2-14 人生最大の受難の日

「おい・・静香。その話・・・・もう少し詳しく話してくれないか?」


二階堂は慌てたように言いながらチラリと琢磨を見ると、琢磨は青ざめた顔で椅子に寄り掛かり、まるで魂が抜けしまったかのうように固まっている。そしてそんな様子の琢磨を修也は心配そうに見守っている。


「ええ・・いいわよ。その同級生は看護師をしていて今大学病院で働いているわ。3年前の私たちの結婚式の時にその友人含めて3人を2次会に誘ったのよ。そして男性が2人でお酒を飲んでいて、1人酔いつぶれてしまったそうなの。そしてその男性をを残して・・そうそう、貴方がテーブルに顔を出したそうよ。」


静香は二階堂を見ると言った。


「あ~・・・そう言えばそうだったな・・。九条は酔いつぶれていて・・・俺が鳴海をテーブルに誘ったんだよな・・・九条。お前を残して・・・って・・・。」


徐々に4人の顔に暗い表情が宿って来る。


「ま、まさか・・・。」


静香は声を震わせて琢磨を見た。


「おいおい・・・・マジかよ・・・。」


二階堂は額を押さえてため息をつく。


「九条さん・・・。」


修也は心配そうな顔で琢磨を見た。一方の琢磨は・・・・。


「ハハハハ・・・・う、嘘だろう・・・・?」


乾いた笑い声でワイングラスを持ったまま小刻みに震ている。その時、日本に帰国する時に翔が言った言葉が頭をよぎった。


《 相手が結婚を申し出てきたら受け入れ・・・認知を希望した場合も・・受け入れるしか無いだろう? 》


「嘘だ~っ!!」


琢磨は頭を抱えて天井を見上げて叫んだ。


「キャアッ!お、落ち着いてっ!九条さんっ!」


静香が悲鳴をあげる。


「お、おい!琢磨っ!しっかりしろっ!」


二階堂は琢磨の肩を揺さぶる。


「そ、そうだ!九条さん!水、お水を飲んで落ち着きましょう!」


修也が水差しから水をコップに入れると差し出す。


4人がいた個室はこうして一時パニック状態へと陥った―。




5分後―


荒い息を吐きながら琢磨は椅子に座って、俯いていた。


「大丈夫ですか?九条さん・・。」


静香が心配そうに琢磨をみる。


「おい・・どうだ、少しは落ち着いたか?」


二階堂が琢磨の肩に手を置いて語り掛けている。


「・・・・・。」


そして琢磨の様子を静かに見守る修也。


「そ、それで・・静香さん・・・。その女性は・・?」


琢磨は顔をあげて、うつろな目で静香を見つめると口を開いた。


「え、ええ・・・。彼女の名前は斉藤美和といって・・・六本木の大学病院の病棟で勤務している看護師なの・・。子供は女の子って言ってたわ。それで・・・。」


静香は言いにくそうに琢磨を見た。


「な・何なんですか?は、早く言って下さいよ・・・。」


琢磨は小刻みに身体を震わせながら静香を見た。


「え、ええ・・。あ、相手の男性の事は名前も職業も何も・・分からないって言ってたわ・・・・。で、でも・・恋人がいた男性だったのかもしれないって・・・。」


「え?恋人?」


琢磨は首を傾げた。


「おい、琢磨。お前恋人あの当時いたか?」


二階堂の質問に琢磨は首を振った。


「まさか!いるはずないじゃないですかっ!せ、先輩だってそのあたりの事情は知ってるはずですよね?」


「ああ・・そう言えばそうだよな。な~んだ、九条。それじゃ、相手はおまえじゃないだろう。いや~心配して損したよ。な?」


二階堂は琢磨の背中をバンバン叩きながら言う。


「え、ええ。そうですね。そんなはずは・・。」


しかし、静香の次の言葉で琢磨は再び凍り付いた。


「それで・・・その美和って友人の話の続きなんだけど・・・翌朝目が覚めたら男性の姿は消えていたそうよ。・・・テーブルに2万円残して。」


「はあ?2万円?おいおい・・もしかしてその男、2万円支払って女を買ったつもりだったのか?しかし・・・どこの誰だか知らないが・・・最低な男だな。逃げるなんて・・・?どうした?九条。さっきよりも顔色が悪いぞ?」


二階堂は琢磨の顔を覗き込んだ。


「本当だ。大丈夫ですか?九条さん。」


修也も心配そうに声を掛ける。


「・・・・。」


しかし、琢磨は凍り付いたまま動くことが出来ない。


「九条さん、本当に大丈夫ですか?・・・ま、まさか・・・。」


そこで静香は何かに気付いたかのようにハッとなった。そして二階堂も気づいた。


「お、おい・・・まさか・・・だよな・・?」


二階堂は声を震わせながら琢磨を見る。


「は・・・はい・・・。」


琢磨は今にも消え入りそうな声で俯きながら返事をした。


「九条さん・・・。その女性に・・・お金を・・?」


修也は静かに尋ねると、琢磨は無言でうなずく。


「おいおい・・・勘弁してくれよっ!」


ついにたまらず二階堂は頭を押さえて、宙を仰いだ。


「お金・・・渡してきちゃたんですか?!九条さんっ!一体どういうつもりなんですか?!」


静香は琢磨に言った。


「か・・・・勘違いしないで下さいっ!!」


とうとう琢磨は声を荒げると、言った。


「い、いいですか・・?俺が目を覚ました時・・・全く見知らぬ女性が隣に寝ていたんですよっ?!こっちは少しも記憶が無いのに・・・。だ、大体2次会の会場の途中で記憶が途絶えていたんですからっ!そ、それで・・気づいたらベッドの上で・・。もうこっちはパニックですよ!だ・だから逃げてきたんですっ!でも・・・それだとあまりにも・・・相手の女性に失礼かと思って・・と、とりあえずホテル代と言う事で2万円置いてきたんですっ!」


最後はやけくそのように言った。


「「「・・・。」」」


3人の視線が一斉に琢磨に集中する。


「これは・・・もう、アレだな・・・。」


二階堂は腕組みをした。


「ええ・・そうね・・。間違いないわね・・・。」


静香は膝を組む。


「九条さん・・・。」


修也は心配そうに九条を見た。


「静香・・・その友達とは連絡取れるのか?」


二階堂は尋ねた。


「ええ、取れるわ。とりあえずメールをうって・・・。」


「わーっ!ちょ、ちょっと待って下さいっ!2人とも、どうするつもりですかっ?!」


琢磨は二階堂と静香を交互に見た。


「何って・・・このままにはしておけないだろう?」


「ええ、そうね。1人の子供を育てる母としてはこのまま見過ごしておくことが出来ないわ。」


「そうですね・・確かにこのままにしておくわけには・・・。」


修也が言う。


「じょ、冗談ですよね・・・?皆さん・・?」


琢磨は震えながら尋ねるが、全員首を振った。


「駄目だ、九条。子供を持つ父として・・逃げるのは許されない。」


「ええ、そうよ。九条さん。子育てって生半可なものじゃないのよ?責任は取らないと。」


「・・・。」


修也は黙っていた。


「そ、そんな・・・。」


琢磨はもう死刑宣告を受けた気持ちになっていた。そして・・・アメリカにいる翔を・・今、目の前で静香と話をしている二階堂を激しく恨んだ。


(くそ・・・・っ。もとはと言えば、俺がこんな目に遭ったのは・・・酔いつぶれた俺を置き去りにした翔と・・・先輩のせいだって言うのに・・!どうして俺がこんな理不尽な目に遭わなければならないんだっ?!こんなことになるなら・・・日本に戻らず・・・ずっとオハイオに住んでいれば良かった・・・。)


項垂れながら琢磨は思った。


もう夢見ていた朱莉との結婚は未来永劫無くなってしまったかもしれない・・と。


この日は琢磨にとって、今まで生きてきた中で、人生最大の受難の日となった―。







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