浦島太郎
13.カメを探せ!
目に飛び込んできたのは穏やかな波が寄せては返す一面の青と、粉のようにきめ細やかな砂が敷き詰められた広い砂浜。
ざざー……ざざー……。
波が静かに時を刻む音が、心地良く耳に響く。海だ!
「こりゃあすげえや!」
「きれいな海!」
わたしたちは誘われるように波打ち際へと歩み寄った。『桃太郎』の世界で見たものとは全然違う、太陽の光を浴びてキラキラと光るどこまでも透明な海! こんなのを目の前にしたらついウキウキしちゃうよね! 海なんて滅多に見れるものじゃないし。
「ここが『浦島太郎』の世界なんだな」
迷人の言葉にうなずく。間違いなくここは『浦島太郎』のおとぎ話で、おそらく一番最初の舞台となる砂浜だ。
「どうする? 浦島の家を探すか?」
「ううん。家は別にいいと思うの」
遠くに小さな家らしきものが並ぶ集落が見える。浦島太郎の家があるとすれば、あそこかもしれない。これまでも『桃太郎』や『金太郎』では主人公たちの家を探すところからはじめてきたけど、今回は家は関係ないと思うの。だって『浦島太郎』って、家のシーンなんてほとんどなかったと思うし。最初に探すべきなのは――
「子どもたちよ。カメをいじめている子どもたちを探せば、きっとそこに浦島太郎がやってくるはず」
「なるほど。ゆずは、やっぱり頭いいな」
別に頭が良いわけじゃないけど、運動おバカよりはマシだと思うから黙っておく。
さて、それらしき子どもたちは……と周囲を見渡してみたけれど、砂浜に集まっているような集団は見つからない。ふと、一人の男の子が通りかかったので聞いてみる。
「ねえ、そこの子。このあたりで大きなカメは見なかった?」
「カメ? あー、さっきいたよ」
「いた?」
わたしと迷人は血相を変えて男の子に駆け寄った。早くも目撃者の発見! これは幸先いいぞ、と思ったら、
「そのカメ、どこに行ったの?」
「あっち」
男の子が指差したのは、海。はぁ?
「海に逃げちゃったってこと?」
「うん。男の人と一緒に」
「えぇー!」
ど、どういうこと? もしかしてそれって……。
「男の人って、釣り竿持ったやつか? 一緒って、まさかカメに乗って海の中に沈んでいったのか?」
「そうだよ、よく知ってるね」
「それで? その男の人はどうなった?」
「わかんない。そのままいなくなっちゃった。おぼれて死んだんじゃない?」
あっけらかんという男の子に、開いた口が塞がらない。
さらに詳しく事情を聞くと、わたしたちがよく知る『浦島太郎』の冒頭のエピソードは、すでに終わってしまった後らしいことがわかった。
男の子たちが浜辺に打ち上げられた大きなカメを見つけて、棒でつついたり叩いたりして遊んでいたところ、浦島太郎を名乗る男の人が現れていじめをやめるよう忠告。その後、浦島太郎はカメに乗って海の中へと消えて行ってしまったのだという。
「もう竜宮城に行っちゃったってこと?」
一足遅かった! というよりこれは絶対”本の虫”のイタズラに違いない。
わたしたちが着く前に、さっさと浦島太郎を竜宮城へ追いやってしまったというわけだ。
「どうする?」
「どうするって言ったって……ねえきみ、このへんってよくカメが来たりするの?」
「来ないよ。おいらだってさっき見たのが初めてだし」
電車やバスじゃないけど、乗り遅れたのなら次の便に乗っちゃえばいい。そんな希望は呆気なく砕け散ってしまった。じゃあどうすればいいの? 竜宮城まで泳いでいけとでもいうわけ?
「よし、そうするしかないか!」
迷人が取り出したのは……きびだんご! まだあったの? っていうかそれ食べてどうしようっていうのよ?
「嫌! わたしもう絶対そんなの食べないから!」
「なんでだよ。これしか方法ないだろ」
「あと何個あるの?」
「……二個」
「それで竜宮城までもつ?」
「……」
これまでの経験で言うと、きびだんごの力はとんでもないけど効果時間は意外と短い。竜宮城までどのぐらいの距離があるのかわからないけど、途中で効き目が切れたりしたら大変だ。それこそおぼれ死んでしまうかもしれない。
「じゃあ、どうするんだよ」
迷人の質問に、わたしは黙って打ち出の小づちを取り出した。
「もう使っちゃうのか?」
「だって、他に方法ないじゃない。とにかく竜宮城にいかないと」
それに『浦島太郎』のおとぎ話って、『桃太郎』や『金太郎』と違って誰かと争う物語じゃないし。竜宮城に着いたら、美味しいご飯を食べながら歌と踊りを見て楽しく過ごすだけでしょ? これまでに比べたらあんまり難しいことにはならない気がするの。
そうと決めたら善は急げだ。打ち出の小づちを構えたわたしは、
「えいっ!」
と勢いよく振り下ろした。ポンッ! という小気味良い音が鳴り響き、現れたのは大きなカメ。
「さぁカメさん、わたしたちを竜宮城へつれて行って」
カメはゆっくりとした動きで首を伸ばしたかと思うと、かくんと力を失ったようにうなだれた。もしかして今、うなずいた? ゆっくりと旋回して、海へと向かって進み始める。前足と後ろ足を交互に動かして、えっちらおっちら。
「おっ、行くんじゃないか。乗ろうぜ」
迷人にうながされるものの……乗るってどこに? カメは大きいといってもせいぜい畳の半分ぐらい。普通に考えたら絵本で見た浦島太郎みたいに上にまたがるしかないんだろうけど、実際自分がやるとなると狭くない? しかもわたしたちは迷人と二人だ。
「早くしないと、置いていかれちゃうぜ!」
遠慮なく迷人はカメの上にお尻を乗せた。カメはなんら抵抗することもなく、えっちらおっちら前進を続ける。
「早くって、ど、どこに座ればいいの?」
「後ろでいいだろ」
「つかまるところないじゃない」
「オレにつかまれよ」
そんな普通に言われましても。仕方なく迷人の後ろにまたがる。カメはえっちらおっちら。オレにって言われてもどこを掴んだらいいんだろ? とりあえず腰のあたりを両手でつかんでみる。途端、迷人が「ばっ!」とふき出した。
「バカ、そんなとこつかむなよ! くすぐったいだろ!」
「じゃあどこつかめっていうのよ!」
仕方なく手を肩に移動してみる。これもこれで、なんだかなぁ。乗っているのが馬だったりしたら絵になるんだろうけど、カメだし。しかもえっちらおっちら、なかなか進まない。
「おい、カメ頑張れよ」
「カメさん、頑張って」
わたしたちはカメの背中の上から激励を飛ばし、それでもたっぷり時間をかけてようやく海水に触れるぐらいのところまで来た。
「きゃっ」
「冷てっ」
海の水に肌が触れて悲鳴をあげるけれど、問題なのはこの後だ。このまま海の中に潜っていったら、息ができなくて溺れちゃいそうだけど――ところが水の中に入っても、不思議と苦しさは覚えなかった。
「すげえな。こういうことなのか」
「絵本の中だから、なんでもありなのかしら?」
水の中なのに、普通に呼吸ができちゃうし声だって出せちゃうの。感動よね。これなら溺れる心配はないけど、問題は別にあった。
「しっかしこれ、いつになったら竜宮城に着くんだよ?」
水の中に入ってもカメのスピードはほとんど変わらなくて、全然進まない。海の底はどこまでも続いているように見えるし、この調子じゃあ夜になっても着かないんじゃないかしら?
「二人乗ってるから?」
「あーそれもあるかもしれないな」
ふと、不安がこみ上げる。もしかしてこれも”本の虫”のイタズラってことはないだろうか?
「ねぇ、このままゆっくりしてたら、浦島太郎が先に帰っちゃうってことはないかしら?」
「なんだって?」
「だってもうとっくの昔に浦島太郎は竜宮城に向かってるでしょ? わたしたちと入れ違いになってもおかしくないじゃない。もしかしたらそれが”本の虫”のイタズラなのかも」
「そんなことになったら大変だ! 急がないと!」
とはいえ打ち出の小づちはさっき使ったばかりだし、あと残された手段といえば……
「きびだんご!」
期せずして迷人と声が重なった。
「よしカメ、こいつを食うんだ!」
えっちらおっちら水の中を泳いでいたカメの口に、有無を言わさずきびだんごを突っ込む迷人。途端、ロケットでも爆発したようにカメの速度が上がった。
「おおぉぉぉぉーー!」
「きゃあぁぁぁっ!」
慌てて迷人の腰に両腕を回し、ぎゅっとしがみつく。いくらなんでも早すぎ! 振り落とされちゃう!
と思ったのも束の間、気づいた時には視界の先にキラキラと光るものが見えてきた。
「迷人、あれ!」
「竜宮城だ!」
わたしたちはこうして、無事竜宮城へたどり着いた。
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