第124話有素ちゃん家にお泊り4

有素ちゃんの部屋に案内され腰をクッションに下ろした私、次にとるべき行動はもう決まっている。

そう、この現代社会の倫理観と真っ向から対立している有素ちゃんの装いだ。

今のままで居られると常時私が得体のしれない恐怖に晒されることになるので、すぐに着替えてもらう。

この深層意識から拒絶する感覚はジャパニーズホラーともまた違う、新ジャンルとしてストロングホラーとでも呼ぶべきか。


「火の用心、ストゼロ二本、炎上の元(カーン!)」

「やめろ、その言葉は私に効く……じゃなくて、遊んでないで早く着替えなさい!!」


さて、なんだかんだまともな私服に着替えてくれたようなので、やっと常時逸らしていた視線を有素ちゃんへと向け直す。

んーなるほどなるほど……。


「うん、よしよし、ちゃんとお着替え出来てえらいですね」

「はい! えへへ、褒められちゃったのであります! この服ちゃんとかわいいでありますか?」

「ええ女の子らしくてとても可愛いお洋服だと思いますよ、服はもういいでしょう。それで……その未だ頭にかぶっているものは何ですか?」

「帽子であります」

「(#^ω^)」

「パンツであります」

「よろしい」


まともな服に着替えてくれた有素ちゃんだったが、その頭部には未だに断固目元深くまでパンツを被ったままであった。


「絶対おかしいって自分でも気づいてるでしょ! 有素ちゃんはいつも家でパンツを被っているのかな?」

「淡雪殿のパンツであればよろこんで常時装着するのであります。だから今穿いてるパンツ下さい!」

「よくこの状況でねだろうと思いましたね!? あげるわけないでしょ!」

「ちゃんと洗わずに大事に使うでありますよ?」

「それって大事に使ってるんですか……?」


意地でもパンツを外そうとしない有素ちゃん。

やがて、これはもしかしや何か絶対外せない理由でもあるのかもしれないという考えが脳裏に浮かび始めた。

だとしたら無理やり外させるのはかわいそうだと思い、どうしようか悩んだ私が数秒間無言になってしまったところ、見かねた有素ちゃんが理由を説明し始めてくれた。


「あの、玄関でも言いました通り私実は極度の照れ屋でして、目を合わせて会話するのが多分無理なのであります……」

「あ、あぁなるほど。場のノリに振り回されててあの時はネタなのかと思っちゃったんですけど、本当に照れ屋さんなんですね」

「はい、お恥ずかしながら。実はさっきからライバーの相馬有素としてふるまっているのも、完全に素の自分だと恥ずかしくてうまくおしゃべりできないからというのがありまして……」

「あ、確かにさっきから口調とか配信の時とまんまですね!」


自分の中で有素ちゃんのキャラクターイメージが強すぎるせいで今の今まで違和感を感じなかったけど、今はオフかつ配信外。もっと自然体でもおかしくないか。

つまりなんとかこのパンツ諸々の言動は、私とちゃんとおしゃべりするために計画してくれたものってこと。

そう考えるとなんだか可愛くも思えてくる……く……る…………う、うん、動機はかわいいよね! ビジュアル面はあれだけど。


「というわけで、パンツを被っているわけでありますよ」

「理解はしました。でも常に目の前に変態仮面亜種みたいなのがいると私も謎の圧を感じるんですよね。試しに一回外してみません? ほら、怖くないですから」

「ううう……目も合わなければ会話が続かない退屈な女だと思わないでありますか?」

「大丈夫。有素ちゃんが尊敬してくれている人はその程度の人間じゃないと思いますよ。ほら、おいで?」

「はいぃ……」


おどろおどろながらも説得を聞き入れ、ようやくパンツを頭から剥がしてくれた。お互いちゃんと顔を見るのはこれが初めてだ。

だが、ほんの一瞬だけ目があった瞬間、有素ちゃんは顔を両手で隠して後ろに倒れこみながら悶え始めてしまう。


「ど、どうしたの!?」

「ああ、見てしまった、淡雪殿のご尊顔をとうとう目で見てしまったのでありますっ!」

「ご尊顔って……」

「神々しすぎて目がくらんでしまうのであります~!!」

「いやだからそんな大げさな」

「っ~~!!」


一向に立ち直ることなくずっと倒れこんでじたばたしている有素ちゃん。

なんというかこれは……普通に結構かわいいな。

行動が予想の斜め上を突き抜けるのは流石のライブオンライバーと言った感じだが、根の部分は私を慕ってくれている後輩というたまらない存在だということをようやく思い出した。


「ほら、落ち着いてください、ね? あ、そういえば有素ちゃんって本名とかって、もしよかったら聞いていいですか? ほら、せっかくオフで会ったんですし、改めて自己紹介でも」

「あ、えっと、厳島いつくしまあゆみです……」

「歩ちゃんですね、私は田中雪です。よろしくね」

「な、名前で呼ばれてしまった……しかも真名まで……」


先ほどよりは落ち着いてはいるが、それでもキョドキョドとしながら小声で「雪先輩……」と何度も呟いている有素ちゃん。

そしてふと一瞬再び目が合うと、顔を真っ赤にして俯いてしまう。

なんだこの生き物は、か、か、か、か。


「かわいいーー!!」

「あ、淡雪殿!? ひゃー!?」


かわいいの概念の集合体を目にして思わず勢いよく抱き着いてしまい、勢い余って押し倒してしまうような形になった。


「普段がそんなに初々しいなんてギャップ萌えありすぎですよ! 卑怯ですよ! うりうりうり!!」 

「あわ、あわわわわわ!?」


感情に任せて有素ちゃんの背中や後頭部を撫でまわす、そんな時だった。


「二人ともー! お母さん張り切ってお菓子焼いちゃった! よければ食べて……あらあら!」


お盆においしそうな甘い匂いを放つクッキー類とジュースを乗せた有素ちゃんのお母様が入ってきたのだ。

――あれ? もしかしてこの体勢って――見られたらまずい?


「あらまぁ! 今日の夕飯は大盛りのピルに決まりね!」

「いやいやいやいや! なんですかその前代未聞のメニューは!?」

「違うよお母さん! 私は淡雪殿の種なら的中が希望であります!」

「そうじゃなくてー!!」


慌てて有素ちゃんから離れてお母様に弁明する私なのだった。

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