2-8 帰宅の日

 翌朝― 

眩しい朝日がカーテンの隙間から朱莉の顔に差し込み、朱莉は目が覚めた。目を擦りながらベッドから起き上がり呟いた。


「あれ・・・?私、いつの間に眠っていたんだろう?確か昨夜は航君と2人で缶ビールを一緒に飲んで・・・。」


だが、その後の記憶が朱莉には一切無かった。


(多分航君が運んでくれたんだろうな・・・。後でお礼を言おう。)


隣のベッドを見ると、明日香はぐっすりと眠っている。朱莉は明日香を起こさないうにそっとベッドから起き上がると着がえをし、リビングへと向かった。

時計を見るとまだ朝の6時になったばかりである。


(朝ごはんはどうなっているんだろう・・・。何かここの案内のようなパンフレットでもないかな・・・?)


朱莉はリビングのテーブルやダイニングキッチンを探してみたが施設案内らしき物は何も見当たらなかった。


「明日香さんが起きて来るのを待つしかないわね・・・。」


朱莉はポツリと呟くと、せめてコーヒーでも淹れようかと思い、キッチンにおいてある電気ケトルに水を入れるとスイッチを入れた。そしてリビングルームの部屋のカーテンを開けた時―



「お母さん、おはようっ!」


ロフトの上から蓮が顔を覗かせながら朱莉に朝の挨拶をしてきた。ひょっとするまだ航が寝ているかもしれないと感じた朱莉は人差し指を口元に立てると言った。


「しーっ、蓮ちゃん。まだ航君が寝ているかもしれないから・・・。」


すると蓮は言う。


「航君ならもう起きてるよ。」


「え?そうなの?」


すると航がひょいと顔を覗かせた。


「あ、航君、おはよう。」


「お、おう。おはよう。」


航は顔を赤らめると、すぐに奥に引っ込んでしまった。


「・・・?」


(どうしたんだろう・・・?航君・・?)


するとそこへ明日香も目を覚ましたのか、寝室の部屋の引き戸が開かれてリビングへと現れた。


「おはよう、朱莉さん。」


明日香はまだ眠いのか、目を擦りながら朱莉に言う。


「おはようございます、明日香さん。もうすぐお湯が沸くので一緒にコーヒーでもいかがですか?」


「あら、いいわね。それじゃ顔洗ってくるわ。」


明日香が洗面台の方へ引っ込むと、着がえを済ませた航が蓮を抱えて降りてきた。蓮の着がえも済ませてある。

蓮は朱莉に駆け寄り、右手で朱莉の足に抱きつくと言った。


「あのねえ、航お兄ちゃんが着がえさせてくれたんだよ。」


「まあ、そうなの?ありがとう、航君。」


朱莉が笑顔で航に言うと、再び航の顔が真っ赤に染まる。


「あ、ああ。別にそれ位どうって事ないから。」


(だ、駄目だ・・・!昨夜朱莉にキスしてしまったから・・は、恥ずかしくて顔をまともに見る事が出来ない・・!)


すると連も航の様子に気付き、言った。


「どうしたの?航お兄ちゃん。お顔が真っ赤だよ・・?」


「うわあっ?!な、何だ?蓮。そ・そ・そんな事はないぞ?よ、よし。顔でも洗ってくるかっ!」


言うと、航は背を向けて洗面台へと歩いて行く。


「あ、航君。洗面台には明日香さんが・・・。」


朱莉は呼び止めたが、航はそのまま洗面台へと向かった。すると入口で明日香と鉢合わせした。


「あら、おはよう。航。」


「ああ、おはよ。明日香。」


しかし、明日香は、挨拶をしてもその場を動かずにじっと航を見つめている。


「な、何だよ・・どうしたんだよ?」


航はあまりにも明日香が無言でジロジロ見つめて来るので尋ねた。すると明日香が口を開いた。


「貴方・・・朱莉さんの事好きだったのね。」


「なっ?!い、いきなり何を突然言い出すんだよっ?!」


航はむきになって言った。


「あら?昨夜眠ってしまった朱莉さんをベッドまで運んで・・その後キスしたじゃないの。」


「ばっ!しーっ!静かにしてくれッ!」


航は慌てて明日香の口を塞いだ。そして小声で言う。


「明日香・・・お、お前・・ひょっとして・・見ていたのかよ?いつから?!」


すると明日香は航の腕を外すと言った。


「2人がリビングでお酒を飲み始めた頃からよ。何となく話声がするな~と思っていたら、朱莉さんが眠ってしまって、そこを貴方が抱き上げて・・・そして・・・。」


「わーっ!た、頼むっ!その続きは言うなっ!言わないでくれっ!」


真っ赤な顔でしきりに明日香に懇願する姿は、明日香にとって好ましく見えた。


「いいじゃない。航。私は貴方みたいな人・・好きよ。自分の心に素直な人間は好感が持てるわ。私は朱莉さんと貴方の事・・応援するわよ?2人はお似合いだと思うわ?」


明日香の言葉に航の顔は思わず綻んだ。


「え・・?その言葉・・本当か?本当に俺と朱莉・・お似合いだと思うか?」


「ええ、そうね。朱莉さんは何所かフワフワしているというか・・のんびりしている雰囲気があるから、むしろ貴方みたいなタイプが彼女に合ってると思うわ?私も朱莉さんの今後の事を考えた場合・・誰かパートナーになってくれる人がいれば安心して蓮を連れて行けるもの。」


明日香はそれだけ言い残すと洗面台を出て行った。


「あ・・・・。」


1人残された航は今の明日香の言葉で、何故昨夜朱莉が泣いているのかを悟った。


(朱莉・・・ひょっとして明日香から蓮を連れて行くようなことを言われたのか?それで・・泣いていたのか?)


あんなに可愛がっている蓮をもうすぐ手放さなくてはならない・・・朱莉の気持ちを考えると、航は胸が潰れそうな気持になるのだった―。




「おおーっ!こ、これが朝食なのか?!すっげーな!」


朱莉、明日香、航、蓮の4人は昨夜みんなでバーベキューを行なったウッドデッキでレストランから運ばれてきた朝食を見て航は歓喜の声をあげた。

上質な木の箱に入って届けられた朝食は色とりどりのサンドイッチやサラダ。そして瓶に入ったヨーグルトや牛乳、オレンジジュース等が綺麗に並べられている。

蓮もそれを見て大喜びしている。


「お母さん、僕にこの苺のフルーツサンド頂戴。」


「いいわよ、でも蓮ちゃん。野菜サンドも食べるのよ?」


朱莉は笑顔で答える。


「うん、勿論だよ。」


一方明日香と航の方は・・・。


「ねえ、航。そのゆで卵、とってもらえる?」


「ああ、いいぜ。あ、そうだ。明日香、お前の目の前にあるボイルウィンナー2本くれよ。」


航は皿を明日香に差し出しながら言った。


「ええ、いいわよ。ついでにハッシュドポテトもいるかしら?」


「ああ、そうだな。」


何故か意気投合している。そんな様子を見て朱莉は不思議そうに首を傾げた。


(一体、どうしたのかな・・・?昨夜はそれ程仲が良さそうに見えなかったけど、何だか今の2人はすごく気が合ってるみたい。)


そして朱莉は思った。

意外と明日香と航はお似合いなのではないだろうかと―。



午前10時―


「よし、皆忘れ物は無いか?」


航は朱莉たちを振り返ると言った。


「ええ、私は無いわ。」


キャリーバックを持った明日香は言う。


「僕も無いよ。」


朱莉に手を繋がれた蓮は言う。


「私は・・元々に持つらしい荷物を持ってこなかったから・・。」


蓮のボストンバックを持った朱莉が答えた。


「よし、それじゃ皆で帰るか!」


そして航を先頭に皆で駐車場へと向かった―。



「でも、航君・・本当に六本木のマンションまで送ってもらっていいの?」


助手席に座った朱莉が尋ねる。


「ああ、いいんだって、気にするなよ。」


後部座席には明日香と蓮が座っていた。


施設内のショップで購入したシートベルトに取り付けるだけのキッズ用簡易シートベルを装着した蓮に明日香は言う。


「蓮。マンションまでは遠いから眠ってもいいわよ。」


「うん、そうだね。それじゃ、航お兄ちゃん、出発しようよ!」


蓮の元気な声に航は返事をした。


「よし!蓮。それじゃ行くぞっ!」


そして航は車のアクセルを踏んだ―。

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