第50話

 陛下の裁定が下った後、私は姿の見えなくなったオスカーを探し回った。

 エレーヌ王女とエメット王子の二人は、多額の賠償金と引き換えに国へ帰すことに決まったけれど、その間、エレーヌ王女は貴人用の牢に入れられることになった。野放しには出来ないと陛下が判断した為だ。反省を促す意味もあったかもしれない。

――嫌よ、嫌。牢なんて、あんな恐ろしい場所に入りたくない!

――エレーヌ、大丈夫だよ。心配いらない。陛下が直ぐにお金を用意してくれるよ。ほんの少しの辛抱だから我慢して?

 エメット王子はそう言ってエレーヌ王女を宥めてはいたけれど、直ぐにというのは無理じゃないかと思う。かなりの巨額だ。あちこちから税金として集めたとしても、かなりの時間がかかるに違いない。出来ることがあるとすれば、少しでも居心地の良いようにしてあげるくらいだろうけれど……。

 謁見の間を出る前に、私は髪を飾っていたリボンを解いてエメット王子に手渡した。

――エレーヌ王女の手に巻いて上げてください。とても、とても気にしていたようですから……。

 驚いたような、虚を突かれたような顔をされたけど、私はリボンを無理矢理エメット王子に押しつけて立ち去った。そう、先程から老婆のようになってしまった手を必死で隠そうとしているエレーヌ王女の姿が痛々しくて……。でも、どうして誰も気にしてあげないのかが気になった。

 一番近くにいるエメット王子でさえ、彼女の手を覆うこともしないんだもの。大丈夫、直ぐに治してもらうから我慢してって……そりゃ、我慢できるのなら、気にしないでいられるのなら、それが一番なんだろうけれど、でも……それが出来ない人もいる。エレーヌ王女様は多分、それが出来ない人なんだろうと思う。

「嬢ちゃんどうした?」

 オスカーを捜し回る私を呼び止めたのはスカーレットさんだ。

 老婆の姿ではなく美女の姿である。老婆の時と同じ黒いローブと黒いマントといった簡素な衣装なのに、やっぱり彼女は目を見張るほど綺麗だった。腕にはめた赤い煌びやかな装身具は彼女にとてもよく似合う。

「オスカー、見ませんでしたか?」

「ああ、途中で姿をくらませたね?」

 彼女はこっそり退出したオスカーに気が付いていたらしい。ただ、幻術を使われたのでどこへ行ったのかまでは、分からないんだとか。

「あのあの、見かけたら、私が探していたと伝えて下さい!」

「そりゃあいいけど……急ぎの用事か?」

「そういうわけではないんですけど……」

 ただ、彼の様子がおかしかったと伝えた。

「おかしかった? どの辺が?」

 スカーレットさんには分からなかったようで、首を捻られてしまった。

「何て言うか、その……酷く辛そうで……」

 表情も口調もいつも通りだったけれど、無理しているように見えた。そう告げると、

「ふうん? 嬢ちゃんがそう言うんなら、そうなんだろうね?」

 そう言って、探してやると請け負ってくれた。スカーレットさんに大人しく部屋で待っているようにと告げられる。

 スカーレットさんが探してくれるのなら間違いが無い、きっと大丈夫だ。私はそう考え、いつものように寝室で大人しく待つことにする。

 どれくらいたったろうか、そわそわして落ち着かず、私がソファから立ったり座ったりを繰り返していると、ようやくオスカーが姿を見せた。

 彼の姿を目にして、私はほっとすると同時に、じんわりと心が温かくなる。よかった……。スカーレットさんに心の中で感謝しつつ、私は急ぎ近寄り、オスカーに抱きついた。抱きしめるその感触とぬくもりに安堵する。

「大丈夫?」

 そう聞いたけど反応がない。こういう時、一体どうやって慰めれば良いんだろう? 分からない。いつも慰めてもらっているのに不甲斐ないと、そう思う。

「オスカーが何か辛そうに見えたから心配したの……。陛下の裁定が下された後、急にいなくなるんだもの、本当に心配した。一生懸命探したんだけど、どうしても見つけられなくて……スカーレットさんが探してきてくれるって約束してくれたから、ここで大人しく待ってたの。もう、大丈夫? 辛くない?」

 やはり無反応で心配になる。私、変なこと言ったかな?

「大丈夫。君がいてくれるからね?」

 ようようオスカーのそんな台詞を耳にして安堵するも、髪を撫でられ、抱きしめられてしまう。何だかこれじゃ、こっちが慰められたみたいだ。やっぱり、私は慰めるのが下手なんだと、そう思う。しっかりと抱きしめ返すことだけは忘れなかったけれど。


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