第45話.二代目

「待機命令⁉」


 アジトに帰って来て、降りた命令は待機命令であるということが、新田さんから告げられる。


 流石にこの状況で待機命令はないだろ……。


「いや、どうやら敵ヒーローがハーラルアジトから引いたらしい」


 え、そんなあっさり?


 あんな大掛かりに宣伝していたのに?


「しかし、敵が諦めたとは限らない。おそらくかなりこちらの奇襲が成功したため、一旦体制を立て直すことにしたのだろう」


 なるほど。


 だからすぐに色々な事態に対応するために、一時アジト内で待機ということか。


 それにしてもな……。


「せっかく敵の初動を止めたのにもかかわらずまた後手に回るってのはあまりに弱気なのでは?」


「あぁ、俺もそれは思わなくもないが……。だが命令は絶対だ」


 またいつもの命令は絶対かい!


 まあそれもそうか。


 俺みたいな素人よりも、ゾディアックのトップの人の考えることの方が結果的に正しいだろう。


 そしてそれを、俺よりも長くこの組織にいる新田さんはよくわかっているはずだ。


 ま、とにかく今は俺みたいな下っ端新人にできることは無いんだ。


 大人しく待っていよう。


 などと思っていると……。


「一ノ瀬……」


 入り口の方から誰かがやってくる。


 ここはアジト内にある大広間的な場所だ。


 誰でも入ってこれるが……。


省吾しょうごさん……」


 よりにもよってこの人と出会うことになるとは……。


 桐原きりはら省吾しょうご


 5番隊長の名前だ。


 代表者ミーティングに参加した日から、隊長の名前は全員頭に入れた。


 出会ってすぐに暴言を吐き始めるようなことは無く、お互い無言ではあるが、両者の間には確実に険悪な空気が流れていた。


 とくに話すこともないなら早くこの場を離れればいいのに、2人は何故か無表情で見つめ合う。


 息が詰まるような緊張感がこの室内全体に流れ、俺はこの場から今すぐに逃げ出したい衝動に駆られたが……。


 そんな時、桐原さんの後ろに、戸塚の姿があることに気が付く。


 なんで超能力者でもない戸塚がいるんだ……と思ったが、とりあえずそんな疑問は置いておいて、目立たないように戸塚の元に近寄る。


「おい、お前なんでいるんだ?」


 小声で戸塚に話しかける。


「おお、蓮。いたのか? どうだった任務の方は? 戦闘したんだろ?」


「いや、そんなことはどうでもいい。それよりもさ、あの2人ってなんであんなに仲が悪いんだよ?」


「おいおい、お前の話は聞かせてくれないのに人には話させるのかよ。酷いな。ま、いいけどさ」


 苦笑いでそう言う戸塚。


「で、桐原さんと一ノ瀬さんの仲が悪い理由だっけ? この前俺の部屋に来た時言おうと思ったけど、別に聞いたからって何か意味があるわけでもないしやめたんだよな。ま、お前が気になるって言うなら話してやるよ」


 戸塚はいちいち長い前置きを言う。


「あとここでは流石に話しづらいから少し部屋の隅の方に行こう」


「おう」


 なんかこの雰囲気の中、普通の声の大きさで話していたから、「空気が読めないのか?」とか「本当に物怖ものおじしない奴だなぁ」とか思ったのだが、流石に本人前で話をするのは躊躇ためらわれたみないだな。


 俺もこの場を離れるのは賛成なので、頷いて戸塚の後をついていく。


 そして、部屋の角に寄りかかると、戸塚は話し始めた。


「桐原さんと一ノ瀬さんの話をするにおいて、まず欠かせない人物がいる」


「欠かせない人物?」


「あぁ、それがお前の所属する6番隊の初代隊長だ。名前は、桐原きりはら雄吾ゆうご


 桐原?


「それって……」


「あぁ。苗字が同じだけの赤の他人、なーんてオチじゃない。正真正銘、本物の兄弟だ」


 うわ……。


 なんか踏み込んじゃいけなかったような深い話な予感がする。


 いない6番隊長、その弟が新しい6番隊長を憎んでいる。


 うっすらと話が見えてきたような気がする。


 ま、とりあえず最後まで聞こう。


「桐原さんは、凄く兄の事を敬愛していてな。兄の方もそれを受け入れていて、傍から見ても仲の良さが分かるほどだった」


 兄弟はあまり仲良くないのが普通だが、その例外だったんだな。


「しかし、ある日突然だった。任務に行っていた兄は帰らぬ人となった。だがそれだけなら、桐原さんもヒーローを恨んだだけだろう」


「え、それだけじゃないのか?」


「あぁ、問題は兄の死因にある」


 よほど凄惨な死に様だったとかか?


 いや、そんなことはあんまり関係ないよな?


「その日は6番隊全員で任務に臨んでいたんだ。しかし、当時まだ新人だった一ノ瀬さんがな……」


 まさか……。


「1人で暴走しちゃったとかか……?」


「あぁ、大体そんな感じだな。あの人は新人の頃から実力はゾディアック内でもトップクラスだったらしいんだが、流石に若気の至りとでも言うべきか、実戦でやらかしたんだよ」


 練習と実践は違う、みたいなもんか。


「先輩の指示に逆らって、独断専行をしてしまったらしいんだ。ヒーローの罠とも知らずにな。それで、死にかけたわけだが、そこを兄に救われたってわけだ。代わりに兄の方は……」


 なるほど。


「それで桐原さんの恨みがヒーローから一ノ瀬さんの方に流れちゃったわけだな」


 なんとも難しい話だな。


 俺は心底そう思った。


 身近な人が死んでいるという境遇。


 星川の時も思ったが、こういう問題は第三者的視点から正論を言ったらいけないからな。


 かと言って、結局一ノ瀬隊長を庇ったのは兄の意思なんだから、いつまでも一ノ瀬隊長が恨まれるのはそれはそれでおかしいとも思う。


 本当に難しい。


「お前から聞く話は、本当に聞かない方が良かったと後悔するようなものばっかりだよ」


「そういうと思ったよ」


 浮かない顔で言った俺に、苦笑いしながら戸塚はそう返した。

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