第62話.覚醒の予兆

 来るっ!


 俺はすぐさま敵の動きに注視する。


 敵が迎え撃つことを選び、テレポートの直後を狙い打てなかった以上、もう俺に有利は無い。


 本部ヒーローと俺の間にある力の差は、もう今回の戦いで痛いほど教えられてきた。


 分かっている。


 この状況になった時点で、もう俺が勝つ可能性はかなり低い。


 でも、可能性が低いってことはつまり、ゼロじゃない。


 元より、劣勢だろうが優勢だろうが、俺に退路など存在しない。


 だが、だからと言って、自棄やけになって考えなしに迎え撃っちゃだめだ。


 勝ち目が薄いという揺るがない事実は、正面から受け止めて、勝ち目が薄いなりの戦い方をするんだ。


 まずは、生き残ることを最優先に動く!


 俺は、繰り出された拳をよく見て躱していく。


 攻撃はしない。


 しかし……。


「避けているだけでは、事態は好転しない! パイロキネシス!」


「くっ」


 不敵に笑いながら、さらに踏み込んでくるヒーロー。


 唐突なペースアップに面食らったが、何とか回避する。


 なるほど。


 俺が攻めないと分かっていると、反撃を警戒する必要がないので、ヒーローはより深く踏み込むことが出来る。


 つまり、俺が守りに徹すれば、相手は攻めに徹する。


 結局攻めと守りの両方をこなすのと変わらないってことか。


 だったら、俺もたまに攻めを混ぜればいいだけのこと。


 俺は、攻撃を反射で何とか交わしながら、隙を見つけて……。


「パイロキネシス!」


 左手を伸ばして炎を放つ。


「うおっと!」


 しかし、それは躱されてしまう。


 だが、いい感じだ。


 相手も想定外と言う表情だ。


 しかし、このヒーローも流石は手練れ。


 この程度で流れを変えることは出来ず、再び苛烈な攻撃が襲い来る。


「しかし驚いたな。無理だと思って挑発してみたが、あそこで反撃してくるとは……」


 クソ、こんだけの激戦でも喋るだけの余裕があるのかよ。


 俺はギリギリだけど……。


「こんなんで! 驚いてもらっちゃ! 困りますよ!」


 プライドに動かされて、返答する。


「へぇ……」


 ニヤリと笑う敵ヒーロー。


 チッ、余裕こきやがって。


 戦いを楽しんでるみたいな感じだ。


 ムカつくぜ。


 そこからは、中々反撃に打って出ることが出来なかった。


 それでも、必死に避け続け、体感で5分以上が経過した。


 そのころになると、お互いに心中に焦りが蓄積し始める。


 俺が焦っている理由は、一ノ瀬隊長の様態だ。


 一ノ瀬隊長は、俺がこのヒーローを追い始めたときには生きていたと思う。


 背中を炎で焼かれただけだからな。


 軽傷とはいかないまでも、人間の体はそれで即死するほどやわじゃない。


 まあ炎の温度にもよるが。


 だが、時間が経てば経つほど、命を落とす可能性が高まる。


 まさか、すでにもう死んでるなんてことは無いよな……。


 嫌な予感が頭を過り、背筋が寒くなるが、俺はかぶりを振ってそれを払う。


 逆に、敵のヒーローも焦っている。


 いや、正確には俺の眼から見て焦っているように見えるだけで、実際に焦っているかは定かではない。


 しかし、さっきから明らかに大振りの攻撃が増えてきている。


 おそらく、俺ごときにここまで時間を食われているというのが焦りの原因だろう。


 ゾディアックのアジト前では、やはり我々が劣勢ではあったものの、新田さんや桐原さんといった猛者が大暴れしている。


 それに加えて、そろそろ時間的に援軍が来ているはずだ。


 そうなれば、劣勢はひっくり返る。


 今俺と戦ってるこいつだけじゃない。


 ヒーロー全体が焦っているはずだ。


 とはいっても、俺も時間的余裕がない以上、それが有利になる要因になったりはしないんだよな。


 そろそろ俺はスタミナ的にもキツくなってきた。


 何か手を打たないと……。


 しかし、俺がそんなことを思った時だった。


 敵ヒーローが突如視界から消える。


「えっ」


 何が起こったんだ、と驚くが、すぐにテレポート以外にあり得ないと気が付く。


 だが、この狭い室内でテレポートする場所なんて……。


 全く読めない、転移した位置。


 そもそも、こんな近接戦闘中にテレポートを挟んでくるなんて全くの予想外だ。


 視線なんて警戒してなかった。


 クソ、一体どこへ……。


 しかし、俺は不意に背後に気配のようなものを感じる。


 気配なんて気のせいかもしれない。


 というか、多分気配なんて感じてないと思う。


 でも、この時俺は確かにそのような感覚に陥った。


「センスはいい。だが動きに無駄が多い。若いだけあって経験が浅いな?」


 そんな声が背後から聞こえる。


 瞬間。


 体が反応した。

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