第20話 憂い、そして鍵①


あっという間に日曜日は来てしまった。

そして僕も待ち合わせ場所の立川駅に1時間も早く来てしまった。手元の時計を見ると午前10時を指している。


長距離通学者の性なのだろうか、予定の時間にいつも大きく余裕を持たせてしまう。朝学校に行くのが早いのもそのせいである。


梅雨も時期半ばで、空もどんよりと厚い雲に覆われていた。


「なんでこんなに早くにいるの」


声の先を見るとそこには小林杏香が立っていた。

「ああ、余裕を持ちすぎた」

「そう」


いつもと違う雰囲気を漂わせる彼女に不覚にも僕の胸は鼓動を速める。

亜麻色に変化した髪と軽くウエーブのかかったショートカットに目を奪われた。


「髪、切ったんだね」

「そうだよ、伸びてきたからね」


いつもよりも淡白な態度に、早くも僕は今日の未来を重く受け止めた。


「雨、降りそうだから行こうか」

「ああ、うん」


本来であれば男がエスコートするのだろうが、女性と休日に会うなど経験がない僕にはできるはずもなかった。


彼女に促されるまま、「立川北駅」に向かう。

立川駅から歩いていける距離にある立川北駅はモノレールの路線だ。


一歩前を歩く彼女の顔はこちらからは見ることができない。


僕の不甲斐なさにがっかりされただろうかと思った時、彼女は向かいから歩いてきたサラリーマン風の男と肩がぶつかりよろけそうになった。


自然と僕の手が伸び彼女の肩を抱いて支えるような姿勢になる。


「大丈夫?」

「うん、ありがと・・・」


彼女の顔を見ると耳まで真っ赤になっており、それを見た僕も我に返り顔が熱くなった。


急いで彼女から手を離し、話すこともなく再度後ろを歩き始める。


駅で切符を買いそのまま改札を抜けたところで彼女は

「となり来たら?」


表情は金曜日のように少し暗く感じるが、物言いは優しめだった。

どこかで僕を庇うような口調に、どこか恥ずかしさを感じる。


「わかった」

そう言うと足を止めた彼女の左隣に一歩踏み出した。


エスカレーターを上った先にあるプラットフォームにちょうどモノレールがやってくる。


ドアが開き整列して待っていた客たちが中へ入っていく。車内は少し混んでいて、自然と彼女との距離も近くなった。

静かな車内には、モノレールの駆動音と彼女の息遣いが聞こえる。


モノレールが速度を上げるのと同等に早くなっていく胸の鼓動が、彼女に聞かれないように。僕は息を止めるように外の景色を見た。


何駅して、ドアが開くと車内にいた客たちは一斉に降り始めた。


「降りるよ」

そう言った彼女は僕の袖を引いてモノレールを降りた。


改札へ下りる階段でもその手は袖を掴んだままだった。

まるで子供がはぐれないようにする手を引くお母さんのように。


『立飛駅』


大型複合ショッピングセンターの最寄り駅である。目的地はどうやらここのようだ。


休日だからか、施設には多くの家族連れが来ている。

小さい子が遊ぶためのスペースもあり、地面のところどころから水が噴き出ている。

その微笑ましい空間は周りにも広がり、幸せな時が流れていた。


歩きながらもその光景を目で追う彼女に


「子供、好きなのか?」

と聞いてみた。彼女は顔色変えずに


「ええ」

と、ただ杏香さんはそれだけ答えた。


いつの間にか掴まれていた袖は離れていたが、彼女は僕のすぐ隣を並んで歩いた。

買い物に付き合ってほしいと言われた火曜日とは全く違う態度。


彼女の態度が違うのは毎日のことだが、最後に会ったのは金曜日。金曜日もまた暗い日だから、連続で暗い彼女と対峙している。


昨日のLINEはあんなにしゃべっていたのに。


ふと彼女の手元を見ると小さな手帳のようなものを見ていた。リストを作ってきたのだろうか。


「さて、どこから行くの?」

僕がそう言うと彼女はハッとしたように手帳を閉じた。


「見た?」

「見てない」

「うそ」

「ほんとに見てない」


相変わらず表情の変化に乏しいが、焦っているのは分かった。


「すまんすまん、ほんとに見てない。それでどこから行くんだ」

「アウトドア商品かな」

「アウトドア?」

「合宿。行くんじゃなくて?」


なるほど、ただの八つ当たりだと思っていたこの買い物も、ちゃんとした理由があったんだな。


「なるほど、そういうことか」

「うん、そしてお店はここ」


立ち止まった彼女が指さしたのはアウトドア商品を取り扱う専門店だった。


テントやウェア、靴やランプなど。行くために必要なものはすべてここで揃うというわけだ。


先に入った彼女は雑貨などを見ていた。


「テントとかは見なくていいの?」

「大体の物はキャンプ場で貸し出してるからいらないの。それに大きなものを買って弘樹は一日それ持ったままここを回るつもり?」


愚問であったと途中から気が付いていたが、一応聞いてみた。

それくらいしか買い物に参加できないと思ったからね。


ていうか今日買うのアウトドア商品だけじゃないんだ。


僕はめっきりアウトドアに関してはよくわからない。天体望遠鏡を持っているが、使うには家の敷地内で事足りていた。

海が目の前にあるのだからわざわざ山の方に行く必要もなく、キャンプなど未知の世界である。


だからこそ合宿は楽しみだ。


目の前では杏香さんが携帯用ランプや睡眠の際の快適グッズなど、いつからか手にした買い物かごにポンポン入れていく。


せめて男としての役目は果たそうと、彼女の手から買い物かごを取った。


少し驚いたような顔がなんだかかわいらしく見えたが、僕はそれを言うほど女性慣れをしていない。


「ありがと」

「お気になさらず」


そうして僕と彼女の休日が始まる。

















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