第8話

 アウトッ!!


 無意識に投げていたボールは三盗を狙ったランナーをきっちり射していた。

 捕ってもらえたのはよかったが、密かに応援していたピッチャー君を自らアウトにしてしまうとは。


 4回表 3−0 2死 ランナーなし カウント 2ストライク


 シュルルルル、スパン!!


 インコース高めの速いストレート。伸びがいいので実際の球速より速く感じるだろう。


 ストライーク!!アウトッ!!


 これでスリーアウトである。



「ナイス送球じゃん、ふゆ」


「投げるつもりなかったけど、昔、散々練習に付き合わされからな、どういうわけか勝手に体が動いた」


 まさかこの試合を見越して練習させられていたのだろうか。白黒の当時の記憶からその気配を探すが、その記憶自体、もやがかかっていてよく解らない。



4回裏 3−0 無死 ランナーなし


「おい、界、大丈夫か?」


 カインはベンチに座り頭を項垂れている。あの有名なボクシング漫画の主人公のような姿だ。


「俺のせいで取られた点数は俺が自分のバットで取り返す…」


 小声だが僕に聞こえるように、野球漫画に出てきそうなセリフを呟いた。一体この男はこの小さい野球大会に何を懸けているのだろうか。


 ストライーク!!


 おそらくこれで2ストライクだ。次は姉貴でその後に僕だ。姉貴はどうせヒットだろうから僕が併殺されない限り必ず界には回ってくるな。


 キーン!!


 バックネットへのファウル。


「なぁ、楓雪、打ってくれないか。なんでもいいからヒットを。そしたら俺が一発でかいのを打てば同点だ」


 漂う気配は"本物"であった。これを覇気、と呼ぶのだろうか。いやいやだからこいつはなにをこの野球大会に懸けているのだろうか。

 確かに僕は消極的な方ではあるが、こういう大会は和気藹々と、遊び気分で挑むものではないのか?甲子園とかに出るのではあるまいし。


 アウトッ!!


 ショートゴロを見て僕はベンチを立ち上がった。


1死 ランナーなし


 ボール!


 アンパイアは首を振る。初球から勝負する気のない球である。外側に大きく外れた直球だ。


 キャッチャーは今と同じところに構えている。1打席目の2塁打を恐れての策だろう。打たせるくらいなら四球にしてしまえ作戦だな。


 カキーン!


 いや、打つなよ。

 明らかなボール球にバットを当てにいって、ふわっとボールを運ぶように打ち、それはまあ、うまい具合にセンター前にボールを落とす。

 

 さて打席に向かおうか。


4回裏 1死 1塁


 シュルルルル、スパンッ!!


 ストライーク!!


 おいおい、ほぼど真ん中じゃないか。しかもストレート。完全に僕が打てないと思い込んでいるな。いや、まあ打てないのですが。


 2球目。外角いっぱいに入ってくるスライダー。


 ストライーク!!

 

 際どいが入っていたようだ。さて甘い球が来るかなと思って、結局追い込まれてしまったわけだが。

 一回打席を外して界を視界に入れてみた。



 よし、3球目が直球だったら打とう。


3球目。すごいキレのある縦スライダーであった。


 カキーン!!


 打球は右中間を破ったところに落ちた。その間に姉貴は3塁まで進む。直球ではないと分かってはいたし、それにストライクゾーンを出ていたと思うが、うっかり手を出してしまった。



 1死 1,3塁 3−0 

 

 界が求めていたシチュエーションである。


 その初球。外に逃げていく変化球をバットに身体が持っていかれるように思っ切り空振る。


 2球目。高めのストレート。振らせに来たのだろうが界は今度はピクリともしない。


 これでカウント1ストライク1ボール。


 というか中学生相手に本気になっていいものなのだろうか。年上故の余裕というものを…


 カキーン!!!


 強烈な打球がライト方向へ伸びてゆく。


 有言実行か!?と思ったが、ホームランには届かない。

 おい!と界の方を見ると、、テヘペロじゃねぇ。


「楓雪!ちゃんと走れ!追いついちまうぞ」


 いやぁ。僕はホームランだと思っていたのですがねぇ。


 結局3塁打となり、3−2となる。


 ああ疲れた。本塁まで走らされてしまった。


 次のバッターは元サッカー部の子である。

 その1球目、界と同じような大振りをし、空振る。


 その時だった。界は3塁ベースから離れたままであったのにキャッチャーはピッチャーに牽制なしに返球してしまう。

 界はそこをすかさず狙い、ホームスチールをする。ピッチャーくんも気づいたがもう間に合わない。


 これで同点3−3。


「ほら!見たか!実はこれを狙っていたんだぜ!!」


 雑草’s唯一の白いユニホームも汚れてしまっていた。


「お前、一発でかいの打つって言ってたろ」

「ホームランとは言ってないぜ?」

「3塁打はでかくないんだよ」


 我ながら意味不明なことを言ったなぁ、と思った。


 その後も姉貴の容赦のない完璧な投球に打者は、もう、何というか、作業のようにアウトになっていき、気がつけば試合は3−7で終わっていた。 

 

「ふゆ、結局お前、2安打か?」

「四球もあったけどね。まぁ久々にがっつり運動できたし、良かったよ。これで明日は筋肉痛という大義名分の下、寝て過ごせる」

「は?明日が決勝戦だぞ?」


 What the heck?

 明日もあるの?


「姉貴、明日絶対に動けない。これだけは自信を持って言える」

「なっさけねぇなぁ…それでも男か!まあいいさ。もともと今日連れてくる予定だったやつが明日は来れるらしいからな」

「なんだよ、それならいいじゃん。よかった」

「お前の体力はよくねぇだろ」

「いって!」


 姉貴は僕の大腿部裏を蹴ってきた。



 

 決勝戦は姉貴の呼んだ助っ人が現役の大学の野球部の人だったらしく、圧勝したらしい。なお、僕は家で只管ごろごろしていた。


 商品券については要らないと言ったのだが、「たまには何かを買って日本経済を回せ」と、姉貴が貰ってきたうちの半分を受け取った。

 


「使うあてが無いだよなぁ…そして譲れる知り合いいないんだよなぁ…」


 ひらひらした商品券。本の栞に使うには大きすぎる気がするし、裏紙として使うには小さすぎる。

 とりあえず、財布にしまっておくことにした。

 

「なんか、短い土日だったなぁ…」


 椅子の背もたれに身体を預けると、椅子がぎしぎしと鳴いた。


「寝るか」


 良い子なので早寝早起きをしなければ。

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