第20話

  レナード以外の全ての人間がその場で凍りつく。あのタイロンさえも、口にしようとしたベイクドポテトを皿に戻したほどだ。

  最初に沈黙を破ったのはソフィアだった。


  「いきなり何を言い出だすかと思えば…… レナード、あなた一体どういうつもりなの?」


  「私はこいつらの…… いえ、この男の参加など、断じて反対です!」


  どうやら、彼のご指名はアイル一人だけのようだ。


  「言葉を慎みなさい」


  ソフィアの語気が強まる。


  「おいおい、いつもの副リーダーらしくねえぞ? どうしたんだよ?」


  場を和ませるようとしたのか、軽い感じでタイロンが聞く。それは少なくとも一定の効果があったようだ。レナードは多少落ち着きを取り戻したように見える。


  「…… 皆、今の我々の状況をわかっているだろう? ここで、訳の分からん男をギルドに加えてどうする」


  「レナード君の言いたいことはわからないでもないよ。でも、アイル君の実力は本物だと思う。彼が入ってくれれば、氷晶の薔薇はまたトップに返り咲けるかもしれない」

 

  ノエルの意味深な発言。

  アイルの記憶では、半年前まで氷晶の薔薇というギルドは、彼の村にも名前が轟くほどのギルドだったはずだ。栄枯盛衰とは言うが、そんなに早く落ちぶれるものなのだろうか。

 

  「だめだ! もしこの男が毒だったらどうする! 薔薇は朽ち果てて、二度と芽を出さなくなってしまうぞ!?」


  「いい加減にして! これは私達だけの問題じゃないのよ! それをわかっているの!?」 


  「分かっています! だからこそ、私は反対しているのです!」


  温良なソフィアがついに声を荒らげ、口論はさらにヒートアップする。これにより、事態の収拾が大きく遠のいた。


  「アイル……」


  レナードの剣幕がよほど恐ろしく映ったのか、ライラは助けを求めるようにこちらを見つめる。


  「あの」


  紛糾した論争が途切れた間隙をつき、それまで傍観していたアイルが発言権を求め手を挙げる。


  「元より、俺もライラもどこかのギルドに所属するつもりはありません。これからもずっとフリーでやっていくつもりです」


 室内に嫌な沈黙が漂う。


  「あの、アイルさん。ご気分を害してしまい、大変申し訳ありません。ですが、どうか今一度考え直してはいただけませんか?」


  ソフィアは弱々しく懇願するような眼差しを向ける。

 しかし、そんなことでアイルの気持ちは変わらない。いや、変えてはいけない。


  「今言ったように、これは元から決めていたことです。邪険にされるのは慣れていますし、別にそれが原因で心変わりしたというわけではありませんので」


  アイルの言葉は真実であった。

 有名なギルドに入れば依頼も受けやすいだろうし、お給金から何まで手厚いはず。生活苦に悩む必要もなくなる。しかし、アイル達が禁術を隠し持っている以上、余計な詮索をされるわけにはいかないのだ。

 気を許してはいけない。踏み込みすぎてはいけない。自分が何者なのか、半年前に嫌というほど思い知らされただろう。

  自分の意見を表明し終えると、アイルは席を立ち、出口へと向かった。少し遅れてライラも後に続く。

 

  「お、お待ちください! どうか、お話だけでも聞いていただけませんか…… ?」


  背中から声がかかる。

  なぜそこまでしてアイル達を引き入れたいのだろうか。俄然話の内容に興味が湧いたが、なんとか踏みとどまる。相手の諦めムードが強い今が逃げ時だ。

 

  「料理はどれも美味しかったです。今日はありがとうございました」


  それだけ言うと、アイル達は今度こそその場を後にした。

   氷晶の薔薇ギルドの拠点である豪邸を抜け出すと、アイル達は真っ直ぐ家路に着いた。しかし、宿に泊まる金もないので、村の近くで野宿する羽目に。疲労のせいもあるが、アイルたちはその日ほとんど口を聞かなかった。

  そんな空気も、翌日には払拭された。心機一転、依頼を求め、今度は早い時間に役場を訪れてみた。しかし、受付の「申し訳ありません」の一言から始まり、結果は昨日と全く同じ。唯一彼女から聞けた新情報は、昨日から依頼の数が極端に減少したこと。


  「あれだな。もう、依頼は諦めて、どこかの家でお手伝いでもして金を稼ぐか」


  冗談っぽくアイルは言ったが、現在それに向かって着々と前進しているのだから、笑い事ではない。


  「えー。私働けるかな?」


  「どんなことでも、最初は慣れないものだ。その内慣れるようになるさ。まあ、魔法を使えない人間を雇ってくれる人がいるかわからんが……」


 「昨日のギルド…… 氷晶の薔薇? そこには入らないの? みんないい人そうだったよ。あの怖い人以外は。あ、あのソフィアって人も何か怖かったけど」


 やはり、ライラの目にもあの時のソフィアは狂った獣の如く見えたらしい。


 「そりゃあ、あのギルドに入れれば将来は保証されたようなものだけどな……」


 アイルは苦笑して、目を逸らした。


 「やっぱり、魔法の事?」


 「まあ、そういうことだ」


  話も終わり、今日も成果ゼロで帰ろかと思っていた時だった。こちらに向かってくる、見知った人間が一人。


  「あれ、リンシア……」


  「これ」


  挨拶もなしに、いきなりリンシアは紙袋を押し付けてくる。とりあえずアイルは受け取り、中身を確認してみた。

  二つ、三つ。そこにあったのは小麦色をした楕円形のものだった。香ばしい匂いが、鼻腔をくすぐる。


  「これは…… パン?」


  アイルは恐る恐る視線をリンシアへと戻した。


  「くれるのか?」


  「どうぞ。そっちの子の分も、はい」


  そう言って、もう一つ紙袋を手渡された。

  「ありがとう」とライラが小さくお礼を言う。


  「でも、どうしてだ?」


  アイルが聞くと、リンシアは目の前の役場を見やった。


  「あんた達がちょうどそこに入っていくのが見えたから。どうせ何の依頼も受けられなかったんでしょ?」


  「ま、まあな……」


  図星を突かれ、アイルは頭をかく。


  「当分、依頼は受けれないと思うよ」


  「そうなのか?」


  「うん。受付の人も言ってたでしょ? 今は依頼の数が少ないの。平和な証拠。ま、逆に力のないフリーの人なんかは、生活に困るかもね」


  厳しい現実を突きつけられ、アイルは軽いショックを受ける。


  「で、昨日はあの後どうなったの?」


  「あー…… 色々あったが、どうにか説得に成功して帰ってもらったよ」


  正直に伝えるべきか迷ったが、アイルは適当な嘘をでっち上げた。リンシアと氷晶の薔薇の間に何があったかは知らないが、ギルドの拠点に行ったとなれば警戒されるかもしれない。


  「そう」


  あっけらかんとした口調のリンシア。しかし、その顔はどこか安堵したようでもある。


  「そういえば、どうしてリンシアはあいつらに絡まれたんだ? 氷晶の薔薇って言えば、最上位のギルドだろ? 何かしたのか?」


  「さあ。私はあんな奴ら知らないし、なんか人違いでもされたのかも」


  「人違いか……」


  体裁重んじるべき有名ギルドが街中であんなに躍起になるなんて、どんな人と間違えたのだろう。確かレナードは「運び屋」がどうとか言っていた。

  昨日彼女が背負っていた荷物が関係している。それはほぼ確定だろうが、昨日はそれを聞こうとして彼女に逃げられたのだった。昨日と同じ轍を踏む訳にはいかない。とりあえず今は追求を断念した。


  「ねえ、どうして私なんかを助けたの?」


  「どうしてって言われても…… 小さい頃からの知り合いが奴が困ってたから、身体が勝手に動いて」


  「何よそれ。私、今まであんたに散々酷いことしてきたのに? 最後の日だって私は……」


  リンシアは顔を伏せた。

  最後の日、つまりアイルが村を追放された日だ。まさか、罪の意識を感じているのだろうか。

 

  「別に、あのことはもういい。……なんだか半年前と随分雰囲気が違うが、何かあったのか?」


  「別に、何も? 私はあの時から全く変わってないよ」


  そんなはずはない。初めて見るリンシアの自虐的な微笑が、何か変化があった事を如実に物語っていた。


  「それより、その子。師匠とか言ってたけど、どういう意味だったの?」


  そういえば昨日、苦し紛れにライラの事をそう紹介をしたのだった。


  「ああ。村を追放された俺の…… 面倒を見てくれて。それでなんとなく師匠って呼んでるだけだ」


  「ふーん…… 彼女は黒魔術の適性者なの?」


  アイルは言葉に詰まった。

  昨日はライラにほとんど興味も示さなかったのに、どういう風の吹き回しだろう。


  「…… いや、違う。ライラは召喚術の適性者なんだ。というか、こんな街中でそういう事は言わないでくれ。誰かに密告でもされたら終わりだ」


  「そうだね、ごめん」


  素直に謝られるのも、初めての経験だった。本当に別人のようだ。


  「わあっ!」


  突然、悲鳴とともに、何かがゴロゴロと転がる音がする。見てみると、まだ十歳に満たないくらいの少年が倒れていた。側には空の紙袋と、散らばったりんご。

  大方地面に蹴つまずいたのだろう。見兼ねたアイルは、りんごの回収を手伝ってやろうとする。そんな彼よりも早く行動に出たのはリンシアだった。

  彼女は早足で少年の元へ近づいく。


  「大丈夫?」


  「うん、ちょっと躓いちゃっただけ」


  「擦りむいてるじゃない。ドジね。じっとしてて、今治してあげるから」

 

  彼女はしゃがみ込むと、少年の膝へと手を伸ばす。すると、長袖の部分が少しめくれ上がり、そこから肌が露出した。

  最初は何かの見間違えかと思った。しかし、目をこすってみても、それは変わらない。

  痣だ。何の変哲もない、普通の痣。だからこそ、異常なのだ。リンシアは村で随一の回復魔法の天才。彼女が自分の痣を治せないなんてことがあるだろうか。

 

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