第64.5話 観察者

Monologue(as a Diary);



 当てつけかと思ってしまった。



 昨日の夜、美代から『模試のやつ明日までじゃん!』ってメッセージが来た。そういえばわたしも提出してなかった……というより受けるかまだ悩んでいたからだけど。

 でも、そんな時にメッセージが来たのは何かの運命なんじゃないかなってことにして、わたしも受けることに決めた。


 志望校は漠然としか決まってない。できれば国公立がいい。学費も抑えられるし。それでいて、できるだけ上の大学を目指したい。

 高校もたしかおんなじような理由で選んだ。通える範囲で、公立で、そして進学実績がいい高校。そしたら守ノ峰高校がドンピシャだった。簡単じゃなかったけど、頑張れば手の届きそうなところにあったし。

 でも、大学はまだ決まってない。通学範囲も広くしていいと思ってるし、だから候補も増えてきてて、志望大学を絞れずにいる。

 そんなんだから、模試を受けようか悩んでた。目標が定まらないとなんか地に足がついていないみたいで、頑張れそうになかったから。


 明くる日の昼休み。要するに今日。

 受ける模試は美代のに合わせた。志望校もあやふやなのに、両方とも受ける気にならなかったし、部活もわたしたちはこれからだから、まだ受験をちゃんと意識できないと思う。だから、早く終わる八月一日の模試を受けるのに異存はなかった。

 美代もわたしとおんなじらしくて、早く終わる方を選んだだけらしい。


 昼休み、美代と話しながら、入学して以来、一度も入ったことがない会議室に入った。


『………あれ? 結江。何してんの? こんなとこで』


 わたしたちの前には同じクラスの結江くんと雄城くんが並んでた。


『模試を申し込もうと思って』


 それ以外に何があるんだろうと思うけど。


『え、意外』


 美代はそう言ったけど、わたしは別にそう思わない。どちらかと言うと、美代が受ける方が意外なくらい……っていうのは、わたしが美代のことをよく知っていて、結江くんのことをよく知らないだけか。

 それから美代は暫く結江くんに突っかかって、わたしはただ見ていた。美代の方はちょっとだけ喧嘩腰っぽかったし、時々ブーメランだったけど、結江くんは至っていつも通りって感じで、止める必要もないかなと思った。

 いままでで唯一、結江くんは感情が見えない人だけど、たぶん性格はすごい穏やかで、普通に関わる分には喧嘩にならないと思う。

 もし、これで気難しい人だったら、わたしは心底困ってたことだ。

 

 話していて、相手が何を思っているかがわからないのはとっても怖い。だから、わたしは結江くんが苦手だ。積極的に関わることに少し抵抗を感じる。他の人だったら、感情が判るから、相手の気分を損ねたりすることはないし、たとえ損ねちゃっても、感情の色の変化を見ながら、簡単に軌道修正できる。

 でも、それが結江くん相手だとできないから苦手だと感じる。どんな気持ちなのかわからないし、怒らせてしまっても、それが態度に出てくるまでわからない。だから、穏やかそうな人で良かった。同じクラスメートだから、関わりを拒否するわけにはいかないし。


 それから二人が話しているうちに、美代には点数を盗み見られてたことが発覚して、本当の点数をばらされたり、お返しに美代が赤点取ってたことをばらしてやったりして、雄城くん主催の勉強会が開かれることになった。

 最初は正直、乗り気じゃなかったというか、参加したくない些細な理由があった。いつもだったら、、わたしは断っていたと思う。

 でも、参加することにした。

 理由は、わたしも一人で勉強すると、気がついたら休憩ばっかになるときがあるから、ちょうど良かった……のが一つ。


 もう一つは、結江くんが参加するかもしれないから。

 結江くんは合計点を595点って言ってた。それが意外だった。今回の中間の平均点はたしか600点行かないくらいだから、本当に平均くらい。

 もしかしたら、雄城くんのために低く言ったのかもしれない。(まぁ、わたしもそう偽ったし、しかもそれを台無しにもされたけど)

 でも、そうも見えなかった。


 実際、わたしも美代と一緒に結江家を訪れたことがある。そこで結江くんは左手で文字を書き始めて違和感を感じて、どうやら両利きだというをことを知った。さらっと言ってたけど、普通にすごいことだ。

 それより、わたしが思っていたのは、宿題を進めるスピードが異常に速かったこと。


 あの時、少しだけ居心地が悪くて、それにまだ結江くんのことを掴み切れてなかったし、いや、いまもそうだけど、でも、結江くんに立ち向かわなくちゃいけなくて、その間を取った形で、結江くんが書く文字とかに注目してしまっていた。

 たまにボールペンで勉強する人いるけど、結江くんもそっちの派閥で(それでも宿題のプリントをボールペンでやってしまう人は見たことないけど)たぶん、書き直すこととか、間違えることとかがないと考えていたんだろう。

 でも、結江くんが解いてたのは、配られたばかりのやや難の数学の問題プリントだった。

 それを片手間にすらすらと解いてしまうなんて、やっぱ守ノ峰高には優秀な人がいるんだなぁって思ってた。だって、結江くんは学校に居なかったんだから、その分野をよく知らないはず。自分で補填してたんだろうけど、でも、自分で補填できてしまうあたり、勉強は得意であるはず。


 でも、結江くんは自分の点数を平均点だって言ってた。おかしいと思った。数学が得意なら、前回の中間考査はかなり有利になると思う。平均ぴったりになるようなことはないと思うし、よっぽど他の教科ができない? そうは見えない……。


 だからそれが気になって、わたしは参加することにした。それに他の人と関わっているところを見て、彼の性格をもう少し知れたら、とも考えた。


 それから、先輩がやってきた。

 わたしはちょうど点数の話をしているときに、先輩が会議室に入っていたのを見た。先輩はたまに従者みたいな人を付き従えてるけど、今日は一人だけだったみたい。


『結江


 先輩は彼を二度、そう呼んだ。一回目は、彼を呼ぶ時に、二回目は美代とのプチ論争の中で。

 わたしは目で当てつけですか? とアイコンタクトを試みてみたけど、先輩は知らんぷりした。気づいていたのは解ってる。そして、わたしを少し意識して結江くんのフルネームを呼んだのも。


 わたしが呼べなかった彼の名前。先輩は『私は知っていたぞ』と言わんばかりに。


 先輩は時たまにそういうちっちゃな嫌がらせみたいなことをしてくる。先輩は目的のないことはしない。今日の論争だって、美代の発起心を煽るためだったんだと思う。


 それから、先輩に言い負かされた美代を慰めて、結江くんの後に教室に戻った。


『楓雪!』


 二度あることは三度ある、とわたしはつくづく感じた。最近、結江くんと仲のいいA組の子。この前は教室で大胆に告白してて、こうしてまた仲良くやってそうなところを見ると、もしかしたら、あのあと付き合うことにしたのかもしれない…………というのはクラスのみんなが思いそうなことで、わたしの目には歪な関係にあの頃から映ってた。


 結江くんの感情は相変わらず読めないから、わからないけど、A組の子は告白したときも、それにいまも別に結江くんに恋愛感情を持っていない。わたしには人の感情を色として見ることができる。彼女が結江くんに向けてる感情は恋情じゃなくて、強い友情だった。


 友情と恋情は同じ直線上にあってもおかしくない感情だと思う。でも、その二つの色はわたしには大きく違った色に見える。



…………だから、わたしは、ううん。止しておこう。ジンクスじゃないけど、これは言葉にしないでおいたほうがいいと思うから。



 わたしはしばらく二人を横目で見ていて、なにかお札のやり取りをしていることがわかった。だからかな、この間、あのA組の子が「騙したな!」みたいなことを言ってたのを思い出してた。


 結江くんって、ほんとうは危ない人なのかもしれない、とも思ったけど、あの紙幣は千円札だった。

 もし万札だったら、わたしは警戒心マックスにしていたと思う。感情が見えないのも、もっとサイコパス的な何かとか、それかその道のプロフェッショナルで、感情を隠すのではなく、感情をそもそも起こさない技術を持ってる人……。ただの高校生じゃない、もしや裏の世界の人……!!

 と、あらぬ方向にどんどんどんどん想像が伸びていってた。


 でも、千円札だったら、まだ普通の高校生としてあり得る範囲の額……と言っても上限の額ではある……………とは思う。

 それからまた何か二人は話して、どうしてかA組の子は、絶望感を半分と、なぜか抑えきれなさそうなわくわく感も半分、落とさないように抱きながら、突っ走って逃げていった。結江くんの方もあっさりしていて、追おうとはせずに、自分の席に座った。


 あの告白騒動があったからかもしれないけど、傍から見てて、二人はお似合いだと思った。女の子の方はひょっとするんじゃないかなとも、二人を眺めながら思ってるわたしでした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る