制約 と 抜け穴


「え・・・」


 俺は完全に情けない声を出していた。

 何故なら今自分が見ている光景は俺の脳内じゃ処理しきれていないからだ。


 女が一緒に抱き付いている男を・・・刺した。


「これで・・・これでずっと一緒ですご主人様」


 女が呟きながら力の抜けた男・・・死体を抱えてる。

 強く強く摩りながら抱きしめているが。男の方はぶらりと両手を降ろしている異様な形となっていた。


 少ない時間だったが、この女の事は理解していたつもりだった。

 言っている言葉は俺の語学力の問題で理解は出来なかったが、とにかく主人想い。

 どんな状況でも主人の事を考え、それでいて俺の援護も欠かさないでいた。


 そんな女が・・・どうして。


「・・・・・・」


 一人・・・一人で言葉も発さずに草原の上に佇む。腕から血が流れ始めた人間の死体を抱え。


 もう俺は言葉を発することが出来ない。この状況でかける言葉などがあれば是非とも教えて欲しいほどだ。


「これからは、私・・・」


 もう駄目だ。

 理由はわからないけど、あのご主人は死んだ。

 間違いなく死んだんだ、ならもう関わる必要はない、報酬ももういらないし手に入らない。


 ならもうここにいる必要ない。ここで留まってる必要はもうないんだ。


 俺はすぐさまこの異様な光景に背を向けグインズへと帰ろうとした・・・。



「この方と共に頑張っていきます」


「ひぃぃいい!!!!!」



 俺の肩に手を置いたこのミミナという女。


 恐怖。ただ恐怖が俺の心を蝕み、この女と一緒にグインズへと帰還することになったのだった。





・   ・   ・




「あはははははははは!!!!」

 

 それから翌日、俺とこの殺人犯はあの後ローズの元の組合宿屋へと帰った。

 すぐに寝た俺に対して殺人犯はそのままローズに挨拶をして起きた事を報告していた。

 そして今ローズの高笑いが部屋の中に響く。

 黙って朝食をとってもらいたい物だ。


「そうかそうか! レーグ君!レーグ君!あははははは!!!」


 バンバンバンバンと俺の背中を叩き続けるローズ。

 奴隷だからと言って好き勝手やりやがって本当にこいつ殺してやりたい。


「ふふふ、そうなんです。あの時のレーグ様はそれはもうとても逞しく私の事を守ってくれたのです」


 昨日話したであろう内容をまた説明している。

 当然のように盛り盛りに話を持っているのは言うまでもない。なんだよ逞しく守ったって、そんなシーンあったか?

 もうこいつの言っている事がどれが本当でどれが嘘かもうわかったもんじゃない。


 っていうか自分のご主人を殺しておいて何悠々と笑顔で飯食ってるんだこいつ。

 あんな何処に隠し持ってたのかわからないナイフで・・・。


 ナイフで・・・殺した?


 ご主人を・・・人間を?


 自分の手で。


ガタンッ!!!


 無意識に俺は机を叩き、立ち上がっていた。

 当然二人は何ごとかとこちらを見てビックリしていた。

 だけど、そんな事はどうでもいい、今俺が知りたいことは一つだけだ。


「お前、どうやって殺したんだよ」


「え?」


 キョトンとした顔で俺を見る目。

 こんな何がですみたいな顔をしていてもこいつは間違い無く殺したんだ、俺の目の前で。


「どうやって殺したんだって聞いてるんだ!ご主人を・・・人間をどうやって殺したんだよ!!


バンッ!!!


 熱くなっていた。

 自分でもわかってる。だけどこの女の顔を見ていたらテーブルを叩きたくもなる。

 こいつは、俺の知らない何かを知っている。


 ご主人・・・人間を、奴隷紋を持っているのに殺すことが出来る。

 ルールを逸脱した行動を取ったんだ。


「それは・・・私にも、わかりません」


「嘘を言うな!!」


 わからない訳がないだろ。あれは確実にわかってて殺した。

 そうじゃないとナイフなんかを戦闘用以外で持っている理由に説明が付かないだろう。

 

「ふん、仕方ない教えてあげよう、このままだとミミナ君を殺しかねないからね~~」


 確かにこいつは同じ奴隷だ。

 下手したこの場であのご主人と同じように殺してしまうかも知れな・・・。

 

「はい、それでしたら・・・喜んで!」


「は?」


 空気の流れが一変した。

 喜んで、そうこの女は言った。つまりそれは殺されてもということを言ってるのか?

 その言葉の真意を理解するのに時間がかかった。いや、そう理解していいのか流石の俺でも躊躇した。


「つまりそうゆう事だコ~~ンってね」


「どうゆうことだよ・・・」


 またムカつく手の形を取るローズに苛立ちを覚える。

 そうゆう事ってどうゆうことだよ、殺されたいことが殺せることになるのか?

 自殺願望? 明らかにそんな物じゃないだろ。


「ではでは、ミミナ君。教えてあげては如何かね、君のその美学を」


「美学だなんてそんな大それた・・・私はただ、その・・・」


 何を言い渋っているんだ。

 口元に手で隠すような仕草で顔を少し赤くしている。恥じらい? ここで恥じらうって意味がわからん、やはりビッチか。

 横槍も入れることなくビッチの言葉を待つが・・・。




「だからその・・・私は、"愛"しているのです」




「・・・・・・あ?」



 衝撃だった。

 何を言い出すかと思えば。

 愛・・・? 愛ってあの・・・愛か?

 好きの上位互換とも呼べるあれか?


「へへっ・・へ・? あ、愛って、どうゆうことだよ」


 もう駄目だ。

 ローズを見ても満足気のある顔を浮かべうんうんと頷いてるだけだ。


 完全にこの場で理解していないのは俺だけ。

 この場で頭のネジが外れているのは俺って事になる、それがこの世界のルール、常識のような物なんだ。

 王様でも貴族でもなければ、多数決が物を言うのが世界の摂理。


 あぁーもう駄目だ。どれだけ無知に厳しいんだ。

 お願いだからわかるように説明してくれ。


「ん~、仕方ないコンね~~、レーグちゃんは可愛いんだから~~」


「はい、少し初なところが素敵だと思います」


 気持ち悪い。

 完全に馬鹿にされているようにしか感じないし実際ローズは100%馬鹿にしてるだろうし。

 この赤面しているビッチに関しては何を勘違いしてこんな馬鹿げたことを言ってるのか本当に理解し難いし。


「こほん、ではでは改めてレーグ君。この奴隷紋の力、制約・・・代償でも良い。 まずはそれが一体どうゆう風に解釈しているのか、そこから紐解いて行こうじゃないか」


「紐解くも何も、単純だろ。人に危害を加えられない。こいつで言うなら買い主に危害を加えることが出来ないってものだろ」


 そう俺に刷り込んだのはコイツだろうに何を今さら言ってる。

 俺に今買い主は居ないが、スキルの代償が残ってる。


「では、奴隷の魔法。彼女のように魔法を使って物を動かし殺害するのはどうかな?」


「無理だ。恐らく自分の魔力が宿った物を相手にぶつけようとした瞬間に痛みが走る、物を投げるのと一緒だ」


 それが可能ならこの制約や代償は自分の実際の手以外なら良いことになる。

 ナイフや剣、殺したのは自分じゃないナイフだ剣だと言い張ることが許される。


「その通り答えアウト。では次にそれが事故なら? たとえばこの宿を君が倒壊させたらどうなる??」


 それは・・・考えた事はあるがあまりに不確定要素が多すぎて実行しなかった。

 実際にローズとグインズに来る途中に何度か荷馬車を崖に叩き落として間接的に殺そうと考えたが確実性が無いし実際に死んでるかどうか確認するのも面倒だからやめていた。


「答えは・・・半々だ」


「あ? なんだそれ」


 半々ってセーフとアウトってことか?

 自分が倒壊させたならアウトだろ、最初の問題と同じだ。自分が投げた物って同じ様な判定になるはず・・・。


「事故ならどうかな~? 考えたことはないかな?」


 事故。

 それはつまり意図せずに事故を起こしてしまったってことだよな。

 それなら・・・実際俺はそれを狙ってあのイノシシにスキルをかけて殺そうとしたし、実際スキルは掛けれて結果は・・・まぁいいけど。


 だとしてもおかしいだろ。


「んじゃあつまり、この女がやった事は事故だって言いたいのか、それは無い。あんたは見て無かったかもしれないが、こいつは確実に故意でやったの明白だ」


 実際に刺した瞬間は見ていないが、あの光景あの状況。

 故意以外にあの殺しが出来るわけがないし、あの空気は確実にやった物だ。

 それだけは自信を持って言える。


「二問目の答えを言っただろ、半々だと」


「だからそれは・・・」


「明確な殺意が、それにはあるのかな???」


 明確な・・・殺意。その言葉が引っ掛かった。

 俺はあのイノシシ相手に明確な殺意は・・・あったはずだ。

 いやまさか、あれはこいつの言う殺意に判定されなかった? 確かに嫌がらせとしてあいつの向上効果を無効化して楽しんでいた気もするけど、殺意が無くてもあれは間違いなく・・・俺の知識不足が招いた結果で終わっていた。


 明確な殺意じゃなかった?


 奴隷が悪戯をした程度の事だったのか、そんな曖昧な物だったとでもいうのかあれが。

 悪戯以上殺害未満なんて聞いたことないぞ。

 だけどそれがまかり通ったって解釈していいんだよな。



 じゃあつまり、この女のそれは・・・。

 

「ようやくわかってきたかな? この仕掛け、抜け道のトリックが。さぁ!答え合わせだ!!」


 パチンとローズが指を鳴らすと周囲が一気に暗くなり突然ステージが現れ上にローズが飛び出した。

 何がどうなってる、気が付くと俺はなんか観客席に座ってるし、歓声を上げてる観客いるし全員狐だし。


「レーディースエーーンジェントルメェエエン!!! 本日ご紹介するのは奴隷紋を持っているのにも関わらず自らの手で買い主を殺し続けて三千里!! 微笑みの殺戮者! 彼女の毒牙に掛かった人数は数知れず!! 奴隷界の深淵にして希望の光!! おまたせしました! ミミナの登場・・・です!!!!」


 なんだ幻覚を見せる魔法か。

 ローズはわけわからん兎衣装?(バニーコス)で色の付いた照明?(スポットライト)を浴びて拡声器具?(マイク)を片手にわけのわからん紹介をしていた。

 小指を立ててるのがなんでか腹が立った。


 そして紹介された奴隷がステージの中央へと来た。


「えっと・・・私の愛の形が、結果的にどうしてか死んでしまっているだけでして」


「はぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・」


 俺は開いた口が塞がらなかった。

 脳裏に宿った。そうゆうことかと。殺したのではないんだと。

 結果がそうなだけであって、このビッチにはそう言った殺意とかなんとかとか難しい事は一切ない。


 理解した。


 コイツ自分が殺しをやっているという意識すらないのかもしかして。


「だってそれが・・・"本当の愛の形"なのだと」

 

「ぁぁ・・・ぁぁぁ・・」


 もう言葉すら出なかった。

 俺は今まで今目の前にいる奴は俺と同じ奴隷だと思っていた。

 ここで確証を得た。


 こいつは化け物だと。


 まるで本能で人間達を襲うモンスターとなんら変わり無い。むしろまだ人間の形を取っているだけに立ちが悪いんじゃないのか。


「あの・・・もうよろしいでしょうかローズさん、そろそろ恥ずかしくなって参りました」


 何を今度は羞恥心はありますアピールをしているんだ。

 俺なんて今自分の顔を両手で覆ってるっつうのに。

 もう色々な気持ちが混じり合ってめちゃくちゃだよ。


 整理すると何? 奴隷紋はその明確な殺意と言う物に反応するってこと? 原理はわからないけど脳の信号とか思考とかそんなイメージでいいのか?


 殺すじゃなければ何でもいいのか。

 結果は関係ない、強いて言うなら自分が殺すとか危害を加えるとかが駄目ってことか?


 もう無理、思考が追いつかない。

 むしろ最近で思考が追いついたことなんて一度も無いような気もしてきた。


「出てくる・・・」


「あっ、でしたら私も」


 もう朝食が喉に通る気がしなかった、ただでさえ味覚なんて感じないのに、喉に物が通る感触が嫌になっていた。

 そんな俺にビッチが後を追うように付いてくる。


「これこれミミナ君、君はもう指名が入ってるのだから。行かれたら困るよ」


「え!? 待って下さい! レーグ様の奴隷になるお話はどうなったのですか!!?」


 え、何の話だ。

 俺がこいつのご主人?? 冗談も大概にしてほしい。


 いや待てこいつならそんな馬鹿みたいな考えに至っても不思議ではないか。

 余計に大概にしてほしい。なんでこんな危ない奴を引っ下げないといけないんだ。

 そうだローズ、さっさと売れ売れ。こんな爆弾二つさっさと売って金にしろ。


「あの一つ聞きたいんだが、昨日君から話を聞いていて思ったのだが。君は彼の素情を知らないのかい?」


「あーぁ」


 それはそうだ。

 誰が好き好んで自分は奴隷ですって言う奴が・・・あ、目の前に居たわ。

 なら仕方ない・・・ここで素情を知ればこれ以上厄介事は無くなるか。

 無くなってほしい願望しかない、少なくても俺をご主人にしてなんて言い出さないだろう。


「っ! レーグ様・・・あなたも」


 俺はフードを取り久しぶりに自分の素顔を晒した。

 今思えば魔力で常にフードを固定していたからある意味新鮮だ。

 空気が美味しいなんて錯覚も生まれるほど。


「そうゆう事だ。お前は馬鹿みたいな妄想をしてるようだが、これ以上付き纏うのは」


「素敵・・・」


 あぁ???


「奴隷同士の・・禁断の愛!」


 え、待って。本当に待って。

 俺に休息をくれ頼むから、次から次へとめちゃくちゃな事が多すぎるんだよ。


「お互いが奴隷だとわかっている、それでも抗うことのできないこの想い! 膨れ上がるお互いの気持ち! 奴隷という身分が二人に大きな壁を作りあげてしまう。けれどそれは二人にとっての試練! 熱く熱く、二人のその熱い思いが壁をも溶かす!!!」


 俺はすぐに部屋を出た。

 何も聞かない何も知らない。


 でもとりあえずは、ローズの言っていたことが確かなら今日奴は売られる。

 そう間違い無く売られるんだ、予約がどうとか言ってたんだ。売られるなら問題ないだろう・・・。





・   ・   ・




「おかえりなさいませレーグ様」


「なんで居るの」


 その日の夜。俺は色々店を一日かけて回っていた。

 気持ちを色々とリセットしてきたつもりだったのに。


 なんでこんなことになってるんだ、売られたんじゃないのか。売られて今ご主人に尽くしてるんじゃなかったのか。

 お前御勤めはどうした。


「最高記録だよ最高記録!半日!瞬殺だったんだよ!」


 ゲラゲラと笑いながら物騒な事を言ってる。

 まさかまたこいつ殺したのか!? 新しい主人を半日で殺したのか!?


「やめて下さいローズさん!! レーグ様がいらっしゃるんですからその言い方はやめてください!」


「ははははは!! 見たまえこのアホみたいな顔を!! まるで幽霊を見ているかのようじゃないか!! はははははは」


 俺の一日は無駄になった瞬間だった。

 こうしてどうしてかミミナというビッチ奴隷がここへ住み付くことになってしまった。


 どうして戻ってきたのか。ローズは嬉しそうに聞いても居ないのに語った。

 それはこのビッチの美貌だという。

 そしてコイツがご主人をとっかえひっかえしている理由に繋がった。

 こいつはすぐにご主人と性行為をするらしい。御幣無く言えばすぐにご主人から身体を求められてしまうらしい。


 すぐ行われる行為。だがその行為を終えたご主人の大体は死んでしまうらしい。


「ごめん、言ってる意味がわからん」


「ならばこの身体、使ってみてはどうかな?? 天国へ直行できるこの身体を」


「もう!ローズさん止めてください!」


 なんだこれ・・・。

 なんでローズはビッチの身体を弄ってんだ。いやらしい手つきで全身を隈なく触れている。

 ビッチも流石はビッチと言うのか、満更でもない感じが本当に癪に障る。

 とにかく楽しんでるのはご自由にすればいいけど、俺を巻き込むな。

 俺の望みはただそれだけだ。



 この二人のやり取りを無視し、俺はもう寝る。

 一人ベッドへ潜り込み毛布を被り雑音を出来るだけ耳に入らないように、これ以上のストレスを体に与えないようにする。


「よいしょ・・・っと」


「出てけぇええ!!!!!」



 俺は久しぶりに人型の生き物を蹴り飛ばしたのだった・・・。

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