第4話
エレーヌの暴言に、流石に周囲がざわつく。陛下王妃はもとより重臣達も慌てふためいた。それはそうだろう。アルベルト自身もかなり冷や汗ものだった。
まさかオスカーが、ウィスティリアの王太子だとは思ってもみなかったのだ。晩餐会の直前に事実を知らされ、冷や冷やしていたところにこれだ。父上も母上も今回ばかりは流石にエレーヌの無礼を見過ごせなかったらしく、
「よすんだ、エレーヌ!」
「そ、そうよ、エレーヌ。ああ、止めて頂戴。彼は王太子なのよ? 大国ウィスティリアの! これ以上無礼な真似は……」
そう、たしなめているが効果は無い。いつもがいつもだから、逆らう癖がついているのだろう。父上と母上の叱責にもめげず、
「あなたみたいな不細工がいると食事がまずくなるわ! 出て行って!」
そう言い放つ。
「エレーヌ!」
母上が声を荒げるも、
「汚い」
の、オスカー殿下の一言で、またまた周囲がしーんっとなる。オスカー殿下の声ってよく通る。じゃなくて、何だろう? オスカー殿下の言葉って、逐一人の心えぐってるような気がするんだよな。こう、妙に核心を突くというか……。
今や水を打ったような静けさだ。
オスカーが眉間に皺を寄せ、叱責した。
「食べながら話さない、大口開けない。ほんっと汚いから。やめてよね。マナーがなってないっていうより、下品。君って、臭いし汚いし、ほんっと食事がまずくなるよ」
立ち振る舞いのせいだろうか? こうしてみると、オスカー殿下って、何だろう酷く大人びて見える。僕よりも一つ年下だったはずだけど……。
アルベルトはしげしげとオスカーを眺めてしまう。感心してしまったのだ。で、ふと横手を見ると、エレーヌが涙目でぷるっぷるしている。
駄目だ、笑っちゃ駄目……。
アルベルトは口元に手を当て、なんとか笑いをこらえる。
エレーヌは羞恥と怒りで顔がもう真っ赤。しかもオスカー殿下のマナーが異様に綺麗だから、エレーヌのやらかし感がもの凄く目立つ。皿の周囲にパンくずが散らかっていて、口元も同様に汚れている。汚い、確かに……でも、子供だからって感じで、今まで目こぼしされてきたんだよなぁ……。
あ、負けたんだな。言い返すこと出来ずに、泣きながら出て行った。というか、ここで言い返しても恥の上塗りにしかならない。どうしようかな。やーいって囃し立てたくなる僕って、やっぱり心が狭いんだろうか?
「あー、その、とにかく今回は世話になったな、魔術師殿」
ごほんと咳払いをし、父上が話題を変えた。
エメットが戻ってきた件だと分かる。
かわいい僕の弟は、まったく成長していなかった。いなくなった四年前と変わらない赤子の姿で戻ってきたのだ。一体どうやったらこんな真似が出来るのか分からないけれど、戻ってきてくれたことは素直に嬉しい。
「何の何の。これくらい何てことありませんよ」
例のクレバーという魔術師がそう言って笑う。笑うと予想外に可愛くなるなんてことはなくて、にたりといった表情でさらに怖い。どうみても不気味だ。笑っていた子でも泣き出しそう。エティエンヌはあからさまに顔をゆがめて、
「しかし、少々やり過ぎだったのではありませんか?」
召喚した妖精を叩きのめしたことを非難する。かなりコテンパンにやられたらしい。
「軽く撫でた程度ですがね?」
クレバーが、ふんっと鼻を鳴らす。あれくらいどうということはないと言いたげだ。でも、軽く撫でた程度であの振動……。じゃあ本気だとどうなるんだろう? 城が崩れたりしないだろうな? アルベルトはそんな考えにひやりとなる。
「醜いヒキガエルが……」
エティエンヌがそう吐き捨てる。
「何か言いましたかな?」
「いいえ、別に何も?」
しれっとエティエンヌが自分の暴言をとぼけて見せた。
けど、魔術師に対してあんな暴言を吐くなんて、ある意味度胸あるなと、アルベルトは思う。魔術師はどこへ行っても一目置かれる存在なのに、エティエンヌはこうして自分のスタンスを崩さない。ただ一歩間違えれば、後先考えない馬鹿、ということになってしまうが。
晩餐会が終わり、アルベルトは弟の部屋に顔を出してみた。
弟のエメットは揺り籠の中にいて、あやせば、きゃっきゃと笑ってくれた。無邪気で可愛い。その様子にアルベルトは顔をほころばせつつ、また掠われたりしないかな? そんな不安に襲われる。いや、それよりも、この先エレーヌと同じように醜い僕が嫌だなんて言われたらどうしよう? 立ち直れないかもしれない……。
アルベルトが弟の様子を見下ろしつつ、悶々としていると、
「心配?」
誰かにそう声をかけられ、アルベルトがはっとなって振り返れば、杖を手にしたオスカーがそこに立っている。彼は笑った。
「大丈夫。防御魔法が施してあるから、二度目はないよ」
「そう、ですか……どうもありがとうございます」
もう掠われたりしないと知って、アルベルトはほっと胸をなで下ろす。
横手に並んだオスカーの手が、揺り籠を揺らす様子を眺め、
「殿下は気になりませんか?」
気が付けばつい、アルベルトはそんな言葉を口にしてしまっていた。
「何が?」
「エレーヌの、妹の言動です」
「うん?」
「不細工って言葉を平気で言いますよね?」
「ああ、あれね。全然」
オスカーの返答に、思わず目を丸くすれば、
「君は気になるの?」
逆にオスカーにそう聞き返され、口ごもってしまう。
「え? それは、まぁ……」
アルベルトは頷くしかない。不細工なんて言われたくないし、醜いなんてもっと言われたくなかった。人間の価値が見た目だけじゃないとは思うけれど、それにしても、エレーヌみたいに綺麗な子に言われると流石にへこむ。
「そう? 顔なんて少しぐらい崩れている方が面白いんだけどね?」
え?
「綺麗な顔って整いすぎててつまらない。人間味が薄れてまるでお人形さんみたいだよ。まぁ、それがいいって人もいるから、僕は特に何かを言おうとは思わないけど」
「殿下は、その……ご自身の顔は……」
どう思っているんだろう? アルベルトはドキドキしながらも、つい気になって聞いてしまった。彼も僕とどっこいどっこいだ。決して美しいとは言えない。なら、きっと自分と同じようにコンプレックスに感じているだろうと、勝手に考えたのだけれど、
「うん、気に入ってるよ?」
けろりとオスカーにそう言われてしまい、アルベルトは心底びっくりした。
気に入っている? 本当に?
まじまじと彼の顔を見つめてしまう。
やっぱりどう見ても不気味だし、とてもハンサムとは言えない顔だ。顔は青白くて不健康そうだし、目は落ちくぼんでいてほの暗く、昆布のようにうねった黒髪が、さらに不気味さを駆り立てて止まない。暗闇に立てば幽霊だと叫ぶ人もいそうである。
ただ、何だろう? 確かに引きつけられる何かがあった。どこがどうとは言えないのだけれど……。不気味なんだけど、独特の存在感がある。内側からあふれ出る自信のせいかもしれない。魔術師、だからかな?
「……殿下のようになれればな」
アルベルトがついそう言ってしまうと、オスカーが声を立てて笑った。
「僕みたいに? 止めといた方が良いよ」
え? 目を丸くすれば、オスカーがアルベルトの顔を可笑しそうに見やった。
「僕っていろんな意味で規格外だからさ。僕を見習うとろくな事にならないよ。君は君のままでいいじゃない。何が不満なの?」
「もっと自信を持てればと思います」
醜いって言われてもそれを跳ね返せるくらいに。
「自信かぁ……君の得意な事って何?」
「乗馬、ですね。あとはチェスも得意です」
「チェスか。いいね、それやろう」
オスカーの提案にアルベルトは目を丸くした。
「僕もチェスは得意だから、付き合うよ。それで誰も勝てないくらいになればいい。それが自信になるんじゃない?」
オスカーはそう言って、傍にあったチェス盤に目を向けた。子供部屋にはたくさんの玩具が用意されていたのだ。
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