第192話1周年記念コラボに備えて

 晴先輩のライブでのレッスンの時にもお世話になった都内の某スタジオ。

 そこでは三期生1周年記念配信での一要素として企画されていた、四人全員による歌枠の練習が行われていた。

 1周年でお泊り配信をすることはもう既にリスナーさんにも告知済み。着々と記念日も近づき、私たちのボルテージも高まってきている。

 四人全員ということで、今日はわざわざ遠方に住んでいるましろんまでスタジオに足を運んでくれている。歌のセトリもカバーにはなるが、私たちらしく、四人で歌うことで輝く曲を皆で選び抜いた。ここまではかなり順調だったと言っていい。

 そしていざ練習に入り、ましろんが来られる日が今日くらいということもあり、できることなら今日1日を使って全員が納得のいくクオリティまで仕上げたかったのだが……ここで一つ問題が発生していた。

 私は細かな点以外は問題なし、十分今日で詰められる。ましろんも低音域から高音域まで驚異の正確性を見せ、感情を乗せることが課題にあがったが、天性の器用さでなんとかなりそう。ちゃみちゃんは歌声があまりに小さかったが、エーライちゃんが聴いていると思って歌うことで克服した。問題は……光ちゃんだ。

 当然歌の上手さとは音感や声の出し方だけで決まるものではない。人はそう簡単には測れない生き物であり、例え音が外れていようが、声が裏返っていようが、人の感情を動かすことができるシンガーはいる。歌の上手さとはなにを定義するのか非常に曖昧なものだ。

 だけどこの光ちゃんの歌い方は……こと四人で歌う協調性という面で見ると難しいものがあった。

 必死に歌っている、声も出ている、だが……必死過ぎて、小学生のようなガムシャラな歌い方になってしまっているのだ。

 光ちゃんのパートや四人全員で歌うパートになるとどうも違和感が……ライブオンらしくこれを個性と捉え、なんとかプランを変えることで対応できないかという意見が挙がったが、当の光ちゃんが一番首を横に振った。


「分かっている、光も分かっているんだぁ……だから下手だと! 正直に下手だと言ってくれぇ!! 皆で揃って歌える機会なんて滅多にないしリスナーさんも盛り上がるはず。それを光のミスで水を差すなんてできるわけない! 皆期待している、だから光はそれに応えないと! 死ぬ気で頑張るから!」


 そう言って断固拒否の姿勢だったので、私たちも光ちゃんの意思を尊重し、力を抜いた喉の使い方や、音程のとり方などの歌のコツを教えた。

 確かに今思うとライブスタートの時は勢いでごまかしている感じだったなぁ。明るい曲なのもあって問題には感じなかった。でも今回は歌うパートが多いしバラードも交じっているから目立ってしまったのだろう。

 そして練習は続き、一応少しずつ改善の兆しは見え始めている。


「うん、そろそろ休憩入れよう」

「ん゛ん゛! 大丈夫だよましろちゃん! 光はまだやれる!」

「光ちゃんはそうでも僕たちの喉が持たないよ。ほら、皆水飲んで」


 ましろんの言う通り、練習熱心な光ちゃんにつられてもう結構な時間ぶっ続けだ。私とちゃみちゃんも喉を休め、一息つく。


「でも……まだ自分に納得できないよ……もっと上達してリスナーさんを喜ばせないと」

「ガムシャラに練習することだけが上達の道じゃないわよ」

「ちゃみちゃん……それはそうかもしれないけど……」


 渋々といった様子だが、光ちゃんも休憩に入る。普段の配信スタイルからも分かるけど、本当に頑張り屋さんなんだな。


「んー……本格的にボイトレ習うとかしようかな……って、今からじゃ遅いか。それに時間もないしなぁ……練習する時間あるかな? えっと、明日は案件があるから朝にも配信して、その次の日は大事な収録とコラボ配信と次の日のゲーム配信の為の裏作業があって」

「ちょ、ちょっと待ってください!?」


 光ちゃんの独り言を聞いて、慌てて声を掛ける。え? 今光ちゃんなんて言った?


「お? どしたよ淡雪ちゃん?」

「ちょっと予定表とか見せてもらうことできますか?」

「予定表? 別にいいよ!」


 光ちゃんはこれからのスケジュールが書かれたスマホの画面をこちらに向けてくる。

 ――――なんだこれは?

 ない。ない。ない。今日から1周年記念日までどこにも空白がない。配信時間は勿論裏作業の時間割までそこら中びっしりと書き込まれている。辛うじて見える空白は短い睡眠時間だけ。日付を巻き戻してみてもちゃみちゃんとエーライちゃんのコラボの時くらいしか睡眠以外の空白がない。


「――これ、マネージャーとかに止められないの?」


 画面をのぞき込んできたましろんとちゃみちゃんも、私と同じくドン引きだ。


「そうそう! デビュー直後くらいに予定表渡したら『絶対ダメ!』って怒られたんだよ! でも光も納得いかないからめちゃくちゃ話し合ってさ、結局今のスケジュールが妥協点になったんだよね。うぎぎぎぎぃぃ!!」

「これが妥協点……つまり、最初はもっと詰まっていたってことなのね……」


 言葉すら失いそうな私たちを他所に、不満そうな顔でそう言う光ちゃん。

 光ちゃんはライバーの中でも案件とかが多い方だから忙しそうだと思っていたけどここまでとは――忘れてはいけないが、光ちゃんの配信は基本がかなりの長時間だ。


「……きつくはないんですか?」

「きつい? なんで? 光はリスナーさんから応援してもらって、お金まで貰っているんだよ? リスナーさんが光の存在価値なんだからこれでもまだ足りないくらいだよ! 皆と違って光はなんの才能もないのに、リスナーさんはそんな私を支えてくれているんだからもっともっと頑張らないと!」


 ……その心意気は、もしかすると私もライバーとして見習わなければいけないものがあるかもしれない。

 でもこのスケジュールは流石に……皆の神妙な顔を見るに同じことを考えているのだろう。


「皆そんな顔してどした? 光頑丈だからこれくらいじゃあなんともないって! 今までだって大丈夫だったし! だからほら、早く練習再開しようよ!」


 この時、私たちはなんて言葉をかけていいのか分からず、とりあえず明らかに短い休憩で練習を再開しようとする光ちゃんを止めることしかできなかった。

 当然私たちから見たら地獄のようなスケジュール。――でも、まるでこのために生きているとでも言いたげな生き生きとした光ちゃんの笑顔を見ると、なにも言うことができなかった。

 それから結局、練習時間の終わりになっても、光ちゃんは改善はされたものの全員がはっきりと首を縦に振れるクオリティまでは届かなかった。特に光ちゃんは明らかに自分自身に納得がいっていない。

 それでももう夜は遅い。今日、ましろんはちゃみちゃんの家に泊まるようだ。私の家じゃないのかとちょっとしょんぼりしたが、それに気が付かれたのか、「今回は三期生の為のイベントだから、あわちゃんだけじゃなくて三期生皆と絆を深めたい。当日は光ちゃんの家に泊まるから、今日はちゃみちゃん」と理由を説明されてしまった。恥ずかしい……。

 皆帰路につき、バラバラになる。

 それでも、私は光ちゃんのことが脳裏に引っかかって仕方がなかった――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る