ。モンスターに『なんで逃げるんですか?』とか尋ねて答えが返ってくるなら苦労はしない」
「……」
ここでグレンが押し黙った。
時折見せていた表情も一切消えている。オーラも全く出していないし、まるで死体だ。目を閉じた途端に見失いそうで怖いな。
(黙る意味はわからないが、他に思いつくこともない。行くしかねえ)
「なあ、ここはいったん保留にしないか?」
「……保留とは?」
もはや口さえも動かさなくなったグレン。冷酷な女声だけが耳に入ってくる。
「俺にお前を殺す義務はない。むしろ手を組みたいと考えてんだよ」
「信用は行動でのみ示せるんだな。シッコクンを殺したら、僕は信用する」
「そうか」
できるわけねえだろ。グレンの口ぶりから考えて、コイツでさえも容易には殺せない相手ってことだ。
唯一、殺せる手段があるとすればリリースだが、確実に他のエルフも巻き込んでしまい、俺はエルフ虐殺の大罪人となるだろう。
あとスキャーノとガーナも死ぬだろうしな。ルナは、近衛がいるだろうからたぶん大丈夫だろうが。
「ジーサクン。お喋りはおしまいなんだな」
「せっかちだな。別に焦る状況でもないだろ。もうちょっと楽しもうぜ」
「……」
「なあ、グレン」
「……」
タイムリミットか……。
川に入る前といい、なんか制限時間ばっかりだな。
前世でもやたら細かい計画立てて、線表引いて、日ごとにタスク区切って期限迫ってくる無能がいたけど、そういうのは嫌いなんだよ。
エッセンシャルワーカーじゃないんだから、もっと伸び伸び創造的にやればいい。
「でも、そんなこと言ってられねえよな」
俺があえて呟いてみせても、グレンは銅像のごとく動かない。
わかっている。
既に俺達は必殺のやりとりを交わしているのだ。
ミリ秒さえも見逃せない。
おそらく勝負は一瞬で決まるだろう。
(……ああ、そうか)
コイツは知っているんだ。
俺が獣人領の侵入者であり、アウラとギガホーンを退けた実力者であると。
しかし俺は、火力の正体を明かさなかった。
誠意が足りなかったのだ。
そんな俺をグレンは見限り、戦闘モードに入った……。
どうするつもりなのだろうか。
俺に攻撃してくる? それとも火力に備えて逃げるか? 考えたくはないが、封印に動いてくる可能性もある。
安眠部屋はどうか。
おそらく一瞬で自分を覆いきれるほどの量は生成できないと思うが、吸収と反射の作用を持つ物体は厄介だ。生かしてこないとも限らない。
「……」
「……」
グレンと同様、俺も下手な台詞はやめて、ひたすら集中に徹した。
眠たげなグレンと睨み合いつつ、コイツが行いそうな行動にあたりをつけるも――正直わかんね。
スキャーノとの戦いで痛感したが、俺は圧倒的に戦闘経験が不足している。
睨み合いが続く。
十秒、一分、十分と、俺達はまばたき一つしないまま過ごし続ける。
さらに数分経ったところだった。
突如グレンが動いた。
俺でも視認が追いつかないほどの高速詠唱、それに踏み込み。
とりあえず俺から距離を取ろうとしたことと、俺では到底追いつかないことだけはわかった。
それ以上はわからないし、わかる必要もない。
元より俺は格下だ。
渡り合うためには、行動をシンプルにするしかなかった。
コイツが何かアクションを起こしたら、とりあえず引き金を引く――。
俺はそうとだけ決めていた。
「オープン」
ユズを瀕死にさせた1ナッツでも、ギガホーンを退けた2ナッツでもなく。
それ以上の、正直言って被害範囲も予測できない超火力――3ナッツのエネルギーを、俺は自らに放って自爆する。
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