第10話 体育祭の練習

3.

 我が国では体育祭、乃至、運動会は、春や秋に行われることが多い。どうやら秋 OR 春、ではなく、秋から春に移行するという流れらしく、その一因には熱中症対策などが挙げられるらしい。我が学び舎、守ノ峰かみのみね高校ではいつかそのトレンドに合わしたのだろう、夏の前に行われる。


 しかしここで僕はひとつ問題提起をしたい。体育祭を行うこと、それ自体に文句を言っても不毛であるのは解っている。だがそれに向けての練習が、毎日、しかも貴重な放課後を犠牲にするのは如何なものかと。


 よく、高校生は言うであろう、「定期テストは授業での理解度を計るものであって、テスト勉強など言語道断。もはやカンニングの域である」

 ということを昨日、その高校生に含まれるかいが言っていた。まあそういう彼も今は定期テストはペーパーオンラインゲーム、勉強がレベル上げに匹敵するから勉強をするらしい。彼が見ている世界の光景は僕の理解するための脳機能を上回っているため、よくわからないが、そういうことであるらしい。

 ともあれその理論が正しいと仮定するならば、演繹的に体育祭も練習はしないべきなのである。という屁理屈が罷り通るわけはないが。

 

「次に、ルール説明です」


 いま、2学年全体が体育館に閉じ込められ、壇上では体育祭実行委員がマイクを持ち、雄弁な「演説」を行っている。しかしルールは事前にオンライン上でも紙媒体でも確認できるようになっているのだ。模範的高校生である僕はすでにそれを読み終え、ルールは熟知している。よってこの時間は意味もなく盛り上がる高校生たちを微笑ましく鑑賞する時間(の浪費)となっている。

 我が校の体育祭は学年内でクラス対抗で競いながら、全学年を4つの団に分け、団対抗でも競う。生徒たちはどちらに重きを置いているのかは解らないが、「二兎を追う者は一兎をも得ず」という慣用句があることだけ触れておこう。

 先刻から皮肉の新皮質を備える凝り固まった脳みそになってしまっているが、これが帰宅部のあるべき姿なのであろう。


競技については、まず、騎馬戦。これは1学年の時にはなかった競技で、柔道着まで着てせっかく作った他人の騎馬を無闇矢鱈に崩していくという、野蛮な競技である。

次に、n人 n+1人脚。これは1学年、2学年共通の競技で、三人四脚から七人八脚まである。この競技はなにかの儀式的な意味があるのではないかといつも訝しげに思っている。

あとは…ムカデ競争。多くの高校生はムカデなんて見た日には悲鳴を絶叫を呼ぶであろうが、どういうわけかこのときばかりはクラス総出でそれになりきるという「奇行」と「矛盾」という、いかにも若気の至りらしいを表出させる競技である。

他にもリレーが数種類、部活対抗のものまであり、人によっては1日中走っていそうだ。



「やあ、楓雪ふゆき!お前が馬か」


 声の主は奈御富なみとみかい。どうやらこいつが騎手らしい。


「僕は人間のつもりでこの星に産み落とされたつもりだ」

「ま、そんなことよりとっとと騎馬立てようぜ」


 ちなみにクラスは僕がE組で界はF組であるが、騎馬戦は団対抗の競技である。それでも大抵は同じクラスの面々で騎馬を立てるのだが、それでも余ってしまう、クラスの余り物の寄せ集めでこの騎馬が構成されたのだ。

 騎馬は前が帰宅部の僕で左が同じクラスの保井やすい。バドミントン部所属だったはずである。右はF組の生徒で面識はないが、体育着ではなく水泳部のジャージを着ているので、こちらも運動部。そして騎手が元将棋部である。


「じゃあ、立てるぞ?」

 と、騎手である界が言う。

 それって下の馬が言うセリフじゃないのか?しかしどうやらイニシアティブはすでに界の手中にあるようだ。

 その令を受け、奈御富将軍の麾下きかにある三人はゆっくりと立ち上がる。

 そういえば中学校のときは軽い生徒が上に乗っていた気がするが、この高校は容赦なく大きいやつも乗るんだな。 


「なぁ、界。騎馬の前の人間はもっと強そうなヤツのほうがいいんじゃないか?」


 これは中学の頃に体育科の教諭が言っていたことだ。「騎馬の力のある人間が就くべき」であると。


「はははは。そんなの関係ないね!!俺が最強になればいいだけだ!!!はっははっはっは!!!!」

 騎手が呵々かか大笑している騎馬はほかを見てもこの班だけである。体育館はたしかに騒ついているが、それでもこの自信のわらい声は館内で反響するほどであった。もはや週刊誌の主人公のノリである。


「全軍前進!!!」


 なんだ全軍って。界は見えない軍配団扇を前方に振る。

 騎馬は十歩くらい前進した。その間で界は何回か足の置き方を調整していた。


「うーん、乗り心地悪いな。やっぱり本物の馬のほうがいいな」

「そりゃ、ヒト三人で捏ち上げたハリボテだから仕方ないだろ」

「おろ?お前馬乗ったことあんのか?って突っ込まないのか?」

「まあ。お前が馬乗って道走ってたの見たことあるし」

 

 しかも高校の制服を着て。補うなら守ノ峰高校には乗馬部はない。念の為、その目撃してしまった日に帰ってから、一応調べてみたのだが、馬は公道を走ったとしても道路交通法には引っかからないらしい。


「なんだよ、それなら一言声掛けてくれりゃ乗せてやったのに」

「いえいえ間に合ってますので」



4.

「これにて今日の練習を終わりにします」


 その宣言をしかと聞き、迅速に帰宅へと向かう。


「あ、ふゆき。そういや結局誰も覚えていなかったよ」

「なにを?」

「昨日話した定期考査のやつよ」


 『昨日話した』というのは1年の最初の定期考査で界を出し抜き、学年1位になって姿を晦ましたやつのことだ。


「ああ。まあそりゃそうだろうな」

「ただ、何人かは俺が最初に1位じゃなかったってのは知ってるやついたぞ」


 なぜか界は誇らしげである。


「そんなこと覚えていても脳の空き容量の無駄なのにな」

「辛辣だな、おい」

「ん?あ、そういえば今日面談あったな」


 と、実は進撃の帰宅の出鼻をくじかれていたことを思い出す。


「あー、面談な。一瞬で終わるよな。やる意味あるのかね」

「それはひとそれぞれだろ。お前みたいに扱いにくいわ、それに放っとけば適当に優秀なやつはそっとしておくのが最適だし、逆に支えないとどうしようもないやつとか、可愛げあって教え甲斐のある生徒には懇切丁寧面談をするだろうよ」


 界は怪訝そうな顔をする。帰宅できない憤りをぶつけすぎたか。


「なんだ。鬱憤でも溜まってるのか?」

「金は貯めているが、そのようなものは貯め方も解らないな」

「ところで面談って普通の生徒代表ふゆきくんは一体何を話すのかな?」

「なんだろうな。成績が下がってますよ、とか、部活には入らないのですか?とか、悩みはないですか?とか、只管に尋問されてそれに無難な解答を押し付けておしまいだな」

「はぁ。そりゃ面談にならないわけだ」

 つまり成績は下がることなく、部活にも所属していて、悩みの種すら持たないということであろう。


「じゃあ、僕は削りに削った放課後を融かしに行くよ」

「あ、放課後の練習が嫌だったんだな」


 界は答えに辿り着くが、僕はその正解に存在は与えず、職員室の方へ向かった。

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