第10話 その言葉は夜を告げる④


 西日に照らされ、影を差した彼女の顔が僕の脳裏に焼き付く。

 懐かしむようなその優しい表情から生み出された彼女の言葉が僕の頭の中でこだました。


『―――—――また会えたね』


 言葉が頭の中で弾け、僕の視界も揺れる。

 その一言が僕を困惑させた。それによって僕の思考回路は停止する。

 脳内の細胞が彼女の言葉を考えることだけに集中し、それ以外の機能を使用することができなくなっていた。


 どれほどの時間が経ったのかは知らないが、立ち尽くしたまま固まる僕を見て、

「まあ、座ってよ」


 あらかじめそこにおいてあった椅子をあの時の女の子は引いた。

 サビた金属のこすれる音と、ゴム製の椅子の足が床に絡む音が静かな教室の中に響く。


 少し広めの教室の真ん中ににぽつんと置かれた小さな机と3脚の椅子が並ぶ。

 僕は小さく頷き、椅子に手をかけ背負っていたカバンを床に置いた。


 右を見ると最近よく見た顔、左にはあの月曜日に見た顔。

 誰も口を開かず、時間だけがただ過ぎていく。

 すると左側で深呼吸が聞こえた。


「突然呼んでごめんね。私の名前は小林杏香こばやしきょうか。このサークルの代表をしているの。サークルといっても私と彼女の二人だけだから、大学非公認のサークル」


 意を決した彼女の突然の説明に、頭が追い付かない。

 未だに処理が終わらない僕のCPUは熱を帯び額には汗が浮いていく。


(あまりに唐突すぎる)


 彼女の発言に僕は沈黙を続けた。

「大丈夫?もしかして暑いかな」


 渡辺さんが僕の様子を見てか、それともこの状況を察してかそれを破った

「いや、大丈夫。全然・・・」

 そう言うと彼女は微笑んだ。ここで僕は一つの疑問を覚える。


 二人しかいない大学非公認のサークルがなぜ学校の設備を使うことができているのか。少なくともサークルとして活動するにはある程度のが必要だったはず


 僕が通うこの大学はセキュリティがかなり厳しく、放課後に大学の設備を使うには誰かしら監督者がいなければならない。それはこのあまり使われていない教室も同じだ。


「非公認なのに、どうやって教室を借りてるの?」

「えっとそれはね、物好きな先生がいてね。そのうち来ると思うけど」


 小林さんの言葉に呼応するかのように教室のドアがノックされた。


 「ほら」と彼女は微笑み、開いてますよーとドアに向かって声をかけた


 ガラガラとドアが開くとそこには若い男性が立っていた。


 「やあやあ」と言いながら後ろ向きでドアを閉め、こちらに来る。

 銀縁の眼鏡に上等な紺色のスーツ。薄いピンクのネクタイを締め、全開となった上着のポケットに手を入れた男性は僕に話しかける。


「やあ、君が斎藤君だね。僕の名前は森 太一もりたいち。理工学部で准教授をしているよ。

 君も見たことくらいはあるかな? ちなみに僕のことは森センと呼ぶといい。現に彼女たちにも他の生徒にもそう呼ばれているからね。これからよろしくな」

「あ、はい。よろしくお願いします」


 自分が所属している学部の教授であったが、実際のところ見たことはなかった。


(いや、見たことがあってもおかしくないはずだが…………)


「いやーよかったよ、また一人増えてくれて。目標の五人まであと二人だな!」

「森セン、まだ斎藤君は入ると決まっているわけでは」


 小林さんが森准教授あらため森センに答える。


「なんだ、そうなのか」


 そう言うと腕を組み、僕の顔を覗き込んだ。

 しばらくすると腕をほどき笑顔で頷いた。


「いや、大丈夫だ小林、彼はきっと入る」

「何を根拠にそんなことを言うんですか。確かに彼には入ってほしいですけど」

「何を根拠にって渡辺。俺の感がそう言っているんだ」


 先生が豪快に笑う。笑い声が教室中に響き、それにつられて彼女たちも僕も少し笑みをこぼした。


 しかし僕には疑問がまだ残っていた。このサークルは何をするサークルなのかと。

 そんな僕の顔を見てか森センは何かを察したように話す。


「斎藤、大丈夫だ。あやしいサークルではないぞ」


 夕日に負けない明るい笑顔で再度森センは笑った。

 どうやら感が鋭いというのは事実らしいが、怪しいサークルという懸念はさらに強くなった。


「あの、このサークルって何サークルなんですか?」

 僕は代表と唄った小林さんに質問をする。


 すると彼女は待ってたかというように、嬉々として答えた。


「ここはね、”天文サークル”。きっと思ったよりも普通だったでしょ!」

 僕はその言葉のとうり、意外にも普通であったことに安堵した


 天文、すなわち星々の自然現象を司るに違いない。

 昔から父の影響で宇宙に関することが好きだった。部屋には天体望遠鏡があり、親に頼み込んで家を建てる際に僕の部屋を出窓にしてもらうくらいに。


 少し出っ張った窓は空の景色を多く吸い込み、月が出る夜にはその光が部屋に差し込む。


「どうだい斎藤。入ってみないか?無理にとは言わない。でもきっと得るものも多いであろう。何を得ることができるかは君次第だ。それは小林とも渡辺とも違う。

 考えてみたまえ、大学生なんてあっという間だ。君は何の足跡も残さずこの大学を去るのかい?」

「それに、お父さんはきっと喜ぶと思うぞ」


 突然の森センの言葉が僕に突き刺さる。

 どうして父のことを知っているのだろう。


 やりたいことなんてなくなったと思っていたあの日から、僕にとっての世界は影を落としたように暗くなっていたのに。

 

 先生の言葉が突き刺さったのは僕自身ではなく僕の影だったのかもしれない。

 その言葉に世界が少し明るくなったような気がした。


「やってみようよ斎藤君!」

 かけられた言葉に僕は首を縦に振った。


 ――――教室に響いた言葉は、日が沈み夜が来たことを告げる。





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