第4話 今日も僕は僕に嘘をつき続ける①


 今日は朝からポケットに入っているメモ用紙のことで頭が一杯だ。


 ずっと握りしめていたからか、紙は少し湿気を帯びヨレてしまっている。

 食堂で昼食のサンドイッチを口にしながら僕は不安と小さな期待を持ち合わせていた。


 ♦♢♦♢


 駅から大学までのバスを待つ僕の肩が三回ほど軽く叩かれた。

 振り返るとそこにいたのは、昨日二人組の男子学生を仲裁してくれた女の子だった。


「おはよー!」

「あ、ども」

「君、理工学部の斎藤君でしょ」

「ええまあ、そうだけど………」

「やっぱり! 私の親友が君のことを知ってるの」

「親友? 僕の事知ってるって誰が?」

「ごめんね、私の口からはそれを言えないの」


 唐突な会話に僕は戸惑いながらも、ロータリーに入ってきた大学行きのバスが目に入ると心を安堵させた。


「 それじゃあ 」


 そう言って逃げるようにバスに乗る。後ろの方の二人席に座ると、後から続いた彼女も僕を押すようにして隣に座ってきた。


「 え? なぜ? 」

 僕は目を丸くし、彼女のに驚いた。


「そういえば、自己紹介がまだだったね。私は渡辺愛子わたなべあいこ法学部の二年生だよ。よろしくね 」

「 理工学部の斎藤です…………」


 まるで友人関係に発展させるがごとくバスの中でも彼女の質問攻めに遭い、僕のHPは既に赤ゲージまで達していた。


 二十分ほどしてバスが構内のロータリーに到着し、扉が開いた。


 先に外に出た彼女はこちらに振り返り、一枚の紙を差し出した。

 中を見てみるとアルファベットと数字の羅列が記されていた。


「気になったらいつでも来てね!  放課後待ってるから」


(なるほど教室の事か)

 軽く手を振った彼女はその後振り返ることなく消えていった。

 僕は足をしばらく動かすことが出来ず、ただその背中と渡されたメモ用紙を交互に見るしかできなかった。


 ♦♢♦♢


 それにしても彼女の、『私の親友が君の事知っているの 』という言葉が頭のどこかに引っかかっていた。

 少なくとも大学には僕と知人や友人となるほど関わったことのある人間はいない。

 授業中の作業もなるべく一人でやるようにしていたし、どこかのサークルにも所属しているわけでもない。


 昼食を食べ終えた僕は席を立ち、出入り口近くにあるゴミ箱にサンドイッチのごみと一緒にメモを捨ててしまった。


 昼食を摂り終えた僕はいつも通り午後の授業を終え、どこかに立ち寄ることもなく帰路についた。


『行かなくてよい』


 全くもって興味が無いわけではない、むしろ心のどこかで行ってみたいと思う自分がいる。


『余計なことにわざわざ巻き込まれる必要はない』


 しかし、自分に言い聞かすように反芻された思考はやがて欺瞞から真実へとその姿を変える。


 そうして僕は今日も

 ――――僕に嘘をつき続けるのだ。


 ♦♢♦♢


 昨日の天気とは打って変わって、今日の空は機嫌が悪い

 今にも滴が落ちてきそうな雲を見ながら、折り畳み傘をカバンにしまい家を出る。


 通学というにちょうど良いくらいの移動時間を経て八王子に到着した。

 改札を出て、いつものように駅前のバスロータリーへと向かう。


 大学行きのバス乗り場では何人かの小さな列ができていた。

 早朝の交通量の少なさのせいかバスは定刻通りに到着したため、あまり待つこともなくバスに乗ることが出来た。


 車内を見渡すと、いつもの定位置である運転士のすぐ後ろの席は若いスーツの男によって座られていた。他の一人かけの席もすべて埋まっている。

 僕はあきらめて昨日と同じように車内後方の二人席に座った。


 背負っていたカバンを膝に置き、ポケットから携帯を出そうとしたその瞬間。

 一人一席座れる程度にしか混んでいない車内にもかかわらず、僕の隣の席に誰かが座った。


 一体誰なのか横を向くと、そこには昨日の彼女が座っていた。


「おはよ!」

「ど、どうしたの、こんなに空いてるのに」

「気にしない気にしない。それより…」


 彼女の顔が笑顔からジト目に変わった。。


「どうして昨日来なかったの?」


 そう言うと彼女は僕の脇腹を肘で突く。


「別に気になったらでいいって言ってたから」

「じゃあ気にならなかったの?」

「え、それは……」

「気になったんなら来ればいいじゃん!」

「きっと僕は行かないよ、その子にも伝えておいて。どこの誰かは知らないけど」

 彼女はそう言うと悲しそうな顔をして、それ以降何も言わなくなってしまった。


(これでいいんだ)


 空気圧が一気に抜ける音と共に扉が開いた音がした。外を見ると大学のようだ。


「ほら、ついたよ」

 僕は彼女に降車を促す。


 通路側の彼女がどかないと僕も降りることができない。

 僕のそんな思考が表情に出ていたのだろうか、

「あ、ごめん」

 そう言って彼女は立ち上がりカバンを背負う。


 バスから降りると僕の目をじっと見て

「きっと来ないと後悔するよ………」


 そう言い残して去っていった。









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