第17話 そして開かれた扉の先に②

5月も下旬に差し掛かり、中間考査の時期に突入している。


以前であれば授業が終わると同時に帰宅し部屋でしていた勉強も、今回からは二人の少女と共に椅子を並べ同じ長机でそれを励んでいる。


隣の席からは杏香さんの唸るような声が聞こえてくるが敢えて聞かなかったことにしている。


なぜならば今日は火曜日。本日の杏香さんの突っかかりが激しいのだ。


サークルに入りこの一か月ほどで彼女の態度の違いの規則性に気が付いた。

僕の予想だと、彼女は日ごとに別人になり替わるということ。


昨日は沢山話しかけてきたのに、次の日には全く返事がないということも特段珍しくはない。

それを見ても愛子さんは何らかの反応を見せないことから、人にはなかなか言えない事情があるに違いない。


わざわざそれを詮索するほど僕はデリカシーのない人間ではない。

後から来た手前、おとなしく何も思っていないことを装るのが得策であるはずだ。


それでも彼女の唸りは止まらない。


抜けないカブをモチーフにした童話の台詞のようだと脳裏に投射された僕の考えは神経系を通り表情筋を緩めた。


「弘樹…何にやついてんの」


ハッとしたが時すでに遅し、彼女は席を立ち僕の前で手を後ろに組んだ。


助けを求めようと一つ先の椅子に座る愛子さんに視線を送ったが、彼女は耳にイヤホンをしていたため気が付いていない様子だ。


いや気が付くだろうと思ったが目の前に女王が君臨したのでもはや為す術はない。


「だいたい、私が分かんなくて悩んでんの気が付いてたでしょ!」


話の着地点の相違が僕の思考を鈍らせた。

戸惑った表情の僕を見てさらに彼女は続ける。


「気が付いてんなら教えなさいよ!」

「あ、すみません」


横目で愛子さんの方を見るとかすかに笑っていた。

そう彼女は気が付かないふりをしていたのだ。


イヤホンをしてそもそも土俵に上がることなく安全圏にいたのだ。


さすが彼女の親友なだけある。彼女の行動や考えなどすでに熟知しているのだ。


「謝るんなら最初からやってよね」


感心することも束の間、プンプンという擬音が聞こえてくるような表情で彼女は僕のことを睨む。


「わかったよ、どこが分からないの?」


僕も諦め、問題点を聞くと彼女は小さく


「最初から言わせないでよ…………」

と呟いた。しかし表情は満更では無さそうだ。


ああこれが俗にいうツンデレか。生で見るのは初めてだな。

彼女の火曜日の当たりの強さに勝手に合点がいった。


そして脳内のメモ帳にある火曜日の欄に注意書き(ツンデレ)を追加した。


まあそんな彼女の一面を知れることは僕にとって悪いことではない。


未だ見えぬ彼女との接点について知れる糧となるかもしれない。


そう思いながら彼女が差し出した教科書を受け取った。



「弘樹君何回も言うけど変わったね」

愛子さんは付けていたイヤホンを外し、その先っぽをクルクルとまわしながら言った。


「なんか明るくなったていうか。私は今の弘樹君結構好きだよ」


「んなっ」


僕の目の前にいた杏香さんは、

ものすごい速さで愛子さんの方を振り返った。


「どうしたのー? 杏香ー」

そう言うと再びイヤホンを耳に付け机に向かった。


まるで茶化された杏香さんは顔を赤くした。


そしてその怒りの矛先は180度方向を変え、僕の方へと向けられた。


「弘樹のせいなんだから」

「ええ…………」

「この責任は償って貰うからね」

「責任って……」


スケールの大きい単語に僕は戸惑いを隠せない。


「次の日曜日、買い物に付き合って貰うから!」

「テスト前なのに……」

「つべこべ言わない!それとも何私と行きたくない理由があるの?」

「いや、そういうわけじゃないけど」

「じゃあ決まりね。言っておくけど遅刻したら来なかったりしたら許さないから」

「わ、分かったよ」


了承の意を伝えるとなんだか嬉しそうに笑う彼女の顔を見たら、役得なのではと少し思った。


愛子さんはどことなく複雑な表情をしていたが、僕も仕方がないといった表情をして返した。

そういえば日バイト入っていたような気もするが後で確認しておこう。



満足した彼女は再度席に戻り、僕も分からないと言われたところを説明した。

気が付くと日も沈み始め西の空が紫になっていた。


「もうそろそろ帰ろうか。弘樹、一応ありがとう」

「それはよかった」


そう言って彼女に教科書を返す。指先が少し触れ彼女は顔をプイっと背けてしまった。その様子に僕も思わず顔を背ける。


「お熱いですなーお二人とも」

と相変わらず茶化す愛子さんに


「「熱くない」」


僕と彼女の声が重なる。


それを聞いた愛子さんは驚いたような顔をしていたがすぐににやにやとし始め、それを杏香さんが再度怒った。


そんな二人のやり取り見ながら僕は荷物をまとめ教室を後にする。


「弘樹君ちゃんと外で待っててよー。杏香が拗ねるから」

「拗ねないから!でも待ってなかったら怒るから」


ドアを開くと背後から声がした。


「ちゃんとそこで待ってるよ」

少し遅れて二人が教室から出てくる。


僕は主人を待つ飼い犬のように扉のすぐ横で待っていた。


扉を閉め三人でバスロータリーへと向かった。


昼間には降っていた雨の今は止んで、アスファルトの凹みにできた水たまりに僕たちの影が反射している。






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