第77話 秘められた過去②
「ただ今戻りました。」
包帯で両手をぐるぐる巻きにした真奈美が、静かに部屋に入って来た。
それを見た達夫は真青な顔で立ち上がると、真奈美に深々と頭を下げた。
「ご心配をおかけしましたが、大した事はありませんでした。本当に申し訳ありませんでした。」
真奈美は僕の前に立つと、頭を下げたまま身じろぎもしなかった。
「真奈美が謝る事じゃない。むしろ君は怪我までして彼を助けたんだ。」
僕は、優しく声をかけたが、その言葉は達夫に向けたものだった。すると真奈美は激しくかぶりを振り、いきなり声を荒げた。
「違います。私が怪我をしたのは、達夫君のせいではありません。私が勝手にやったんです。全ては私の責任です!。」
驚く程に興奮し、そして、驚く程に僕を拒絶した言い方だった。
その様子を見た菅ちゃんが、すかさず真奈美に言葉をかけた。
「わかった。わかったよ真奈美。君にとっても今日は大変な一日だったに違いない。家に帰ってゆっくり休みなさい。ここは僕達にまかせて…。」
「嫌です。それは絶対に嫌です。社長も先生も、本当は達夫君が悪いんだと、彼だけが悪いんだと、全ては彼の責任だとそうお思いでしょう。でも、それは違います。彼は何ひとつ悪くありません。こんな状態で彼を残したまま、私は一人、帰る事などできません。」
ぶるぶると体を震わせながら、燃える様な目で菅ちゃんにくってかかった。そのあまりの迫力に、達夫は倒れる様に後ずさりをした。
「落ち着くんだ真奈美。君が彼に自分自身を重ねる気持は良くわかる。確かに彼には何ひとつ非がない。ただ、両親や彼をとりまく環境が彼にこの様な苦悩を与えてしまっているだけなのだから。そのせいだけで彼が傷つき、身も心もずたずたになってしまっているのを理解できるのは今は君しかいないと思う真奈美の気持ちもわからないでもない…。だが真奈美…。達夫君は達夫君であって、君ではないんだ…。」
菅ちゃんの言葉は、そこ知れぬ優しさと憐みに富んでいた。
その言葉を聞いた真奈美の目から、一瞬にしてその炎は消え去った。
「社長は私の過去を御存じなんですね…」
力の抜けた声で真奈美は呟いた。
「全てではないだろう。だが、君の苦しみのほんの一部を僕は知っている。」
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