第15話 僕らの活動は今日も遅めにスタートする⑤



4時間目の授業も終わり、いつもとは違う方向に足を運ぶ。


今日はバスロータリーではなく本部棟へ

いや、今日からはという方が正しいのだろうか。


大学二年生にして大学非公認のサークルに入部することになった俺は、彼女たちが待つ教室へと向かった。


4月も下旬になりぽかぽかと春の陽気も落ち着きを見せ、季節が夏に向かう準備をしている。


エントランスを抜けエレベーターに乗り、目的の階のボタンを押す。


ゆっくりと動き始めた箱の中で通常よりも強い重力体験が始まり、しばらくしてそれが終わると扉が開いた。


改装を繰り返し、継ぎ接ぎのようなこの建物は人気が少なく、足音が廊下に響く。


目的の教室まで到着し、ノックをして扉を横にスライドさせる。


そこには昨日と変わらない風景と茶色の髪をした少女がいた。



「お、おつかれ」

僕がそう言うと彼女は微笑を浮かべ


「お疲れ様」

と優しく呟いた。


昨日の活発な印象とは打って変わって、今日の彼女はどこか暗い雰囲気が漂っていた。


置かれている椅子に座ると彼女は


「愛子が来てからにしよっか」

とだけ言った。僕はそれに頷き了承の意を表す。


静かな空間に時計の音だけがカチカチと針の音を立てる。


彼女は席に座ることなく窓を少しだけ開け、外の景色を眺めていた。

ゆらりと吹き抜ける風が綺麗に整えられた彼女の前髪を波打つように流れる。


僕はただその様子を見ることしかできなかった。

どこか遠くを見つめるその横顔が、その瞳が写した景色など、僕の考えなど遠く及ばない。


僕は彼女のことを知らないのだ。

昨日会ったばかりの人のことなど分かるはずもない。


だけども彼女は僕のことを知っている。

ただその事実が僕の脳内に残るだけだった。


しばらくして静寂が終わりを告げる。


「ごめんねー遅くなって」


振り返るとそこには顔の横で軽く手を振る渡辺愛子の姿があった。


いつのまにか小林さんは席についており、息を切らした渡辺さんもすぐに残りの一席に座った。


「それで、今日は何をするの?」


「今日は、斎藤君と親睦を深めようと思って」


「そっか、そうだね!」


昨日とは違う様子であると感じた小林さんの態度を見ても、渡辺さんは特段気にすることもなく話を進めた。


「よし、そしたら何から説明しよっかなー」

手を顎に当て考えている風にした後、手を叩いた渡辺さんはまるで何かの解説員のように話し始めた。


聞いたところによると本来今日はサークルの活動日ではないらしい。

それに活動日とは言っても、二人は基本的に学校終わりはこの教室にいるらしいからあまり関係ないようだ。


そもそも非公認でやっているサークルだから自由であると彼女は胸を張って話した。


一通り話し終わると彼女はこちらを向き

「あらためて、私は渡辺愛子。法学部の二年生。呼び方は愛子でいいよ!」


僕にとっては三回目の渡辺愛子の自己紹介であったが、どうしてか一番緊張しているようにも見えた。


はにかんだその顔に西日が照らされているが、彼女の頬がそれとは別に赤くなっていることに気が付いた。


「ほら!今度は杏香の番!」

恥ずかしさを誤魔化すように渡辺さんは小林さんに順番を回す。



少し顔を顰めながらため息を零す彼女の仕草に目が移る。


僕の視線に気が付いた彼女の顔も少し赤く染まっているような気がした。


「こ、小林杏香・・・です。杏香でいいよ………」


すぐに話し終えると顔をそらしてしまった。


「う、うん………」


「ほらほら!最後は斎藤君の番だよ!」


少し気まずかった雰囲気を破るように、渡辺さんは僕に順番を回してくれた。


「斎藤弘樹です。理工学部の二年です。呼び名は何でもいいです。よろしくお願いします」


コミュニケーション不足が露呈するほど歯切れの悪い自己紹介。


高校の時も、大学に入ってから何回か自己紹介をする場間があったが、僕の番はきまって誰も聞いていないか、こちらに向かってコソコソと何かを言っているのがほとんどであった。


今回もそうなるのではないかと考えると心が締め付けられる感覚に襲われる。


「よろしくね!弘樹君!」


聞こえてきた言葉は今までとは違った。


小林さんも渡辺さんも、僕の目をしっかりと見るように穏やかで優しい表情を浮かべている。


それを見て締め付けられた心が一気に解放された。

自由になった心は動き始め、その反動で名前のない感情が溢れ出す。


「よ、よろしくね。愛子さん、杏香さん」




あの日から、他人と関わることにひどく恐怖を覚え始めてから、自分に向けられる視線が酷く辛いものだった。


だけども今僕に向けられている視線は、暖かくて優しい。

凍てついた僕の心をゆっくりと溶かすような温かい眼差しに



ずっと憧れていたのだろうか、ずっと待っていたのだろうか。

あって間もない僕に、どうしてそこまで…………


今はそんなことはどうでもいい気がした。


それよりも今………





はじまりの鐘がなる。


















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