<終章> 5-2 昨夜の話と今
話は前夜に遡る―
「来たか。明日香。」
応接室に現れた明日香を見て真正面のソファに座っていた猛は言った。
「御爺様・・・お久しぶりでございます。」
明日香は青ざめた顔でお辞儀をし・・・左側に座る翔をバツが悪そうに見た後、右のソファに座っていた修也を見てギョッとした顔になった。
「え・・・?翔が2人・・・?」
数年ぶりに翔に再会した明日香にとって、修也は双子に見える程によく似て見えた。
すると修也は立ち上がってお辞儀をした。
「初めまして、明日香さん。僕は翔のいとこの各務修也と申します。」
すると猛が言った。
「彼が・・・次の鳴海グループの社長に決まったから、明日香・・きちんと挨拶をしろ。」
「は、はじめまして・・鳴海明日香と申します・・・。」
そして翔を見た。
「翔・・貴方・・・社長に選ばれなかったのね・・・。」
そして明日香は思った。
(馬鹿みたい・・・私達、6年間何していたのかしら・・全ては翔が社長になるために偽装結婚を考え付いたのに・・・。)
しかし、実際は予想を覆す結果となってしまったのだ。明日香は翔に見切りをつけ、翔はアメリカへ行かされ・・挙句の果てには社長に決まったのは、今日始めた会った青年・・各務修也だったのだから。・・・最も初めて会ったと思っているのは明日香のみで、修也は入れ替わった時に明日香と会っているし、その事実を猛も知っている。
「まあいい。明日香・・・とりあえず座りなさい。今夜はお前に大事な話があってここへ呼んだのだ。」
猛は向かい側の空いているソファに座るように促した。
「・・・・。」
明日香は無言で座ると猛は言った。
「明日香・・・そして翔。2人の子供である蓮は、私が親権を取ることにした。朱莉さんと翔は離婚だ。」
「な・・・何ですって?!」
明日香は驚き、声を荒げた。
「御爺様っ!あの子は・・・蓮は私の子供ですよっ?!」
すると猛は言った。
「明日香・・・お前にそれを言う資格があるのか?一番子供を育てるのに大変な時期に・・朱莉さんに自分の子供を押し付けて、お前は長野で恋人と2人で悠々自適に暮らしていただろう?それが何だ?蓮が4歳になった時に・・・・不意に現れて、折角良好な親子関係を築けていた朱莉さんと蓮を引き裂くような真似をして・・・大体、戸籍上は蓮は朱莉さんの子供になっているのだ。お前が蓮の母親と名乗る資格など無いのだよ。思い上がるな!」
猛に一括され、明日香は悔しそうに唇を噛むと翔を見た。
「翔!黙っていないで何とか言いなさいよっ!」
すると翔は顔を上げると言った。
「う・・うるさい!明日香・・・もとはと言えばお前がいけないんじゃないか?初めから蓮を・・自分で育てていれば・・・長野へ行かなければこんな事にならなかったんじゃないか?俺はな・・・社長の座を・・修也に奪われたんだぞ?!今までずっと俺の影として生きていた・・・修也に・・っ!」
翔は憎々し気に修也を見た。
「しょ・・・翔・・。」
修也は悲し気な目で翔を見た。
もはや・・・翔には明日香の事も目に入らず、蓮の事もどうでも良くなっていたのだった。
「翔・・・!貴方・・蓮をお爺様に取られてしまっても平気なのっ?!」
「蓮には・・いつだって合わせてくれるそうだ。そんな事は大した問題じゃないだろう?肝心なのは・・俺が・・・社長になる為に・・今まで努力してきた事が全て水の泡になってしまった事の方が・・問題なんだよっ!」
そしてがっくりと項垂れる。
「翔・・・。そうよ、そこが問題なのよ・・貴方のそういう所が嫌になったから私は貴方に見切りをつけたのよっ!」
明日香がヒステリックに叫ぶと、ついに我慢が出来なくなったのか、猛が声を荒げた。
「うるさいっ!2人とも。痴話喧嘩をさせるためにお前を呼んだのではないっ!蓮の話を伝える為に呼んだのだ!これは決定事項だ!蓮の事も・・・修也が次期社長になるのも・・・誰にも覆すこと等出来ないっ!」
「「「・・・。」」」
猛の言葉に3人はすっかり静かになった。
「明日にでも・・・蓮と養子縁組手続きを取る。分かったな?だが・・・お前たち2人は蓮の実の両親だからな・・・望めばいつだって会わせてやるし、蓮が承諾すれば数日位、一緒に過ごさせてもやる。行事だって出たいなら参加すればいい。ただし・・全ては蓮を尊重する。蓮が拒めばそれまでだ。そして・・第一優先は朱莉さんだ。蓮に会える一番の資格を持つのは・・他でもない朱莉さんだからな。朱莉さんが望むなら・・蓮と週の半分は一緒に暮らさせても良いと考えている。」
猛は淡々と語るが・・翔はもうどうでも良かった。
(結局・・・・俺は・・社長の座を逃し・・・朱莉さんを自分の妻にする事が出来なかったのか・・・・。)
朱莉の事を本気で愛してしまっていた翔に取っては・・・もはや絶望しか無かった。挙句にこの先ずっと今まで自分が見下していた修也に今度は従わざるを得ない立場になった事が悔しくて仕方がなかった―。
一方の明日香は悔し気に猛の話を聞いていたが・・・その反面、朱莉の部屋で偶然聞いてしまった2人の様子を思い出していた。蓮と朱莉は・・抱き合って泣いていた。そして、その涙の原因を作ってしまったのは他でもない、自分なのだ。
「わ・・・分かりました。御爺様・・・。蓮の親権は・・どうぞ御爺様が貰って下さい・・私は長野へ・・帰ります。」
「そうか・・・お前も大分聞き分けが良い人間になれたな。やはりそれは・・蓮のお陰かもしれん。」
猛の言葉に明日香は言った。
「蓮に・・会いたい時は・・本当に・・会わせてくれるんですよね?」
「ああ、勿論だ。お前の息子だからな。」
「ありがとうございます。・・・それでは荷造りがあるので・・失礼させて頂きます。」
明日香は立ち上がった。
「・・・。」
しかし、翔は何も言わずに目を伏せている。
「明日香さん・・っ!」
修也が明日香の名を呼ぶと明日香は言った。
「各務さん・・・だったかしら?次期社長・・頑張って下さい。御爺様も・・お元気で。」
「ああ、お前もな・・・。」
明日香は頭を下げると、静かに応接室を出て行った。
それが昨夜行われた話し合いだった―。
そして今―
19時半・・・
朱莉は緊張した面持ちで蓮を連れて鳴海家の応接室の前に立っていた。蓮も朱莉が握りしめている手から緊張を感じているのか、小さな手が震えている。しかし、緊張するのも無理はない。赤子の時に別れたきりの父親が・・この部屋の奥にいるのだから。
「蓮ちゃん・・入るわよ?」
朱莉は蓮を見下ろすと言った。
「う、うん・・・。」
蓮は小さく頷く。
(一体・・何の話をされるのかしら・・。怖くてたまらないけど・・・蓮ちゃんが・・今傍にいる。しっかりしなくちゃ・・・!)
朱莉は深呼吸すると、ドアをノックした。
コンコン
するとすぐに扉は開けられた。開けてくれたのは他でもない・・修也だった。
「こんばんは、朱莉さん。蓮君・・・よく来てくれたね。」
そして優しい笑みを浮かべる。
「各務さん・・・・。」
それだけで朱莉の緊張は解けた。修也がいてくれるだけで、これほど心強く感じるとは朱莉は思ってもいなかった。
「修ちゃん・・・。」
蓮は不安げに修也を見上げると、修也は言った。
「蓮君・・・お父さんが・・待ってるよ・・・。」
「・・!」
蓮が部屋の奥を覗き込むと・・そこには立ち上がり、こちらを茫然と眺めている翔の姿があった。
「さあ、2人とも・・・中に入って。」
修也に促され、朱莉と蓮は応接室の中へと足を踏み入れた―。
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