第31話

「……抱きつけって言ったのお前だろ?」

 オスカー自身に阻止され、スカーレットさんはちょっと不満そう。

「うん、そうだね。僕だね。ちょっとした実験だから」

 オスカーの返答に、スカーレットさんが首を捻った。

「実験?」

「そう。エレーヌ王女にやられてみて分かったんだけど、人に抱きつかれるのが駄目みたい。悪寒が走る。いや、虫唾が走る。気が付いたら叩きのめしてた」

「何で?」

「さあ? ただ、ほら、僕、骸骨だったじゃない? 僕って二十四年間、誰かと触れ合った経験って、無いんだよね。誰かに触られると感触で可笑しいってばれるからさ、誰かに触らせたり絶対にしなかった。母上に抱き上げられた記憶も無いし」

「まぁ、あの面食い王妃じゃね」

 ありうるとスカーレットさんが言う。

「物心つくころには、既に人との触れ合いを避けてたもの。骸骨だってばれないように必死だった。だもんだから、自然と人との接触禁止みたいになってて……気が付かなかったよ。人に触られるのが駄目なんて。いや、もしかしたら……二十四年間接触を断っていたのが原因で、触られるのが駄目になったのかも」

「女性限定?」

「さあ? やってみないと何とも」

「じゃあ、やってみようか。まずはエミリアンからだ」

 スカーレットさんが言う。陛下から、か。確かに妥当かも。

 結果、全滅だった。どうしても距離を取るくせが抜けないみたい。相手が抱きつこうとすると、近寄らせない。スカーレットさんにもやった、がっちりホールドのあの体勢になる。ただ、子供なら平気という結果に……。

 もしかして、孤児院で子供を抱き上げたりしていたから、かな? 子供は柔軟性があるから、ちょっとくらい可笑しくても納得してくれたりする、らしい。

 ――お兄ちゃん、ごつごつしてて面白ーい!

 これですんでしまうとか。成る程。

「……精神的なものか?」

 スカーレットさんがため息交じりに言う。何やら責任を感じているようで、スカーレットさんの目線がかなり気の毒そうだ。中庭に続く階段に座り込んだまま、オスカーがぐったりと言う。先程までのやりとりで疲労困憊しているらしい。

「そうかも。どうしよう、これ……」

「……まぁ、そのままでも特に支障ないんじゃないか?」

 ややあってから、スカーレットさんがそんな風に言った。

 オスカーが伏せていた顔を上げる。

「だって、お前王太子じゃんか。大国ウィスティリアの次期国王。そんなあんたに抱きつこうなんてあんぽんたん、あの姫さんくらいだろ? じゃなくても、普通は護衛に阻止されて終わりだよ。近づけるわけがない。問題ないね」

「そうかもしれないけど……まいったな……」

 ぐいっとオスカーに手を引かれ、私は彼の両腕にすっぽりと包まれてしまう。背後から抱きしめられている状態だ。私に背後から抱きついているオスカーを上から眺め、スカーレットさんが呆れたように言った。

「……んで、嬢ちゃんにはそうやって甘えるのか」

「夫婦の特権だもの」

 顔を上げないまま、オスカーがもそもそとそう言った。文句ある? とでも言いたげだ。こっちはちょっと恥ずかしい。抱きしめられて、すりすりされて……あのあの、オスカー? 手加減、お願い、プリーズ!

「やっぱり問題ないような気がするけどね?」

 私達の様子を眺めつつ、スカーレットさんが言う。

「嬢ちゃんとの接触が大丈夫なら、それでいいんじゃないか? 触れ合い皆無の王族なんてごろごろいる。というより、そっちが普通だね。親子でも距離を取る。お前だってそうやって育ったから、今、そうなんだろ?」

「そうは言ってもね、動揺するのはまずいよ」

「何で?」

「正常な判断ができなくなるから」

「ああ、いきなりあんた、あの姫さんの脳天かち割ったもんな?」

 ばっちり見ていたらしい。

「……かち割ってない。魔術を発動させたから、打撃は加えてないよ」

「打撃より強力な攻撃だけど? 捕縛と睡眠って、あんた、どんだけ嫌だったんだよ?」

 スカーレットさんが豪快に笑う。

 普通は片一方だけ使用するものらしい。両方使っても意味がないから、だとか。捕縛は体の自由を奪うもので、睡眠は意識を奪うもの……確かに一つでいいかも。その判断が出来ないほど嫌だったってことか。過剰反応ってことだよね?

 オスカーが言う。

「特訓に付き合って」

「特訓?」

 スカーレットさんが首を傾げた。

「接触しても動揺しないような特訓」

「まぁ、いいよ。あたしの責任だもんな。何するんだ?」

「ダンスの相手」

「そんなんでいいのか?」

「十分だよ。僕、ダンスの接触も最小限だったから」

 触らない触らせないを心がけていたようだ。徹底しているなぁ。

「分かった。つきあってやる。何なら添い寝してやろうか?」

「……ビーとの夜の時間を邪魔したら呪うよ?」

「あはは、あんた、このあたしに呪いで勝つつもりか? 無理無理、やめときな。呪いでこのあたしに勝てる奴なんかいやしないよ。あんたの師匠、クレバー・ライオネットだって、あたしの呪いの前には形無しだ」

 スカーレットさんが妖艶に笑う。

 そう言えば、夕闇の魔女の通り名は、そのまま呪いって意味でも使われるんだよね? 夕闇の魔女がやってくるから気をつけな、なんて、こんな風にいわれたら、それは呪われるから気をつけな、とそういう意味になる。


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