第110話ハレルヤ2

「楽しそうですね、晴先輩」

「ええ、とても」


出番が近づいてきた私は、舞台袖にてマネージャーの鈴木さんと共に来る時を待っていた。

会場ではスクリーンに映し出された晴先輩のアバターが時には本気でかっこよく、時には本気でふざけてお客さんを盛り上げている。お客さんもそれに応え、まるでこの会場そのものが一つの生き物になったのではないかと思うくらいの一体感だ。

そんな中私はというと、緊張が一周してしまったのか逆に不思議と落ち着いていた。非現実的な夢でも見ている気分だ。


「鈴木さん」

「はい?」

「鈴木さんって晴先輩はどんな人だと思ってますか?」


なぜそんなことを聞いたのか、それはさっきの晴先輩の真っすぐな視線が脳裏から離れなかったからである。

私と違い晴先輩とvtuberではなくライブオンの社員という関係の鈴木さんだ、なにか違う見え方をしているのではないかと気になった。


「そうですね……私にとっても先輩にあたるのでこんなこと言っていいものかとは思うのですが、とても不器用な人ですね」

「え、不器用……ですか?」


私は首を傾げずにはいられなかった。その言葉は晴先輩と最も遠い言葉だと感じたからだ。


「私も前までは不器用なんて思ってなかったんですよ。でも少し前に日向さんから社員皆にどうして今回はライブを引き受けようと思ったかの説明がありまして、ふふっ、その理由があまりにも不器用だったものですから」

「はぁ」

「本当に、頭がいいんだけど不器用で、あまりにも真っすぐな人なんですよ」


思い出し笑いをしながらそう語る鈴木さん。


「さて、今のが予定では最後の曲になります……で、す、が! ここで皆さんにとんでもないサプライズをご用意しています!!」

「――っ!」


もう少し追求したいところではあったが、どうやらそろそろ出番の時が来たようだ。


「雪さん、準備を」

「はい!」


さて、覚悟を決めて行くとしよう。

それにしても人のライブに参加するだけでここまで精神が摩耗するとは……

いつか私が晴先輩のポジションでライブする時とかも来るのだろうか……


「淡雪さん」

「はい?」

「あなたはきっと自分が思っているよりずっとずっとすごい人間です。だから堂々と胸を張って行ってきてください」


今の言葉には一体どんな心境からのものなのか、またどんな意味を持つのか具体的なものは分からなかった。もしかするとただ勇気づけてくれただけかもしれない。

だけど――


「ありがとうございます、行ってきます!」


今の私にその言葉を否定する理由は見当たらなかった。


「なんとここでスペシャルゲストの登場! 満を持して登場するのはーー……心音淡雪ちゃんだあああぁぁ!!」

「皆様こんにちはー! 心音淡雪と申します!」


会場が割れんばかりの歓声に包まれる。ライバー人生でここまでリスナーとの距離が近いのは初めてだ。

それにしても突然の登場なのに皆あったけぇなぁ……シュワちゃーんやあわちゃーんといった雄たけびが私の背中を押してくれている。


「あわっち! 今日は来てくれて本当にありがとう!」

「こちらこそ、このような場に呼んでいただき至極光栄です」

「でもこれだけ大勢に見られてると緊張して喉渇くでしょ? まぁまずはお互いお水でも飲みましょうや」

「そうですね(プシュ!)」

「ん?」

「はい?」

「え、今何開けたの?」

「お水ですが?」

「ほんと? とても純真無垢なお水からは出ない音がしたような気がするけど……まぁいいや、私も飲もーっと、ごくっごくっ」

「ごくっごくっごくっ……ん゛ん゛ん゛ぎもぢいいいぃぃ!!」

「へ?」

「あ、なにか?」

「いや、今とてもお水を飲んだだけとは思えないガンギマリ声出てなかった?」

「喉からっからだったのでおいしかったんですよ」

「ほんとのほんと? もしかしなくても-196+0+レモン+アルコールのやつ飲んでない?」

「まぁそれも広い定義で見ればお水なので」

「って、それならやっぱりストゼロ飲んでるんじゃん!」


これで初っ端から会場が笑いに包まれ、私もストゼロのおかげで本気を出せる。一石二鳥でつかみはばっちりだ!

事前に綿密に晴先輩と計画しただけあって完璧な流れだったと言えるだろう。


「さてと、なんでこのタイミングでシュワッチに来てもらったかなんだけど、実は些細なものは抜かすとこれが私たちの初めてのコラボになるんだよね」

「前に初コラボは盛大なものにしたいって言ってましたからね!」

「だってライブオンの初代エースと次世代エースのコラボだよ? 手抜きなんかできないでしょ!」

「ということで今回は?」

「今回は~?」

「「二人で歌う完全新曲を初披露したいと思います!!」」


その言葉に連れて会場に本日最大級の大歓声が上がる、いいねいいね、ボルテージは最高潮だ!!

さぁ、いよいよここで曲が流れて――


「っと、でもその前に……私からシュワッチとリスナーの皆、そしてライブオンのライバー皆に聴いてほしい曲が一曲あります」


…………へ?

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