第18話 そして開かれた扉の先に③



ベットに寝転び、今日の出来事を思い出した。


愛子にからかわれて勢いで彼をデートに誘ったこと・・・


『嫌じゃなかったかな』

それが私の一番の想いだった。


今日は理不尽にも彼に強く当たってしまった。

火曜日の私は素直に気持ちを伝えられない。


だけどもそれは言い訳にはならないよね。



だけど彼と休日も会うことができる。そのことがとても嬉しい。


『がんばらなくちゃ』


彼の性格的に普通のアタックでは気が付いてはもらえない。


だから強気で、彼が私の好意に気が付いても逃げられないように。



ようやく会えた。もう会えないかと思ってた。

去年の終わりに大学の掲示板に張り出された成績優秀者の名前。


かつて好きだった人の名前がそこにはあった。その後手掛かりはなく春休みになってしまった。


だけど二年生になり私は彼と再会した。春風が吹く抜ける教室で彼と目が合った。


彼は私の事なんて覚えてもなかったが、私は一目見て彼が『斎藤弘樹』であると確信した。


運命なんてただのおとぎ話だと思っていた。

私の初恋はずっと心のどこかにしまわれたままこの先も生きていくのだと思っていた。


だけど神様は私にもう一度夢を見る機会を与えてくれた。


だからこのチャンスは絶対に逃すことができない。

今動かなければ絶対後悔するであろう。どうせなら夢じゃなくて現実でハッピーエンドにしたい。


そのためには行動あるのみ!


ベットから起き上がり机の引き出しを開け日記を手に取った。


今日のことは今日の私しか知らない。明日になれば全部忘れてしまう・・・

だからこうして毎日、その日の出来事を細かく記す必要があるのだ。


ペンを取って順当に今日あったことを書いていき、最後に彼をデートに誘った時のことを思い出す。


思い出すだけで胸の奥がじんわりと温かくなった。

この温かさを再び感じれるのは来週の火曜日。そもそも一緒にデートに行くのは今日の私ではなく、日曜日の私。


自分で自分を羨んだ。どうせなら今日にしておけばよかったかなあ。

日曜日はまためんどくさい日だからなあ。


だけどもそんなこと言ってられない。


『初めてのデート、あなたに譲るわ。火曜日の私より』


私は土曜日のページにそう書くと日記を閉じた。


大丈夫、私ならうまくやれる。これからいくらでも機会はあるはず。


カーテンの隙間から覗いた月の光がまぶしい。都会の光すらも凌駕する月の光。


「杏香ーごはんよー」

「はーい」



来週が待ち遠しい。早くどんなことがあったのかが知りたいな!


期待に胸を膨らませながらあと何時間かで途切れる私の体の感触を確かめた。




―――――――――――――――――――――――



「愛子、アイス買いに行くけどいるか?」


ソファで寝ころんでいると、兄のさとるが私の顔を覗き込むように声をかけてきた。

大学4年生の兄は早くも就職先が決まり今はバイトをしつつ単位を消化している。


「私もいっしょに行くよ」

私がそう言うと兄は驚いた顔をした。


「珍しいな。なんかあったのか」

「いいや何にも・・・」


相変わらず兄は察しがいい。

昔から兄は小さな変化に気が付ける優しい人だった。


私がちゃんと答えなかったのは、私自身で何があったのかを理解しきれてないから。

名前のない気持ちが心の中に居座っている。そんな気分だった。


「愛子、ちょっと走りに行くか?」

兄は何かを察したのか、悪戯を提案する子供のような顔で聞いてきた。


兄の言う “ 走りに行く ” とはバイクに乗ることである。

家の駐車場には兄がバイト代で買った単車が置いてあり、休日になるとボディをずっと磨いている。



高校生の時一度だけ後ろに乗せてもらったことがあった。

受験でフラストレーションが溜まっていた時に兄は何も言わずヘルメットを渡してきた。


深夜にお母さんたちにばれないように家を出て、エンジン音が響かないところまで手で押して行った。


高速に乗り海沿いまで連れて行ってくれた。

風が後ろにビュンと抜けていく。夜空にはオリオン座が浮かび、月もまた煌々と波打つ海を照らしていた。



クローゼットの中に隠しておいたヘルメットを手に取り玄関を出ると私は空へ目をやった。

今日もまた夜空にはあの時と同じ月が煌めいている。


「はやくこいー」


既にバイクに跨った兄の肩に手をかけて後ろに座った。

低く唸るようなエンジン音が足元から聞こえてくる。


「掴まってろよ」


ガチャンとギアが入る音がした。

ゆっくりと前を進み始めた車体は駐車場から道路に出るとさらに速度を速めた。



向かう先を言わずに兄はバイクを走らせているが行く先はなんとなくわかる。

私にとっても思い出の道は同時に兄にとっても思い出の道だからだ。



兄は高校ではいじめられていた。兄に問題があったわけではない。

ただみんなのストレスのはけ口に兄がなっているだけだった。


私は兄が後ろから蹴飛ばされているのを見たことがあった。それでも兄は家に帰ると何事もなかったかのように振舞った。家族に心配を掛けないようにした兄の配慮であった。


しかしやっぱり辛かったのだろう。

兄は八王子からは少し遠い都心の大学へ進学した。周りの人が行けないようなレベルの高い大学。


兄は大学に入ってしばらくするとバイクの免許を取ってきた。その半年後にはバイクに乗って帰ってきた。


お母さんも最初は「危ない」とか「事故を起こしたらどうするの」とか言っていたが、次第に口にすることはなくなっていった。


そんなことを思い出していると家から近いところにあるインターに入っていった。


発券機で券を取りその先のカーブで兄はスピードを落とさないように体を少し傾ける。

ちょうど一周すると本線に合流し、唸るエンジン音と共に体が後ろに持っていかれそうになった。



ふと後ろから見た兄の背中はどこか悲しげで、いつもよりも小さく見えた。
























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