第103話晴先輩と焼肉

「「かんぱーい!!」」


甲高い音を上げてグラスとジョッキがぶつかり合う。目の前に広がるは鮮やかな朱色が脂でテカリ、どこか色気すら感じる美味しそうな肉たち。そして獲物はまだかと炎を燃やす鉄の網。

今日は朝早くから晴先輩のソロライブのリハーサルがあった。私も参加者として呼ばれていたので、今は聖様の実家が経営している焼き肉屋にて二人でささやかな打ち上げだ。

他にも私のようなサプライズではないにしろゲスト参加予定のライバーが数人来ていたのだが、忙しい上に別にフルで出るわけではないので、登場部分のリハが終わってしばらくしたら帰っていった。

私もそれでよかったのだが、こんな機会滅多にないので最初から最後まで見学させてもらったところ、なんだか申し訳ないが晴先輩からごはんに誘っていただけた感じだ。

私はなぜか例のカラオケコラボの時から店のメニューに加わっていたストゼロを、晴先輩はビールを疲れた体に流し込む。

ちなみに新人のバイトさんと思わしき人がビールを頼んだ晴先輩を見てすごく困っていた。合法ロリだからね、仕方ないね。

そこで晴先輩がここぞとばかりに「この身分証が目に入らぬか!」と某黄門様のように成人を表す身分証を突きつけたのだが、年齢疑われた時点でかっこよくはないと思う。

打ち上げが始まって、最初はお腹が空いていたのもあって焼肉で腹を満たしながら雑談をしていたのだが、お腹が落ち着いて酔いも回ってきたところで会話の頻度が上がってきた。


「最近さ、なんでもゲーミング化してるよね。ほら、あの光るやつ」

「確かに、最近マスクとかもしてましたよね。もうゲーム関係ない気が結構しますが……」

「もうそのうちゲーミングパンツとかでそうだよね。服の下でパンツのところだけ発光してるのとかどう?」

「それなら男性が息子の部分だけ発光してたらめちゃくちゃ面白くないですか?」

「あはは! ゲーミングだけにジョイスティックってな!」

「どんなジョイで使うんでしょうか、意味深ですねぇ」


店が個室なことをいいことに段々盛り上がっていく会話。

やがて話題は今日のリハーサルのことになった。


「それにしても晴先輩は流石ですね」

「ん? なにが?」

「今日ずっと楽しそうにやってたじゃないですかー。私ならパニックになっていたと思います」


リハーサルを通して、晴先輩は常に落ち着いていた。

元々予定していたものが、リハーサルをしてみるとしっくりこなくて変更になる点も少なくなかった。

それでも晴先輩は常に場のムードメーカーとなり、更にスタッフがアイデアに困ったときは自分からどんどん意見していた。

本番で失敗する姿なんて想像もできないほど、その様は堂々としたものだった。


「ん~、言っちゃえばライブって本番に何が起こるか分からないからさ。だから準備するにこしたことはないけど、あれは割と気楽に動いてただけだよ」

「それができる時点ですごいですよ。憧れます」

「ほんと? シュワッチにそんなこと言われると照れちゃうな~えへへ……私もね、実はシュワッチに似たような感情を持ったことあるよ」

「え、本当ですか? どこにそんな要素が? 私は晴先輩には晴先輩のままで居てほしいですよ……」

「うーんとね。正確には本性がバレる前のあわっちになりたいって思ったことがあるんだよ」

「え、昔のってことですか? あの地味な?」

「そうそう」


また私の理解が及ばないことを言いだしたなこの人は!

今の芸人ポジションの私になりたいって物好きはもしかするといるのかもしれないけど、昔の私という個人になりたいっていうのは理由が思いつかない。

だけど冗談で言っているようには見えないんだよなぁ。


「でも思ったことがあるってことは今は思ってないってことですか?」

「んー、まぁそうだね」

「あー! 酷いこと言いますねーもう!」

「あはは! 違う違う、そんなマイナスの意味じゃなくて、プラスの意味でだよ」

「ほんとですか~? こんな酒+下ネタ+女好き=みたいな人になりたくないだけじゃなくて?」

「ほんとだよ。今は私は私じゃないと駄目なことに気が付いた、それだけだよ」

「それならいいですけどー」

「逆にさー、シュワッチは他のだれかになりたいと思ったことない?」

「私ですか? ん~」


その問いに少々考えた私だったが、結局はただ一つの答えに帰着した。


「無いですね。少なくとも今は無いです。私は今毎日が楽しくて仕方ありません。これを自分から手放すなんてありえないです」

「そっか。うんうん、いい答えだ!」


にししっと晴先輩が笑ったところで、この話題は終了となった。

前のIQのくだりに関して追求してみようかとも思ったが、多分答えてもらえないだろうからやめておくとしよう。

きっと何か意味がある、いつか教えてくれる日がくるはずだ。

リハーサルも終わって本番も近づいてきた。ライブの会場チケットはすぐさま完売、オンライン視聴の方も止まるところを知らない。

自分にやれるだけのことをしようと心に誓ったのだった。



【お知らせ】

この度、本作の書籍化がKADOKAWAファンタジア文庫様より決定いたしました。

詳しくは近況ノートにありますので、よろしければ覗いてみてください。

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