2-11 夢のような

 18時―


朱莉が夜ご飯の支度をしているとインターホンが鳴った。モニターを確認するとそこに立っていたのは琢磨であった。


『こんばんは、朱莉さん。』


「こんばんは、九条さん。今、開けますね。」


朱莉は鍵を開けると、琢磨は中へと入った。それから約数分後・・・。

今度は玄関前のインターホンが鳴ったので、朱莉はドアを開けるとそこには琢磨が笑顔で立っていた。


「こんばんは、朱莉さん。突然連絡して悪かったね。」


「いえ、大丈夫ですよ。大分外冷えてきましたね。どうぞお入り下さい。」


「それじゃ、お邪魔します。」


琢磨が部屋に入って来ると朱莉が尋ねた。


「九条さん。お食事はどうされましたか?」


「いや・・・実は変な時間に食事をしたから大してお腹は空いていないんだよ。」


琢磨は照れ臭そうに言った。


「そうなんですか・・・実は今夜はおでんを作ったのですが・・せめてお野菜だけでも食べませんか?今から食事にしようかと思っていたんです。」


朱莉は土鍋の蓋を開けながら言った。


(朱莉さんと一緒におでんか・・・。)


「うん、いいね。美味しそうだ・・・それじゃ頂こうかな?」


琢磨が言うと朱莉は笑顔で答えた。


「はい、すぐに用意しますね。お待ちください。」


「ありがとう、それじゃ・・・準備が終わる間・・翔の子供に会わせて貰ってもいいかな?」


「ええ、いいですよ。リビングにベビーベッドがあります。そこで眠っていますよ。あ、その前に・・・・。どうぞこちらをお使いください。」


「え?」


朱莉が琢磨に差し出してきたのは除菌シートだった。


「あの・・・赤ちゃんに触れる時は手を清潔にしないといけないって書いてあったので・・すみませんが・・。」


朱莉は頬を染めながら言った。


「ああ、そうだね。確かに言われてみればその通りかもしれないね。」


琢磨は素直に除菌シートを受け取り、手を拭くとそっとベビーベッドを覗き見た。するとそこには小さな手をギュッと握りしめ、両肘を上向きにまげて眠っている小さな赤子の姿がそこにあった。


「へえ・・・・すごく可愛いな・・・。」


琢磨は見下ろしながら言った。


(こんなに可愛いんじゃ・・・翔が世話を焼きに来るのは無理も無いか・・・。だけど・・・。)


琢磨はぐっと歯を食いしばった。


(翔・・・お前の今やるべきことは、明日香ちゃんの側についてあげて、記憶を取り戻せるように寄り添ってやる事なんじゃ無いのかっ?!それを・・・いくら10年前、明日香ちゃんが俺の事を好きだったからと言って・・・俺に明日香ちゃんを押し付けて、自分は今迄散々蔑ろにしてきた朱莉さんの所へ出入りして・・・っ!)


「九条さん?どうかしましたか?」


朱莉が声を掛けてきて、琢磨は我に返った。


「あ、ああ・・ごめん。朱莉さん。あまりにも可愛らしいから・・・見惚れてしまったみたいだ。」


咄嗟に琢磨は笑って胡麻化す。


「はい、本当にレンちゃん・・・可愛いですよね。見ていて飽きないんです。」


笑みを浮かべながら話す朱莉は本当に子育てが楽しくてたまらないように見えた。


「朱莉さんは・・・絶対良い母親になれると思っていたよ。」


(そう、それが・・・例え自分の子供じゃ無いとしても・・・。)


「本当ですか?有難うございます。私もいつか本当の家族を持てる日がきたら・・。」


そこまで言いかけて朱莉は口を閉ざした。


「朱莉さん・・・?本当の家族を・・・・いつか持つつもりなんだね?」


琢磨は真剣な表情で朱莉を見つめた。


「え?あ・・・そ、そうですね・・・。」


朱莉は躊躇いがちに返事をした。


(誰だっ?!朱莉さんが・・・将来家族を持ちたいと考えている人物は・・・ひょっとして京極?それとも航か?もしくは・・・全くの第三者・・・。)


琢磨が真剣な顔で考え込む姿を見て朱莉は声を掛けた。


「九条さん・・・どうかしたんですか?何か・・・お仕事の上でトラブルがあって悩んでいるとか・・・?」


「い、いや。そんな事は全く無いよ。」


「そうですか?それならいいんですけど・・それでは食事にしませんか?どうぞおかけ下さい。」


朱莉に促され、琢磨は椅子に座ると、朱莉は鍋敷きを持ってきてテーブルに置いた。そしてグツグツ煮える土鍋を鍋掴みで慎重に持つと、そっと運んで鍋敷きの上に置いた。


「さあ、どうぞ召し上がって下さい。」


「ありがとう、では頂こうかな。」


「九条さん、どうぞお好きな具材を取って下さい。」


「うん、ありがとう。どれにしようかな・・・。うん、大根と卵にしようかな。」


琢磨は菜箸で大根と卵、ついでにこんにゃくと昆布巻き、ロールキャベツを取った。


「うん、美味い。残念だったな・・・車で来ていなければビールでも飲みたい気分・・・。」


言いかけて琢磨は思った。


(そうだ・・・。ビールを買ってきて飲ませて貰って・・翔の所に泊めさせて貰うか。)


「九条さん?どうしましたか?」


「あ、いや・・・実はビールを買ってこようかと思ってね・・・そして今夜は翔の所へ泊めてもらおうかと・・・。」


「そうなんですか?九条さん。ビールならありますよ?」


朱莉は笑顔で言うと冷蔵庫から缶ビールを出してきた。それはオリオンビールだった。


「へえ・・・珍しいね。オリオンビールなんて・・・あ。そうか・・・朱莉さんは沖縄にいたんだものな。オリオンビールの味はそこで覚えたんだね。」


「ええ、そうなんです。航君がこのビール大好きだったんです。航君が喜んで美味しそうにこのビールを飲んでいたので、2ケースも買った事もあって・・・。沖縄で別れた時は寂しかったけど・・・東京でまた会えて・・嬉しかったです。」


「へ、へえ〜そうなのか。」


(朱莉さん・・ひょっとして将来の相手は・・航を選ぶつもりなのか?)


琢磨は朱莉が航の事を笑顔で話す姿を見ているうちに、胃がキリキリ痛くなってきた。とてもビールを飲む心境では無かったが、折角朱莉が出してくれたのだ。飲まない訳にはいかない。


「そ、それじゃ・・頂くよ・・・。」


「はい、どうぞ。」


琢磨はプルタブを開けて、ビールを飲んだ。そのビールの味は・・・いつもより苦く感じた。


(くっそ・・・・航の奴め・・朱莉さんの心の中を独占しやがって・・・覚えていろよ!)


最早完全な八つ当たりではあったが、今度航に会ったら文句を言ってやろうと思う琢磨であった。




食事が済んだ後、琢磨は言った。


「一応、翔の所に電話を掛けてみる事にするよ。今夜泊めてくれって。」


「そうなんですね?それでは私はちょっとレンちゃんの様子を見てきますね。」


朱莉がリビングに消えると琢磨はスマホをタップして、翔に電話を掛ける事にした。


3回目のコールで翔が電話に応じた。


『もしもし、どうしたんだ?』


「ああ、翔。いきなりだが今夜お前の所に泊めてくれ。」


『ええ?!無理を言うなよ!俺は今実家に帰って来ているんだよ。』


「な・・何だって?!何故実家に帰っているんだよっ?!」


『え?俺が実家に帰って来ているのがそんなに珍しいのか?』


「ああ、余程の事が無い限り、絶対お前は実家に帰るような奴じゃない。」


『何もそんな断言しなくても・・・実は祖父から電話があったんだよ。それでちょっと思う所があって、今夜は実家に帰ったんだ。だから悪いけど泊められない。』


「そうか・・・ならもういい。」


『え?おい!琢磨っ!』


琢磨は溜息をつくと電話を切るとポツリと呟いた。


「仕方ない・・・代行運転を頼むか・・・。」


その時、朱莉がリビングから顔をのぞかせた。


「翔さん・・・何て言ってましたか?」


「うん・・・どうも実家に帰ってしまってるそうなんだ・・・。仕方ないから代行運転を頼むよ。」


すると朱莉が言った。


「その必要は無いですよ。ここに泊まっていきませんか?」


琢磨はその提案に驚いた。


「ええっ?!い、いいのかいっ?!」


「はい、幸いこの部屋には男性用の衣類は全て未使用の状態で全て有りますし・・・良かったら泊っていって下さい。」


「朱莉さん・・・。」


琢磨は当然・・・この夢のような提案を受け入れた—。




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