第58話.一ノ瀬龍雅3(※視点変更注意)
「いたな。しかし人数はこちらと同じく2人。慎重に行くぞ」
雄吾さんは真剣な顔になって言った。
だというのに、当時の俺はそれを聞かなかった。
「何ビビってるんですか! あんなやつら俺らの手にかかれば楽勝っすよ!」
そう言って俺は飛び出した。
自身の超能力の技術に対する圧倒的な自信。
それが今までの俺を支えてきた。
しかし、ことこの時に限ってはそれが仇となった。
物事には大概、裏表がある。
自信というのは少しの変化で慢心となる。
運の悪いことに、その慢心は俺を底知れぬ地獄へと突き落した。
「おい、待て!」
省吾さんが慌てたように俺を止めたが、俺はその静止を促す言葉に対して聞く耳を持たず、そのままヒーローの元に突っ込んだ。
「見ろ! 雑魚ども! これが俺の実力だ!」
俺はテレポートを連続で発動して、ヒーローに肉薄する。
最も、ただ馬鹿みたいにまっすぐ突っ込んだわけではない。
テレポートの感覚は非常に短く、並の反射神経ではとても目では負えない圧倒的な速さだ。
しかも、テレポートの移動先も、完全なる不規則ではないかというほどに読みづらい。
まっすぐ向かうだけではなく、時にはバックしたりもしている。
これこそが、俺が毎日1時間以上練習してきた、高速連続テレポートである。
敵に動きを絞らせずに、完璧にヒーローの1人の背後を取った。
腰に引っ掛けておいた鞘からナイフを抜き放ち、キラリと閃かせると、それを間髪入れずに振りぬいた。
「見たか!」
と言ってから、俺は気が付いた。
肉を切り裂いた手ごたえが全くないことに。
「え――」
あり得ない。
そう思って背後を向く。
その動きは、ほとんど反射的なものだった。
そう、攻撃が当たらなかったことで、自分の背後に敵が回っているのではないかという予測を本能的に考えたのだ。
そして、その予測は当たっていた。
攻撃を仕掛けてきたヒーローと目が合う。
その手にはナイフが握られていた。
現在では、出来る限りヒーローは殺人を犯さないようにしているが、当時は超能力者を相手取る時は、敵を殺してしまっても正当防衛という事で全く問題がなかった。
まあ今でも、現場のヒーローが危険だと判断したときには殺しても問題ないから、ほとんど変化はしていないが。
「……っ!」
俺は悲鳴を上げた。
何故なら、その口元は口角が僅かに吊り上がっていて、その目は狂気に爛々と輝いていたのだ。
こいつは人を殺すことに喜びを感じている……!
何故だかそんなあり得ないような考えが頭に浮かんだ。
それは、パニックに陥っていた俺の精神状態ゆえの幻覚や被害妄想かもしれない。
しかし、何故だか俺はこれが真実であると今でも確信しているのだ。
体が凍り付いたような錯覚を感じた。
敵の刃が迫ってくる。
ダメだ、こんな状態じゃ避けられない。
そう思った。
まぁ、どんなに平常な精神状態であっても、この距離での攻撃は避けることなど絶対にできなかっただろうが。
死ぬ。
そう確信し、絶望したその時だった。
さっと視界に人影が飛び込んでくる。
「「――⁉」」
俺と敵ヒーローの双方が驚いた。
と同時に俺の体は突き飛ばされる。
呆気に取られている俺の目の前で、惨劇は起こった。
飛び出してきた人影は雄吾さん。
俺を殺そうとしてきたヒーローのナイフが、雄吾さんの体を切り裂いた。
衣服が赤く染まり、肌が露出している部位からは鮮血が噴き出す。
それによって、雄吾さんの体が揺らぐ。
「ぐっ……」
「っ……! 雄吾さん!」
俺はかすれそうな声音で叫んだ。
「に、逃げろ」
雄吾さんが弱弱しく言う。
「で、でも……」
「いいから逃げろ!」
力いっぱいの怒鳴り声。
と同時に雄吾さんの体の脇をするりとヒーローが抜けてくる。
来る……!
俺は慌てて逃げ出そうとする。
しかし、倒れこんでいた俺はすぐには逃げることが出来なかった。
雄吾さんが庇ってくれたのにも関わらず、結局やられる!
そう思い、色々な負の感情が押し寄せてきたが……。
「行かせねぇ……」
静かで、低い雄吾さんの声。
俺に襲い掛かろうとした敵ヒーローの背後から、身体の前面を赤く染めた雄吾さんが姿を現す。
「しぶといね……」
敵ヒーローもそれを無視することは出来ず、俺への攻撃を中断して雄吾さんの方へと向きなおる。
すぐさま戦闘が始まった。
対して俺は、完全に頭が真っ白になり、パニックに陥っていた。
しかし、その時は自分の事が自分でよくわからなかったが、間違いなくその時の俺は恐怖に支配され切っていた。
だから、自身が助かったことに僅か時間安堵すると、すぐに本能に突き動かされて、逃げ出したんだ。
その時のことを、俺は非常に後悔している。
判断を間違えたとは思っていない。
実際あの時、逃げるという選択肢は正しかったと思う。
あの場で俺が加勢しても、もはや勝ち目は100%ないと言えるほどの厳しい状況だった。
だから、あの場で俺だけでも逃げるのは正解だと言えるだろう。
客観的に考えれば。
だが、あの選択をしたことで、俺は大きな咎を背負うこととなった。
そして、結果俺は逃げ切ることに成功した。
元々テレポートの超能力が非常に得意だったこともあり、逃げ出すことにはあっさりと成功した。
しばらく夢中で逃げ続け、ふと間違いなく安全と言える場所までたどり着いて、テレポートの使用を止めた。
しかし、急に身の安全を確信した時、俺は物凄い罪悪感に苛まれた。
その日、俺は自分のやってしまったことから逃げ出したくて、とてもアジトには帰れなかった。
結局、その後20:00くらいまで絶望にくれて、公園のベンチに座り、その後自宅に帰った。
親には非常に心配され、かつ怒られたが、その時の俺にそんな言葉は何一つ届かなかった。
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