第22話 憂い、そして鍵③



帰りの電車で彼女が言いかけていた言葉を考える。


その後彼女からその話題について触れることはなかった。

聞けば答えてくれたかもしれないが、そんな勇気は僕にはない。


周りから見たらデートだったのだろうか。

彼女からしたら、ただの買い物だったのだろうか。


午後は彼女の行きたがっていたお店を回り、夕方にはお開きとなった。


服や装飾品、雑貨を見る彼女の一つ一つの行動が僕の目を引いた。


その描写を思い出すだけで鼓動が早くなる。



車内は休日の夕方ということもありガラガラであった。



しばらく乗っていると列車はトンネルに入り、反対側の窓に座った僕が写る。

いつになくまともな服装に、今日を楽しみにしていた自分がいることを感じた。



『変わったね』


変わったのだろうか。


『良いほうにだよ』


本当かな。


今まで全ての事象に疑いをかけ、傷つかないように保険をかけてきた。

悪くなることが必然であるかのように、ポジティブな選択肢があっても潰してきた。


父と兄がいなくってからその回数が増えていった。



『誰かの為に』

そう思うのは欺瞞なのかもしれない。


それでも慣れてしまった自分の思考は依然として変わることを拒み、未だに心の奥底に根を張りへばりついている。



―――――――――――――――――――――



父は優しい人だった。誰からも好かれる人だった。

僕と兄が宇宙に関する仕事に興味が湧いたのは父の影響である。


父は業界最大手の企業で、プロジェクトの責任者を何回も務めるほど優秀な技術者であった。


僕が12歳の時、ロケットのエンジンをそれまでの燃料ロケットエンジンから、半永久的に推進力を得ることができる電気エンジンの転換とする大きなプロジェクトが始まった。

太陽光の力や機体の推進力をエネルギーに変換させるといった計画は宇宙開発の分岐点と今でも言われている。


当時は会社の利益を守るために計画に関する情報は全て機密扱いとなり、家族の僕たちにすら父はその存在を明かさなかった。


「今、これからの宇宙開発をうんと飛躍させる仕事をしているんだ」


母が帰宅が遅くなることを父に問い詰めた際にそう言っていた。


母はあまり納得していなさそうだったが、兄も僕もそれを聞いて誇らしい気持ちで一杯になった。


そんな父の背中を追い、僕も兄も宇宙に関する仕事をしたいと思うようになったのである。




『俺の仕事は終わった』




プロジェクトが始まり一年ほど経った頃、父は帰ってくるなりそう云い放った。


中学生になった僕は父の仕事が成功したのだと喜んだ。


しかし次の日から父は仕事に行かなくなり、それからというもの自室でぼうっとしているだけになってしまった。

はじめは休暇か何かだと思っていたが、それが間違いであるとすぐに気が付いた。


父がいる部屋を訪れ何か話しかけても、その返答が返ってくることは稀で、返ってきてもただ唸る声が聞こえるだけだった。


兄も父の様子がおかしいことにすぐ気が付いたが、母の怒る声だけが家中に響き、次第に父が何か悪いことをしたのだと思うようになった。

次第に僕らは部屋を訪れることはなくなっていった。


父が仕事に行かなくなってしまってから半年後のある日、いつも通り座ったままの父は誰にも気が付かれることなくこの世を去った。


父の部屋まで夜ご飯を持って行った母の、あの時あげた悲鳴が未だに耳に染み込んでいる。


医師によると心筋梗塞であった。

事件性の有無を問うために僕たちは警察の人から事情聴取を受けたが、すぐにそれはないと判断されたのである。


父の書斎から遺書が出てきたのだ。

いつ書いたのかも分からないそれは筆跡鑑定の結果、父が書いたものであると証明された。


帰されたそれを母は読むことなく、捨ててしまったという。



父の葬儀は簡素なもので、家族葬で済ませた。

親戚以外で唯一来たのは、どこか既視感のある男の人だけであった。


「お世話になった」

その男の人はそう言うとすぐに帰っていった。



父の葬儀の一週間後、父の会社から新しいロケットが飛んだ。

史上初の半永久的にエネルギーを確保できるエンジンを搭載したロケット。


そのロケットがまるで浮くように彼方まで飛んでいく映像を見た時、これが父の言っていた仕事であると察した。


業界雑誌の中で偉大な業績の功労者として取り上げられたプロジェクトチームの名簿の中に





父の名前はなかった。




怖くなった僕は何度もその名前を探した。

しかしその計画に父の名前が出てくることはなかった。



僕は兄にそのことについて相談した。

兄はそのことを聞くと何も言わず、ただ唇を噛み、拳を強く握るだけであった。



そこで僕は初めて父の言った『俺の仕事』の意味を理解したのである。




二年の時が経ち、兄は高校の卒業式から帰宅すると僕の部屋まで来た。


「俺は真相を確かめるために、親父と同じ職業に就こうと思う。だからお前は自分の好きなことをやれ」


一方的にそう話すと兄は部屋を出ていった。僕には何のことか全くわからなかった。



ただ僕も兄と同じで父と同じ職業に就きたいと思っていた。

理由は違えど、僕は宇宙の魅力に憑りつかれていた。





ドアが開き、アナウンスで降りることを告げられる。

気が付くと降りるべき駅はとっくに過ぎ、終点の川崎駅に着いていた。



見回りに来た車掌に言われるがまま電車から降り、反対側のホームではなく僕は



改札へと足を運んでいた。


































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