4-4 報復を誓う男
翌朝―
昨日、自分のアドレスで明日香に不可解なメールを送りつけられた今朝の翔は不機嫌なまま8時に出社して来た。
そしてすぐに社内のネットセキュリティ対策部のエキスパート社員にPCを調べて貰った所、やはり外部からの侵入が認められ、一度だけ使用された痕跡が見つかった。そこですぐにパスワードのリセット及び再設定を行い、変更が終わった後にマルチウェアに感染している可能性を視野に入れ、パソコンをネットから切り離しセキュリティ対策ソフトで完全スキャンを行い、作業は終了した。
やがて9時になり、姫宮が出勤して来た。
「おはようございます。翔さん。」
姫宮はデスクの前にいる翔に頭を下げて挨拶をした。
「ああ、お早う。実は姫宮さん。君に聞きたい事があるのだが・・・。」
椅子に座ったままの翔は神妙な面持ちで姫宮を見上げた—。
同時刻―
トントントントン・・・・。
「う〜ん・・・。」
明日香はまな板の音と、味噌汁の匂いで目が覚めた。その際自分が何処にいるのか一瞬分からなくなってしまった。そして辺りを見渡し、自分がソファの上で眠っていた事に気が付いた。明日香の身体には布団が掛けてある。
ボンヤリする頭を押さえながら起き上がった時、リビングに置かれたベビーベッドから小さな音が聞こえてくるのに気が付いた。
「・・・?」
中を覗き込むと、蓮が起きていて小さな手足をバタバタ動かしていた。そして明日香を見た。
「ダー。」
小さな声で言って、じっと明日香から目を逸らさない。
(この子は私の産んだ子・・・・。)
明日香はそっと蓮に手を近付けると、蓮はそのとても小さな手で明日香に触れた。
柔らかくて暖かい・・・。明日香はその事を知った時、胸に熱いものが込み上げてきて、声を殺して泣いた。
「明日香さん?!どうされたんですか?」
すると気配に気が付いたのか、朱莉がキッチンから顔を覗かせ、明日香が泣いている事に気が付くと慌ててやって来た。
「どうしたのですか?明日香さん。何処か身体の具合でも悪いのですか?」
朱莉は心配そうに明日香に尋ねて来る。
「朱莉さん・・・。」
どうして彼女はこんなにも自分の事を心配してくれるのだろう?あんなに意地悪な事を沢山して・・酷い目に遭わせたのに・・・どうしてあの頃の自分はあんなに残酷な事を平気でする人間だったのだろう・・・。そう思うと、涙が溢れて堪らない。
「朱莉さん・・・私・・・。」
すると朱莉が言った。
「大丈夫ですよ、明日香さん。翔さんとの事なら・・・私がもう一度よく話をしてみますから・・。」
そしてニコリと微笑んだ。
「え・・?翔の事・・?」
そう言えば、明日香は朱莉に翔の事を言われるまで、すっかり翔の事を忘れていた事に気が付いた。思えばここに来たのも翔との喧嘩が原因だったのに、朝になればその事をすっかり忘れており、代わりに思ったのが自分を捨てて行った母親の事と、目の前にいる朱莉の事だけであった。
「ええ、翔さんとの今後の事です。取りあえず・・落ち着かれるまでは・・ここにいられますか?」
すると明日香は首を振った。
「いいえ・・・都内のホテルを借りるわ。実はね、4日後に雑誌のインタビューを受ける予定が入っているのよ。それで元々東京に戻るつもりだったんだけど・・・・。取りあえず、その仕事が終わったら・・・、また長野に戻るわ。」
「え?また・・長野に行くのですか?」
朱莉は信じられない思いで明日香を見た。
「私と翔・・・少し距離を置いて・・・互いを見直した方がいいと思ったのよ。
それに・・・この事は誰にも言っていないのだけど・・私の実の母がどうやら長野に住んでいるらしいのよ。だから・・ついでに探してみようかと思って・・・。」
「明日香さん・・・。」
朱莉は何と声を掛けてあげれば良いか分からず、別の事を言った。
「明日香さん。朝ご飯にしましせんか?」
その後―
明日香と朱莉は2人で向かい合わせに朱莉の作った朝食を食べ、2人で蓮のお世話をし、ネイビーに餌をあげたりと時間を過ごし・・。
午前11時―明日香は玄関に立っていた。
「明日香さん・・・本当にホテルに泊まられるのですか?」
朱莉は明日香に再度尋ねた。
「ええ、先程ネットでホテルも予約したしね。これから部屋に戻って宿泊準備を終えたら、すぐに行くわ。」
「あの・・・翔さんに報告は・・?」
朱莉は言いにくそうに尋ねると、明日香が言った。
「いいわ、置手紙を書いていくから。朱莉さんも、もう暫く放っておいてくれていいわよ。これ以上、迷惑を掛けたくないから・・・。」
「明日香さん・・・。」
「大丈夫よ、朱莉さん。貴女には・・ちゃんと定期的に連絡入れるから。」
「はい、それでは私もレンちゃんの写真付きのメッセージを送りますね。」
「あ、有難う・・・。」
明日香は頬を染めてポツリと言うと、朱莉の部屋を後にした。
「ふう・・・。」
朱莉は小さくため息をつくと、PCを開いて通信教育の勉強を始めた―。
「ねえ・・・また例のお客様、来ているわ。」
「本当ね・・・。この間も長い時間滞在していたけど・・今日も開店時間からきているわよ?」
億ションに併設するカフェ。また前回同様同じ女性店員同士が京極を見て、ヒソヒソと囁き合っている。
(全く・・・よく回る口だ・・・。あの2人は仕事と言うよりもここへ遊びにきているつもりじゃないだろうな・・?)
京極はPC画面に目を落しつつも、耳は2人の女性店員の会話を拾っていた。
(最も、俺も人の事は言えないか・・・俺の趣味は人間観察だ。彼女達とさほど趣味の違いは無いかもしれないな・・・。)
そして先程、京極は億ションを出て行った明日香の様子を思い出していた。
(あの気が強く、プライドの高い明日香の事だ。恐らく昨夜は鳴海翔の元を出て、朱莉さんの住む部屋を尋ねたのだろう。)
そこまで考えた時、京極のスマホに着信が入った。
「もしもし・・・・分かってる。・・え・・・?勝手な事をするなって・・?ああ。約束する。もう迷惑をかけるような行動はとらないと・・・。すまなかった・・。」
そして京極は電話を切ると溜息をついた。
「全く・・・鳴海家の人間はこちらの予測とは違う行動パターンを取って来るから質が悪いな・・・。だが・・絶対お前達の望み通りに等させるつもりはないからな。必ず・・報復して・・思い知らせてやる・・・・・。」
ギリリと歯を食いしばりながら、京極は再びPCのキーを叩き始めた—。
夜9時―
翔は疲れ切った顔つきで、自宅へ帰って来た。結局誰が翔のPCをハッキングしたのかは解明する事が出来なかった。そして、姫宮が怪しいと思っていたが、結局無実で、返って気まずい雰囲気を作り出してしまった。
「くそっ!一体・・・誰が犯人だったんだ・・・?」
翔はネクタイを緩めながらソファに座りこんだ時に、明日香が書置きを残したメモが舞い上がり、ソファの椅子の下に入り込んでしまった。だが、頭に血が上っていた翔にはその事は気付かなかった。
(やはりあのメール・・・あれは俺に個人的に恨みを持つ人間の仕業なのか・・・?俺と明日香と朱莉さんの事情を知る人物など、そうなってくると・・・もう・・あいつしか思い浮かばないぞ・・・?琢磨の仕業なのか?だが・・琢磨とはもう縁が切れてしまったし、そもそもあんな卑怯な真似をするような男でない・・・。)
結局、この日も翔は悩みすぎて殆ど眠る事が出来なかった。そして翔は明日香のメモに気付く事は無かった―。
『翔へ。私は後1週間だけ六本木のホテルに滞在します。もしまだ私を必要と思うなら連絡を頂戴。・・・一応待ってる。』
メモにはこう記されていた—。
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