第23話 憂い、そして鍵④


夜の川崎は仕事終わりの会社員が多い。


どの顔も疲れが見える。大声で笑う声もどこか無理が含まれている。


そんな大人たちは駅の方へと流れ込んでいくが、僕はその反対側に向かって歩いている。

どうして折り返すことなく、川崎で降りたのか。


そこには明確な理由がある。というより理由を与えてもらったように思える。


この辺りには昔来たことがあった。父に連れられ兄と共に来たことを鮮明に覚えている。


10分ほどして見えてきたのは、近代的な見た目の建物。


全面ガラス張りのその建物は、周りの建物と比べてもひときわ目立っている。

入り口の側には大理石には


「日本航空宇宙開発機構」


と大きく彫られている。


宇宙開発分野においては業界最大手の民間企業であるこの会社は、日本だけではなく世界の宇宙開発を牽引している。


兄の命日を来週に控えながら、僕は父の職場であった場所に足を運んだ。


なんとなく理由もなしに来たわけではない。


僕の気持ちも知らないで、ふんぞり返るように建っているそのビルを見ると腹が立ってくる。


会社の為に懸命に働いた父を見捨て、父の葬式にすら関係のないふりをしていた。

ただ唯一葬式に参列した男は誰であったのか、僕の中で何かひかっかりを覚える。



正面玄関から出てくる人たちはどの顔も、いかにも自分たちが優秀な人間であるかのように、その視線はどれも他人を見下すようであった。


優秀であることには事実である、ただどうしようもなくその態度が気に食わない。


何よりも同じ土俵にすら上がれない自分に一番腹が立つ。

父のように優秀だったわけでもない、兄のように父を追いかけていたわけでもない。


現実から目を背け、自分という殻に閉じこもっていただけだった。


その結果、漠然と第一志望にしていた父と兄が出た大学に落ちた。

学校の先生からも


「曖昧な理由で決めた大学に合格するケースは少ない」

と忠告を受けたこともあった。


それでも意味があったのだと、僕は最近になって感じる。


滑り止めで入った大学で、新しい出会いがあった。


僕の変化に気が付いてくれる人、僕の為に動いてくれる人、僕に道を示してくれる人。

新しく見つけた、僕がいてもいいと思える空間を父と兄が運んできてくれたと思いたい。


そして真相を、掴むその時まで。

それが僕が背負うべき贖罪であり、僕ができる恩返しでもある。



まずは僕たちの夢を叶えたい。

天文部を公認のサークルとして創り上げたい。


その為にまずは合宿を成功させなければ。




改めて見る目の前の建物は、大きいだけの張りぼてに今は見える。


もう失うものなんてない。

そう思って我武者羅にやりたいけども生憎、失いたくないものもある。


久しく僕に弱点が出来た。逃げ続けただけでは何も解決しない。


弱点があればこそ、人は強くなれる。

守りたいものがあればこそ、さらに強くなれるのだ。


今日ここに来てよかった。

ここに来れたのも、そのきっかけは彼女である。




一度死んだ僕は今日生まれ変わり

また明日、憂いと希望を持って



その扉に鍵を掛けた。

































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