第17話

 「期限切れ!?」


 「はい……」


 受付の女は、申し訳なさそうに頭を下げる。

  役場にたどり着いたアイルたちに、待ち受けていた残酷な結末。なんと依頼には個々に期限が設けられており、それまでに冒険者による音沙汰がないと、自動的に失敗になると言うのだ。アイルの受けた依頼は数分前に、期限切れとなっていた。元々期限ギリギリの依頼だったことは、全く知らなかった。


  「他に魔法を使わない依頼って、あったりしますか……?」


 受付の女に聞いてみる。


  「申し訳ありません。そういったものは滅多に入って来ませんので」


  予想通りの返事。


  「どうする?」


  ライラは困ったような視線を投げかける。

  できれば王都近辺で夢幻魔法を使いたくないが、ここまできたら背に腹はかえられない。


  「…… 仕方ない。それじゃあ、ここで一番簡単な依頼を見せて貰えますか?」


  「申し訳ありません。ただいまご用意できる依頼の全てがかなり上級のものでして……」


  「え?」

 

  意外な答えに、アイルは言葉を失った。


  「一時間ほど前に、ほとんどの依頼が受注されてしまったんです」


  「ほとんどのって……」


  「ですので、恐縮ですが、また後日お越しになってください」


  女はそう締めくくった。


  「まずいな……」


  外に出て、一人呟くアイル。

  朝から何も口にしておらず、唯一当てにしていた依頼は無効。さらに、奥の手であった他の依頼が受けられないと、まさに踏んだり蹴ったりだ。まさか、十六歳という若さで、食糧難に陥ろうとは。

 また、ライラの腹が空腹を主張する。


 「こっち見ないで」


 「わ、悪い……」


 つい謝ってしまったが、これは自分が悪いのだろうか。


  「とりあえず妖精の翼片を売ってみるか」


  「売れるかな?」


  「一応、市場で取り引きはされてるらしい。少なからず需要はあるんだろう。少しは金になるはずだ」


  そう言って、数枚の薬草に一縷の望みを託してからどのくらいたったのだろう。

  結果は散々で、彼らの心中は既に暗く陰っていた。


  「はあ……」


  「売れなかったね……」


  「そうだな……」


  あらゆる傷を癒すという妖精の翼片。しかし、その実、回復魔法に需要を淘汰され、その価値はかなり低い。たかだか数枚では銅貨一枚にもならないと、市場の人には一笑に付される始末だ。こんな葉っぱの採集を頼んだ依頼主は、市場で手に入らず相当困っていたのだろう。


  「ん? あれは……」


  ふいにアイルの視界に入ったのは、見覚えのある薄ピンク色の髪の少女。


  「リンシア…… ?」


  呼び止められた少女は肩をビクッと揺らし、それから振り向いた。


  「あんたは…… あ、アイル……?」


  その顔はやはり、アイルの幼馴染の一人、リンシアであった。彼が村を追放された日、レイリーと共にアイルを貶していた少女だ。

  アイルを見る彼女の瞳は単純に驚いているというより、なぜか狼狽の色が強い。だが、次の瞬間には、彼を見下すような冷たい余裕を醸成させた。


  「ふーん、生きてたんだ。村では、あんたが死んだって専らの噂だったけど」


  「いきなり酷い言われようだな…… 」


  「そりゃあそうだよ。まともに魔法も使えないようなあんたじゃ、とっくに魔物に食われてると思ってたのに」


  「まあ、色々あって」


  話し始めて早々、アイルは声をかけたことを後悔していた。


  「ていうか、何その子。ガールフレンド?」


  リンシアは無遠慮にライラを指差した。


  「ち、違う…… ! 俺の師匠だ」


  一瞬どきりとするが、アイルはどうにか平静を装って答える。うまく誤魔化せた。少なくとも自分ではそう思っている。

  「師匠じゃない」と、ライラは咎めるような視線をアイルに向けた。


  「へえ、そうなんだ…… それで、わざわざ私を呼び止めて、私に何か用なの?」


  「いや、たまたま見かけたから声をかけてみただけだ……」


  嘘をつく理由もないので、アイルは正直に答える。だが、せっかくならもう少し聞いておきたいことがあった。


  「王都にいるってことは、リンシアはギルドを作ったのか?」


  「まあね」


  「じゃあ、レイリーと一緒に? 同じギルドに入ると言っていたが……」


  「別に…… あんたには関係ないでしょ」


  冷たくあしらうリンシア。しかし、なぜか彼女の顔は暗くなる。


  「そうだな…… あ、何か仕事の途中だったか?」


  リンシアは大きなリュックを背負っていた。


  「別に、なんでもない……」


  リンシアはバツが悪そうに目をそらす。


  「だいぶ重そうだが、手伝おうか? 力仕事ならある程度はできるけど。その代わり銅貨を一枚ーー」


  「なんでもないって言ってるでしょ! 二度と話しかけてこないで!」


  早口にそう言うと、リンシアは逃亡犯のごとく走り去ってしまう。その姿は、すぐに曲がり角の方へ消えてしまった。


  「アイル、あの人に嫌われてるの?」


  「ああ、そうだが…… もうちょっとオブラートに包んで言ってくれ。なんだか胸が痛い……」


  「ごめん」


  ライラは軽く頭を下げた。


  「そこのピンクの女! 止まれ!」


  リンシアが消えた角の方から、男の怒鳴り声が響く。その声が示す身体的特徴も、ちょうどリンシアのものと当てはまる。


  「行ってみるか」


  「うん」


   怒声のした方へ向かうと、案の定、そこにはリンシアがいた。

  彼女に対していたのは、三人の男だった。皆同様に、白い生地に水色の刺繍が入った服を身につけている。何か同じ組織に所属しているのか、もしくは、相当な仲良しなのか。


  「さあ、その荷物の中身を見せてもらうぜ」


 一番大柄の男がリンシアに詰め寄る。


  「な、なんでそんな事しなきゃいけないのよ」


  「少し事情があってね。もし、こちらの勘違いなら非礼を詫びよう」


 答えたのは、紫の長髪の気品が良さそうな顔をした男。


  「意味わかんない! 身勝手にもほどがあるでしょ!」


  リンシアは叫びながら、少しずつ後ずさりしていく。隙を見て逃げ出そうと考えているのだろうが、あんな重そうな荷物を背負っていてはすぐに捕まってしまうだろう。

  側から見れば、物盗りに襲われる少女の図だ。


  「ちょっと行ってくる。ライラはここで待っていてくれ」


  見兼ねたアイルはリンシアを助ける事を決意する。厄介ごとに首を突っ込むのは、彼の事なかれ主義的な性分に反しているが、相手が見知った人間なら話は別だ。それがどんな嫌な人であっても、お節介焼きな一面が顔を覗かせてしまう。


  「一人で大丈夫?」


  「ああ」


  力強く頷くと、アイルは一人で歩いて行った。


  「さあ、中身を見せるんだ」

 

 紫髪の男が言う。


  「嫌よ! 」


  「これ以上拒むというのなら、こちらもそれ相応のーー」


  「待て!」


  四人の視線がアイルの方へ集まる。リンシアは信じられないという顔をしていた。

  アイルは悠然と両者の間に割って入る。


  「アイル…… あんた、なんで……」


  「なんだお前? この女の仲間か?」


  大柄の男が、さながら悪役の常套句を口にする。


  「別に仲間というわけじゃないが…… 」


  「それなら引っ込んでいてもらおう。これは私たちの問題だ」


  紫髪の男に、簡単に突っぱねられる。なんとも決まらない流れだ。


  「いや、そういうわけにもいかない。仲間じゃないが、一応知り合いというかなんというか…… とにかく! 訳の分からん男たちに襲われそうになっているのを、黙って見過ごすわけにはいかない」


  「おいおい、お前は俺たちが悪いことしてるように見えるのかよ? ええ?」


  大柄の男は、さも自分がしている行いは高尚で真っ当なものだ、とでも言いたげな様子だ。

 

 「いや、タイロンくん。側から見たら、多分こっちが悪者だよ。実際良いことではないし」

 

 ここで初めて一番背の低い、眼鏡をかけた男が口を挟んだ。その呆れた物言いから、彼は自分がしていることは悪だと自覚しているらしい。

 しかし、大柄の男ーー タイロンは首を横に振る。


 「わかってねえな、ノエルはよ。本当の正義ってのは、達成されるまでは異端に見られちまうこともあるってもんなんだよ。終わりよければ全てよし」


 「そうは言っても、ダメなことはダメだと思うな。騎士に見つかったら、言い逃れできないし」


 「ノエル、君はどっちの味方なんだ?」


 紫髪の男は呆れたようにため息を吐く。

 完全にアイルは蚊帳の外だった。毒気を抜かれるどころか、少し寂しい気持ちすら覚える。


  「お、おい……」


  「ああ、悪い。ええと、どこまで話したか」


  紫髪の男はしばし考える風だったが、おそらく覚えていない様子。


 「まあとにかく、そこをどいてくれ。私たちはそちらの彼女に用があるんだ」


  「どくわけにはいかない」


  「なるほど……」


  すると、三人のうちの一人、小柄な男が紫髪の男に何事か耳打ちする。


  「すまないが、私たちはこれ以上時間を浪費するわけにはいかないのだ。そこを退かぬと言うのなら、実力行使をすることもやぶさかでないぞ?」


  いきなりの宣戦布告。

  紫髪の男の温和そうな瞳が、鋭く研ぎ澄まされた光を湛える。彼が本気なのは言うまでもなく、さらに、自分の力を相当に自負しているのが見て取れた。

  アイルは運良く衛兵が通りかかる光景を夢想したが、周りにいるのは一般人だけ。皆、総じて傍観の姿勢を決め込んでいる。


  「リンシア、時間を稼ぐから、その間に逃げーー」


  「ごめん、アイル!」


 その声があまりにも遠くから聞こえたので、アイルははてと頭を後ろに回らす。


 「え…… ?」

 

 リンシアは既にスタートダッシュを切っていた。こちらを顧みることなく、全速力で。その姿は、すぐに夕暮れの人の往来へと消えていく。


 「そこはもっと…… 躊躇するところじゃ……」


  「逃げる気か! 追うぞ!」


  紫髪の男が叫ぶ。

 走り出そうとする三人の前に、アイルが立ち塞がった。


  「ま、待て! なんだか思ってたのと違うが…… ここを通さないぞ」


 「残念だが君の遊びに構っている暇はない。これ以上邪魔だてするなら、本当に痛い目を見ることになるぞ?」


 紫髪の男が冷徹に言い放つ。


 「やってみろ……」


 「それならーー」


 「待てよ」


 紫髪の男の前に出てきたのはタイロンだ。


 「気に入ったぜ。俺が直々にぶっ倒してやる」

 

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