<終章> 5-3 月の夜、美しい日本庭園で・・
「れ・・・蓮?蓮なのか・・?」
翔はソファから立ち上り、蓮をじっと見つめると声を震わせた。
「え・・・?お・・・父さん・・?」
そして蓮は驚いたように修也を見上げる。
「どう・・して・・・?お父さんが2人いるの・・・?」
蓮は驚いたように目をぱちぱちさせる。やはり幼い蓮の目から見ても翔と修也は見分けがつかないほどによく似ていた。
すると修也は言った。
「蓮君、驚いたかい?僕と蓮君のお父さんはいとこ同士なんだよ。しかも・・蓮君のお父さんと僕のお父さんは双子の兄弟だったから、余計に似ているんだよ。・・でもこの話はまだ蓮君には難しいかな?」
すると蓮は言った。
「ううん!そんな事無いよ!だってね、幼稚園でも双子の女の子がいるんだ。そっくりで見分けがつかないくらいなんだよ。そっか・・・だから・・・修ちゃんとお父さんは・・。」
蓮は照れたように朱莉の手を握り締めながら翔を見た。
「蓮ちゃん・・・お父さんはね・・蓮ちゃんが赤ちゃんの時に・・とっても可愛がってくれていたのよ。」
朱莉は蓮に言った。
「蓮・・・・お父さんの処へ・・おいで・・。」
翔はしゃがむと両手を伸ばした。
「・・・。」
蓮は照れて行こうとしない。そこで朱莉は蓮に言い聞かせた。
「蓮ちゃん。お父さんの処へ・・・行ってあげて?」
「う、うん・・・。」
蓮は朱莉から離れるとゆっくりと翔に近付いていき、翔の目の前でピタリと止まった。翔は蓮をじっと見ると言った。
「うん・・・覚えている・・。まだ蓮が赤ん坊だった頃の面影が良く・・残っている・・。」
翔は震えながら蓮の頬に触れた。翔の目には薄っすら涙が浮かんでいたが・・。
「れ・・蓮っ!!」
翔は蓮を強く抱きしめると、嗚咽した。一方の蓮はどうすればよいのか全く分からなかったが、翔が自分の良く知っている修也と同じ顔をしているので、されるがままになっていた。
「全く・・・翔・・・。お前は・・本当に愚かな父だな・・。」
ずっと成り行きを黙って見ていた猛はポツリと言うと、修也と朱莉に言った。
「悪いが・・・2人に大事な話があるから・・・修也と朱莉さんは少し席を外してくれないか。そして修也・・お前は例の件を朱莉さんに伝えるんだぞ?」
猛は修也に伝えた。
「はい。分かりました。それじゃ・・行きましょう。朱莉さん。」
「あ、あの・・・各務さん。例の件って言うのは一体・・?」
朱莉は戸惑いながら尋ねると修也は言った。
「その事は後程お話しますよ。」
修也は朱莉をじっと見つめると言った―。
とても月の美しい夜だった
朱莉と修也は鳴海家の庭を歩いていた。鳴海家の広大な敷地には立派な日本庭園があり、綺麗に借り揃えられた芝生の庭には大きな池があり美しい錦鯉が泳いでいる。屋敷の周囲を囲むように植えられた木々は色鮮やかな木々は池の水面に映し出され、池に浮かぶ蓮の葉と絶妙な調和を醸し出していた。
「美しいお庭ですね。とてもここが東京とは思えません。」
朱莉は灯篭に映し出された池の中で優雅に泳ぐ錦鯉を眺めながら言う。
「ええ・・・そうですね。」
修也は歯切れが悪く返事をする。実は修也は猛から契約婚の終了と蓮の親権の話を朱莉に伝えるように命じられていたのだ。
「朱莉さん・・実は・・・。」
池をじっと見つめている朱莉の背後から修也は声を掛けた。
「はい。」
朱莉は前を向いたまま返事をした。
「実は・・・翔と朱莉さんの契約婚は・・・明日で終了になります・・・。」
修也は声を振り絞るように言う。その言葉を聞いた朱莉の肩がビクリと跳ねる。
「そう・・・ですか・・。それで・・蓮ちゃんは?蓮ちゃんは・・・どうなるのですか・・?やっぱり明日香さんが引き取るのですか?それとも・・翔さんですか?」
朱莉は修也に背中を向けたまま尋ねる。
「蓮君の親権は・・・会長が持つことになりました・・。」
修也はグッと両手を握り締めながら苦し気に言う。修也はこの時ばかりは猛を呪いたくなった。
(会長・・・どうして・・僕にこの役目を押し付けたのですか・・?僕は・・朱莉さんが悲しむ姿なんか見たくないのに・・!)
「分かりました・・。それでは蓮ちゃんとは今夜、ここでお別れなのですね・・・。」
しかし、朱莉は淡々としている。
「朱莉さん・・?」
「それでは・・・私はいつ今のマンションを出ればいいですか?できれば・・次に住む場所が決まるまでは・・おいていただきたいのですが・・・蓮ちゃんの荷物整理などもありますし・・。1カ月程猶予を頂ませんか?」
「朱莉さん?どうしたのですか?」
何だか朱莉の様子がおかしい。そう感じた修也は朱莉に声を掛ける。
「母の入院費はこれからは私が支払っていきますので、今のまま入院させて下さい。
後・・それと・・。」
「朱莉さんっ!」
修也は朱莉の右手を掴んで自分の方を振り向かせ・・・ハッとなった。朱莉の大きな両目からは・・涙がとめどなく溢れていたのだ。
「あ・・朱莉さん・・・・。泣いて・・・いたのですか・・?」
すると・・・。
「う・・っ・・か・・・各務さん・・・。わ、私・・・・。」
「!」
修也は朱莉を引き寄せると強く自分の胸に抱きしめた。
「朱莉さん・・・。」
「各務さん・・わ、私・・・覚悟・・・してたんです・・・。蓮ちゃんが・・う、生まれた時から・・・初めて自分に託された時から・・いつかは別れが来るって・・・分かり切っていたのに・・4年も前から・・な、なのに・・こんなに・・・辛い事だった・・なんて・・!」
「もういい!朱莉さん・・・これ以上・・何も言わなくて・・いいんだっ!」
修也はますます力強く朱莉を抱きしめると言った。
「朱莉さん・・・僕の話を・・・黙って聞いて欲しいんだ。実は・・・。」
そして修也は腕の中の朱莉に優しく語り掛けた。それを聞いた朱莉は・・ますます泣きじゃくり、修也はそんな朱莉を黙って抱きしめ・・髪を撫で続けるのだった―。
その頃―
蓮は猛の膝の上に座り、話を聞かされていた。
「いいか、蓮。お父さんはこれからもずっと外国で仕事をしていかなくちゃならないんだ。だけど、蓮・・・お前の住むところはこの日本なんだよ?お友達と・・離れたくはないだろう?」
「うん・・・。」
蓮はコクリと頷く。
「・・・。」
翔はもはやただ黙って話を聞いているしかなかった。
「それでこれは曾お爺ちゃんのアイデアなんだが・・・蓮は明日から曾お爺ちゃんと一緒に暮らすんだ。」
「え・・?でも・・お母さんは・・?」
「蓮・・・。本当のお母さんは誰か・・もう知ってるんだろう?」
「うん・・・明日香ちゃん・・だよ・・。でも僕のお母さんは・・・。」
すると猛は言った。
「お母さんはな、明日香やお父さんの代わりに蓮を預かってくれていたんだよ。私も外国に行ってたしな・・。だけど、もう私は仕事を辞めたし、蓮と一緒に暮らせるんだ。ずっと・・蓮と暮らしたいと思っていたんだよ。どうか曾お爺ちゃんがまだ元気でいられるうちに・・・一緒に暮らしてくれないかい?蓮は・・私の事ををどう思う?」
「曾お爺ちゃんの事・・大好きだよ。」
蓮は笑顔で答える。
「おう、そうかそうか・・・曾爺ちゃんも蓮が大好きだ。だから・・・週の半分でもいいから曾爺ちゃんと暮らしてくれないか?」
猛はじっと蓮を見た。すると蓮は言う。
「お母さんが、そうしてもいいよって言ってくれるなら・・僕、半分は曾お爺ちゃんと一緒に暮らしてもいいよ?」
そして蓮は猛に飛び切りの笑顔を見せるのだった―。
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