第21話 ……空はキラキラ ……みんなスヤスヤ


 じー。



 伴美ちゃんが、こっちを見ていた……。

 今度は深田池さんが眠っている。

「あは、伴美ちゃん起こしちゃったかな?」

「ブブー。その名前はふせいかーい」


「……じゃあ。ナザリベスでいいのか?」

「ブブー。それもふせいかーい。正解は守護霊、お兄ちゃんの守護霊でーす!!」


 やっぱり、またお前か……


「お兄ちゃんの旅の目的は? 生きること死ぬこと、どっち?」

 なんなんだ? いきなり。

「どっちもだと言っておこう」

「ずるーい!! それって、お兄ちゃんのオシャレなぞなぞ。ずるーい!!」

「その“お”は、意味が合ってるのか?」

「お気になさらずにね、ナザリベス」

「じゃじゃーん!!もんだーい」


 この子、やっぱし聞いていない。


「レモンパイとイチゴパイに、チョコレートを」


 ――オイラー。自分。


「せいかーい。即答だね。すごーい!!」

 当たり前だ、同じ謎々なんだから。



 ガタンゴトン…… ガタンゴトン…… 次は……



「……でもさ! なんで『π』なんだろうね。素数を研究していくとなんで『π』にでるんだろう? 美しい円の中に素数がある。宇宙の中に素数がある。これってVRの視点から解決できないかな? この世界とプログラムに素数がある理由が知りたいね。――実数と垂直に交わる虚数。虚数の中にも素数があるんだろうね。たった90度の角度の違いでしかないんだもん。無い方がおかしいよ」


「俺に聞かないでくれないか?」


「じゃ、あたしが教えてあげる。素数とはなんなのかをね! オイラー積をもっとも簡単にすればどうなるか? 『Px=π』になる。展開すると『P=π/x』――Pは素数という概念 πも同じようなもの、xはバイアス。言っとくけれど『P/』xはないからね。割り切れなーいのがPなんだから。――つまり、円という美しいパンドラの箱の中にxというバイアスの鍵を使ってあけよう。中にはPが入っていた。こんな感じかな?」



 分からん……



「ちなみに『x=π/p』 概念の話」



 分からなくていいよ、もう…………



「んじゃ! レモンパイとイチゴパイ、ごちそうさまー」



 ――リーマン予想で素数の配列はオーケストラに例えられる。

 素数を楽器に例えてその配列、綺麗に一直線、全員の音程もテンポも音量も同じであるように綺麗に。


 子供の頃の発表会の自分は、素数だとでも言いたかったのか?

 そうだとしたら、自分は世界には必要な要素になる。

 素数はすべてのVRのプログラムの基礎単位なのだろう。


 ある日、自分はこの世界の人間ではないと思ってみた……パラレルワールド。

 自分はどうして、この世界に辿り着いたのだろう?



「辿り着くべきだったから、辿り着いたのか?」

「あたしも、お兄ちゃんと出逢えたし!」


「お兄ちゃん? VRってのは隠れキャラが好きみたいだね。RPGの主人公はプログラムのバグを理解できない。NPCにも理解できない。円周率もルートも、でも、不完全性定理でこの世界の限界を証明できたのは、宇宙人からのサプライズ情報なんだろうね」



 ――お前は、俺と素数をどうくっつけたいんだ?



「お兄ちゃん! この世界を不幸と思うより、幸せと思ったほうがいい。幸せを安売りしないお兄ちゃんは立派だからね。世界はお兄ちゃんを必要としているけれど、お兄ちゃんは世界を必要としていない。お兄ちゃんは無限にある世界を行ったり来たりしてる」



 まるで、俺は異次元の世界に迷い込んだみたいだな――



「……だったら、もっともっと旅すればいいじゃない! 長生きすることが自分の人生じゃないのだから、冒険者になればいい。ここまできた……お兄ちゃんなのだからね♡」


「お前、それ褒めてるのか? 俺を?」


「そして、生きられるまで生きてね。素数のお兄ちゃん――」





「――あれれ?」


 寝袋がある。

 隣には伴美が寝ていた。


 ここはどこだろう?


 駅名を見た。

『井倉』と書いてあった。


「お客さん、もう駅舎しめるよ……」

「あ 、あのこの駅舎で寝袋をしいてもいいですか? 一晩だけですから」

「ちょっとそれ困りますって」

「そこをなんとか……」

「そんなことを言われてもね、って、その子あなたの!!」


「はい娘です」


「ダメだよ! そんな幼い子を駅舎で寝かせるなんて。ホテルは? ま、こんな田舎にホテルはないか」

「はは、ゲストハウスもありませんしね。あはは……」

「あははじゃないよ、お客さんってば。ほんとに困るんだから」


 その時――


「ねえ? おじさーん。今晩1日でいいから泊まっていい? ほら、私、ちゃんと寝袋も用意してあるから。ねえ?いいでしょ」

「今日の夜はなんなんだ。困ったな……。ダメだったらダメって! 君は高校生か?」

「ちがう22歳だよー!! って若く見える?? ねえってば? おじさーんお願いだって。今日はさ、もう何処にも泊まるところがないんだよ」

「君ね、そんなこと言われても困るってば……」


「あ、可愛い!! この子、あなたの子なの?」

「ええ……」


「うわっ可愛い~!!」


 その女性が、眠っている伴美の頭をなでる。

「ねえ? ねえ? おじさーん? こんな幼い子をここでねぇ~。でもさ! 幸い私は保育士なんだな、これが!! 私がこの子を見れば、おじさんも問題が減るってことにならない?」

 すごい交渉術だな……。


「……まあ、今晩だけならいいじゃないか? こんな若い、幼い女の子もいるんだし」

「駅長! ダメですって。社内規定に違反し……」

「まあいいじゃないか。こんなど田舎に旅人も珍しい。これも何かの縁かもな。昔は旅人なんて、いくらでもいたけどな」


 ――というよりも、この設定はなんなのだ?


「へへっ! あなたのおかげで、今日の宿をゲットだぜ!!」


「君……名前は?」

「私は愛華。愛ちゃんって呼んでね!」


「愛ちゃんは、どうしてここに?」

「はは、実は私、家出中なんだな~これがさ!!」

 どんだけ明るい家出やねん!

「あ~、でもでも、詳しいことは教えないよ! 私にだってプライバシーってものがあるんだから」

「そのプライバシーのある愛ちゃんが、駅舎で寝るのか?」

「あはー、まあ固いこと言わずに……」

 と言って、愛ちゃんは伴美の頭をなでた。


 ……空はキラキラ ……みんなスヤスヤ


 伴美が寝言を言った。




 ――その夜は眠れなかった。


 ――ある日、自分はこの世界の人間ではないと思ってみた。



 結婚していて、妻がいて一人娘がいて、忙しく仕事をしている自分。

 この国が戦争に巻き込まれて、自分にもライフルを持たされて、敵と戦わされている自分。

 一人旅の途中、偶然向かいの席に座って切ない話を聞いた自分。


 一体、どれが本当の自分なのだろうと……。



 ――パラレルワールドだ



 この世界には無限に世界があって、いくつもの自分がいて、今の自分はそのうちの一人に過ぎない。

 そういう物語、それを形にしてみたかった。


 大昔に、王子様から出家した人がこう言った。

「この世界は美しい……」



 ――夜明け。


 東の空が明るくなってきた。

 ちょっと寒い。


 見ると伴美は眠っている。

 愛さんも眠っている。



 ♪~♫♫ ♪~♪♫~



 ……携帯に、今度は深田池さんからだった。


「トケルンさん? 佐倉さんから電話がありましたよ。パソコンのパスコード解除の数字を教えてくれって。ところで伴美の様子はどうですか? トケルンさんが、七五三の写真を撮り忘れたお詫びに、自分の旅に連れて行ってやるって。伴美も嬉しそうに大遠足! 大遠足ってはしゃいで……で、今は何処にいるのですか?」


「あんれ? 奥さんから~?」


 俺は、慌てて電話を切った。

「ねえ、お兄さん。これから何処に行くの?」

「一度自宅に帰って、この子を休ませて」

「それから?」

「それから。さあ、どこに行こうかな……」

「私も連れてってよ~」



「俺は男だぞ!」

「私は女だ!!」



「いや、そういう話じゃなくってさ……」

「あなたについて行きたくなったんだな」

 それじゃ不倫旅行になるだろ……。


「そうじゃないって、お兄さん。私はあなたの旅のパートナーになったんだから」

「いつ?」

「今この瞬間に!」


「誤解されるから遠慮します」

「だって~、私行くとこないんだもん。家出した後、私は何処に行けばいいの?」

「知るか!」

「ねえってば~お兄さんって……」


「……困ったな」

 俺は溜息をついた。

「あのさ……俺の旅には、パートナーはいらないから」

「んも~。ねえって、どこに行くの? これから……」

「……小笠原だ」

「それどういうところ? おもしろそー」

「それは秘密だ。だから、着いて来るなって」


「ええ~、ついていくも~ん」

「来なくていいって!」


 ……空はキラキラ ……みんなスヤスヤ


 伴美が寝言を言った。

「……いつも、俺の傍にいるんだな。お前は……我が娘は」

 俺は伴美の頭を撫でながら。

「……例え、これがパラレルワールドで自分にとっては幻であったとしても。いつまでも、いつまでも、我が娘でいてほしいから」

「うん。せいかーい!!」

 いきなり! 目をぱっちり開けてそう言った。


「起きてたのか、ナザリベス」

 自分は、はっきりとナザリベスと言った。


「ブブー。それはふせいかーい」

「……じゃお前は誰なの?」

「それはね。お兄ちゃんのお嫁さん!!」

「あたしなんて、いなければよかったんだけどね。もう幽霊だし。言ってもしょうがないか」

「お前は寝ぼけているのか? どうした??」





「――お客さんって! 仮眠もいいけれど、そろそろ寝袋しまってもらえますか?」

 はっ、自分は目を覚ました。

「ここ始発に乗る行商人や、学生が来るもんで……」

 ここはどこだろう? 見つめた。


『神田』だった。



「あれれ?」



 ♪~♫♫ ♪~♪♫~



 佐倉さんからだ。今度はメールだった。


[もうトケルンさん。クライアントがカンカンですって! 早くデータ送ってくださいな!!]



 ♪~♫♫ ♪~♪♫~



 今度は深田池さんからだった。


[もうトケルンさん。また徹夜ですか? まったく伴美がすねてましたよ。七五三の写真をって。早く撮ってあげてくださいな。ってゆうか、戻ってきてくださいよ!]



 ん?

 

 見ると、もう一件メールがあった……。


[愛ちゃんです! 今度は何処に行くのですか? あの駅舎の恩を決して忘れてはいませんからね! 旅好きなお兄さん!! ちゃんと私も連れて行ってくださいよ。あ、娘さんによろしくね~]





 終わり


 この物語はフィクションです。

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