第92話L-1グランプリ5

「光が勇者役やってもいい?」

「いいでありますよ、私は魔王の方が得意そうですし」

『さぁさぁそれじゃあタイマーを回しちゃうよ! 勇者と魔王の即興劇スタート!』


3分間のタイマーが数字を減らし始めてから5秒程経って、意を決した光ちゃんが先に口を開いた。


「悪逆非道の魔王よ! この勇者が今この瞬間から引導を渡してやる!」


おおぅ、もしやこれはなかなか演じる方もきついのではないか?

私と聖様がやったコンビニ店員は現実に実在するシチュエーションだったが今回はファンタジーの世界。本格的に演じることが求められる。

役に振り切れないと精神的に羞恥に飲まれてしまう可能性もあるぞ。


「はっ! ただの人間一匹でこの魔王を倒そうなど、夢を見るのは寝ているときだけにするのでありますな」

『いいねいいね! お互い口上も終えて一気に情景が浮かんできたよ!』


私が不安を覚えたのもつかの間。どうやら自信満々に声を張る二人を見るに演技に抵抗などの雑念は持ち合わせていないようだ。


「一人でも負けられない戦いがここにはある! 今日この日の為に散っていったダニエル、ダニー、グレッグ、レイラ、そしてダニエルの仇はとらせてもらう!」

『え、いまダニエル二回言わなかった?』

「あ……」

「えと……ど、同名の仲間が二人いたのではないでありますか?」

「そ、そうそうそれ! それが言いたかったんだよ!」


コメント

:魔王がフォローに回ってるの草

:一発目からこれか……

:いなくなってしまったダニエルのこと、時々でいいから……思い出してください


……うん。演技に抵抗はなくても他に色々問題がありそうだなこれは…… 

案の定その予想は当たって様でその後も――


「ここまで来てご苦労でありますな勇者とやら。だが魔王である私は聖なる黄金のリンゴの力が無ければ傷一つ負わんぞ?」

『おおっとここで重大なワードが登場か!?』

「しかもリンゴは四天王のルビアンに守らせているはず、まさか持っているはずないのであります。この勝負、貴様に勝機などないのでありますな!」

「くっ! それでも光は負けるわけにはいかないんだ!」

「あ、あれ? ほ、本当にリンゴ持ってないのでありますか?」

「へ? あ、持ってる持ってる! だけどえとその……た、食べちゃった!」

『「食べちゃったの!?」』

「あの、昨日お腹すいちゃって……みたいな感じで」


そっかぁ、お腹空いちゃって聖なる黄金のリンゴ食べちゃったのかぁ……


「で、でも! 王女様から聖なる祈りを授かりしこの聖剣エクスカリバーがあればきっと勝てるはず!」

「ほ、ほう、なるほど。えっと、しょ、所詮祈りなどただの紛い物ではないか? 人間一匹がただの儀式で私の首を獲れるのなら、なぜ貴様ら人間は今日まで私の存在に苦悩しているのでありますか?」

『なるほど、魔王は悲壮的な考えの話を混ぜて勇者の心を惑わせようとしているようだ! これに対して勇者はどうでるか!?』

「そ、そんなことないもん! この剣には王女様の力が乗り移っているんだ!」

「その根拠はあるのでありますか? その王女とやらはお前を適当な理由を付けてやる気を出させ死地に赴かせただけなのではないのでありますか? 私からすれば王女の方がよっぽど魔王に思えるでありますがな」

「根拠はある! なぜなら光がこの聖剣で王女様を貫いたのだから!」

『「王女様を貫いちゃったの!?」』

「魔王を倒すため、仕方がなかった!」

「えと、王女様死んじゃったのでありますか?」

「うん。だが王女様の死は無駄にはしない! 光は今幾多の犠牲の上に立っているのだ!」

「そ、そうでありますか。なんか申し訳ないのでありますな……」

『ふふふっ、いいぞ、いいぞこの収集付かない感じ! ママが期待していたのはこれなんだよ!!』


コメント

:なんだこれ…… ¥2500

:魔王を倒すための覚悟が重すぎる

:完全にダークファンタジーで草

:このまま続けたらどんどん犠牲が増えそう

:最初仇をとるって言ったメンツの中に王女おらんかったやん!

:ダニエルが王女だったんでしょ

:レイラじゃないのか……

:シオンママが楽しそうでなにより


これあれだな。お互いが自由にノリで設定とか追加していくから場が混乱するけど、更にそれを勢いだけで乗り切ろうとするから文字通りカオスな空間が出来上がるんだな。

この二人の仲の良さはもしかしや奇跡的なバランスで成り立っているのかもしれないな……

そんな風に感心している間にも幸か不幸か刻一刻とタイマーは進んでいく。


『ちょ、ちょっと二人とも! 後30秒しか残ってないよ! なんとか頑張って締めて!』

「え、もうそんなに経ったのでありますか!? こ、こうなったら――ふははっ! 勇者よ、戦う前に一つ言っておくことがある。私はリンゴの力が無ければ死なないと言ったが別に無くても倒せる!」

「えっと、光も一つ言っておくことがある! 光も幾多の友を亡くし聖剣の為に王女まで手にかけた気がしたが別にそんなことはなかったぜ! ウオオオいくぞオオオ! くらえ、ただの剣アタックー!!!」

「ぐはぁ!!」

『はいそこまで! タイマーが鳴ったので終了だよー!』


こ れ は ひ ど い !

まるで翌週に急遽打ち切りが決定した週刊連載漫画の如き勢いで、即興劇は幕を閉じたのだった。


『はいはい二人ともお疲れ! 感想の程はどうかな? まず光ちゃんから聞こうかな』

「魔王を倒せたので悔いはない!」

『それでいいのか……次は有素ちゃんお願い!』

「私を倒しても、真なる魔王の淡雪殿が無念を晴らしてくれるはず!」


頼むから私を巻き込まんでくれ……


『それでは以上元気コンビの二人でしたー! 皆拍手!』

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