第29話.現状

 堪忍袋の緒が切れた新田さんの小言は、それから10分近く続いた。


 そのせいで、結局部隊ミーティングが始まったのは19:20だった。


「コホン、それでは部隊ミーティングを始ます……と言いたいところですが……。まずは新人の能見と星川にこの2人を紹介する」


南沢六花みなみさわりっか。よろしくー」


「俺は工藤樹くどういつき。そんなことよりそっちの子可愛いね! 星川ちゃんだっけか? 下の名前は?」


 紹介する、とか言った新田さんを置いてけぼりにして雑に名乗る2人。


 しかも工藤さんの方は自己紹介を「そんなこと」呼ばわりして星川に絡んでるし。


 新田さんも諦めたような、疲れたような表情で呆然としている。


 なまじ年上なだけに、あまりにも強気な態度は取れないしで随分と苦労していそうだ。


 その後俺と星川も軽く名乗って、本題に入った。


「今回の議題は他でもない竜ヶ峰紅夜の発言に対しての対策です」


 ミーティングの司会は一ノ瀬隊長ではなく副隊長の新田さんがやるのか。


 一ノ瀬隊長はさっきから静かに座っているだけで一言も声を発しようとしない。


 こんなに物静かなこの人は初めて見る。


 このニュースは俺が思っている以上に深刻なんだろうな。


 普段怒らない人が怒った時は物凄く怖い、みたいな感じで、普段からやる気のなさそうな目をしている一ノ瀬隊長が真剣にしていると、言葉で伝えられる以上に今の状況がよくわかる。


「このニュースの内容は皆分かっているでしょうから省きます」


「え、知らないんだけど」


 厳かな雰囲気をぶち壊す能天気な一言。


 当然そんなことを言うのは……。


「六花さん……。メールでニュース記事のURL送ったじゃないですか……。いや、まあもういいですけどね。どうせあなたがミーティングで役立つ発言をしたためしがないですし」


「あぁ、これには流石の俺もドン引きだ」


 新田さんももうついに諦めたな。


 工藤さんはこの口ぶりからするにニュースは見ているのか。


 どうやら工藤さんのほうが南沢さんよりは常識的なようだ。


「で! 急遽代表者ミーティングが行われた訳ですが、そこでこれから24時間体制でアジト周辺をパトロールすることになりました。とりあえずそのシフトが書かれた紙を人数分貰ってきたので配ります」


 新田さんは力強い口調で、南沢さんが壊した緊張感ある空気を取り戻す。


 そして新田さんが話したそのシフトの書かれた紙というのを配る。


 紙が手渡されると、俺はすぐにそれに目を落とした。


 なるほど、個人ではなく部隊で警備するのか。


 まあ当然だろう。


 シフトは3時間ごとに切り替わる。


 俺たち第6部隊は……お、あった。


 えーっと、月、火、木、金の16:00~19:00か。


 なんか随分偏ってるな。


「うちの隊は自分含めて高校生が4人いるのでだいぶシフトを融通してもらいました」


 なるほど、そういうことか。


 確かにこの時間以外だと厳しいよな。


 あんまり夜遅くに外とかは抜け出せないし。


「そして裏には実際にヒーローがアジトに攻めてきた時の作戦が書いてあります」


 新田さんの言葉に、俺は紙の裏側を確認する。


 てかアジトには攻め込まれる前提なのね。


 そもそもヒーロー側にアジトの位置を把握されてることが衝撃だわ。


 しかもこの紙には、攻め込まれるどころかこのアジトを放棄する前提で作戦が書かれている。


「あの、それほど厳しいんですか?」


「当たり前だろ。そもそもヒーローと俺たちじゃ超能力者の数が全然違う。俺たちゾディアックの超能力者の人数はおよそ100人。ハーラルとレイスとも休戦協定を結び共闘するつもりだし、下部組織とかからも超能力者をかき集める予定だが、それを考えてもこちらの数はせいぜい500人程度が限界だろう。それに対してヒーロー側は東京だけでも1000人以上。地方からもかき集めれば1500人ぐらいは簡単に動員できる」


 新田さんに、あまりに消極的な作戦をゾディアック上層部が立てた理由を問うと、呆れたような声で返答が返ってくる。


 確かに少し考えれば、動員数の差が歴然なことには気づけるか。


 にしても他の三大秘密結社と手を組むなんて凄いな。


 まあ互いに敵対し合ったままだと、ヒーローに各個撃破されて終わるからな。


 普段は敵対していてもヒーローという共通の敵には手を組んで戦うという事か。


 敵の敵は味方理論だな。


 しかし、さらに下部組織からも超能力者をかき集めるなどの手を尽くしてもこれほどの数の差があるんだよな……。


「なる……ほど……」


 俺は自分の見通しの甘さに今更気が付く。


 ニュースの話を受けてもいまいちピンと来ていなくて、全然危機感を持たなかったが、具体的に不利な理由を聞かされて、俺は初めて焦燥感に駆られ始めたのだ。


 こうして、悪夢の足跡は刻刻と迫ってきた。

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