10-1 謎に包まれた京極

 翌朝―



「朱莉、本当は・・・ついて行ってやりたいけど・・・多分京極はそれを許さないと思うから・・・。本当に悪い・・・。」


玄関を出ようとした朱莉に航は辛そうに声を掛けた。


「航君・・・。京極さんはね、すごくいい人なんだよ?私が手放さなくてはならなくなってしまった犬を引き取ってくれたし・・・羽田空港まで送ってくれたりしたんだよ?だから・・・大丈夫だよ。」


朱莉は航に心配を掛けさせないように笑顔で言う。だが、ショルダーバッグを握りしめる朱莉の手は・・・小刻みに震えているのを航は見逃さなかった。


(朱莉・・・っ!)


その様子があまりにいじらしくなり、航はとうとう我慢が出来ず、小刻みに震えている朱莉の手を握りしめると言った。


「朱莉・・・っ!何かあったら・・・すぐに俺に電話しろよっ?!助けが必要なら・・どんなところに朱莉がいたって・・・駆けつけるから・・っ!」


「航君・・・・。大丈夫だってば。そんなに心配しないで?今日は・・・お父さんに定期報告をする日なんでしょう?」


朱莉は笑顔で航に言う。

「分かったよ・・・。朱莉。だけど・・・これだけは約束してくれ。」


「約束?」


「ああ・・・絶対に・・ここに今日帰って来てくれよ?俺・・・待ってるから・・!」


航は必死になって言った。実は航は最悪の事を考えていたのだ。朱莉の秘密を守るために京極は朱莉に関係を迫って来るのではないかと・・・。

興信所の調査員という特殊な仕事をしてきた航はそのような男女トラブルの話を散々見てきたからだ。


(あいつは紳士的に振る舞っているが・・・何を考えているのか全く読めない・・。くそっ!本当は朱莉に盗聴器を仕掛けてやりたいくらいだ・・っ!)


だが、航は調査員として働き・・・今の今まで盗聴器と言う非合法な手を使ってきたことは一度も無い。そのような事をして、仮にばれてしまった場合は当然罪に問われるからだ。だが・・・今回はそれでも構わないから盗聴器を仕掛けたいと思う気持ちを必死に抑え、朱莉を見送りする事に決めたのだ。


「航君・・・本当に大丈夫だから。家に帰るときは電話するね?」


航があまりにも心配するので、朱莉は笑顔で航の顔を見た。


「あ・ああ・・・。分かったよ・・。」


航は朱莉の手を離した。


「航君、それじゃ行ってくるね?」


朱莉は手を振って玄関のドアを開ける。


「・・・行ってらっしゃい、朱莉。」


航が寂し気に手を振る姿を見ながら朱莉は玄関のドアを閉めた―。



 朱莉がエントランスに到着すると、すでにそこには京極の姿があった。


「おはようございます。朱莉さん。」


京極は朱莉を見ると明るい笑顔で挨拶をしてきた。


「おはようございます。京極さん。」


朱莉は頭を下げて挨拶をした。


「朱莉さん・・・本当に来てくれたんですね。」


「え?昨夜も言いましたけど・・・約束しましたよね?」


言いながら朱莉は思った。


(京極さん・・・どうしてそこまで私が来ないかもしれないと思ったんですか・・・?)


「朱莉さん、とりあえず・・・出かけませんか?車を持ってきているので。」


「は、はい。分かりました。」


朱莉が返事をすると、京極は笑みを浮かべると言った。


「それでは少しだけここで待っていて下さいね。」


「はい。」



そして数分後―


朱莉の前にワインレッド色の1台のSUVタイプの車が止まり、運転席のドアが開くと中から京極が降りて来た。


「朱莉さん。お待たせしました。さあ、乗って下さい。」


「は、はい。」


京極に促され、朱莉は助手席に座るとシートベルトを締めた。その様子をじっと見ていた京極は朱莉の準備が終わると言った。


「さて、それじゃ行きましょうか?」


「は、はい。」


朱莉が返事をすると京極はアクセルを踏んだ―。




「あの・・京極さん。今日はどちらへ行かれるつもりですか?」


すると京極は前を見ながら言った。


「朱莉さん、美浜アメリカンビレッジには行かれたことはありますか?」


「いいえ。あの・・それに初めて聞きます。」


それを聞くと京極は満足そうに笑みを浮かべると言った。


「そうなんですね?良かった・・・もう彼と出かけた事があるのではと思っていたので。」


「・・・・・。」


朱莉はその言葉に答える事が出来なかった。


(京極さんの言う彼って・・・きっと航君の事なんだろうな・・・。)


「その美浜アメリカンビレッジってどんなところなんですか?」


「そこはアメリカの雰囲気をまねた商業施設ですよ。ショッピング、グルメ・・まさにエンターテインメントの場所です。・・・気に入っていただければいいのですが。」


「そうですか・・・。ところでこの車はレンタルですか?」


すると京極の口から意外な言葉が飛び出してきた。


「いえ、これは僕の車ですよ。」


「え?!」


朱莉は予想外の京極の返事に驚き、思わず運転席に座る京極を見つめた。


「あ、あの・・・それって・・いったいどういう意味・・ですか?」


すると、京極は言った。


「その事も含めて・・・美浜アメリカンビレッジに到着したらお話ししますよ。」


「京極さん・・・。」


(何故ですか・・・?何故京極さんはいつもいつも・・肝心な事を話してくれないのですか・・?)


朱莉のそんな不安をよそに、京極は言った。


「朱莉さん・・・今日彼は・・・航君はどうしているのですか?」


「航君は・・・家で仕事をしています。」


「そうですか。確か彼は興信所で働く調査員と言っていましたね。ひょっとすると・・・彼は・・僕の事も・・色々と既に調べているのではないですか?」


京極の的を得たような台詞に朱莉はドキリとした。


「さ、さあ・・・。私は何も聞かされていませんし・・聞きもしませんので・・。」


朱莉は心の動揺を悟られないように答える。


「・・・そうですか。」


京極は少しの間をあけると言った。


「僕は・・・朱莉さんの言う事なら何でも信じますよ。」


京極は朱莉の方を向いて笑顔で答えるが、逆にそれは朱莉の不安を掻き立てた。


「京極さん・・・私は・・・。」


「朱莉さん。」


突如京極が朱莉の名を呼んだ。


「は、はい。」


「沖縄で・・・辛い目に遭ってるのでは無いかと・・・ずっと心配していました。でも思っていたよりも・・・ずっと元気そうで・・いえ、むしろ東京に住んでいた時よりもイキイキとして見えて安心しました。これも・・全て航君のお陰なんでしょうね?」


「京極さん・・・。」


その時、京極が言った。


「あ、見えてきました。あれが美浜アメリカンビレッジですよ。」



そこには大きな観覧車が目印の・・・様々な商業施設が立ち並ぶエリアが広がっていた―。



駐車場に着いて、車から降り立つと京極が突然朱莉の左手を繋いできた。


「あ、あの・・・京極さん・・・。」


朱莉が戸惑って声を掛けると京極はにこりと笑うと言った。


「さあ、朱莉さん。こっちです。案内しますよ、行きましょう。」


そして朱莉の返事も聞かず、手を繋いだまま歩き出した。


「・・・・。」


朱莉は黙ったまま、京極に手を引かれて並んで歩き出した。


「朱莉さん、まずは何処かカフェに入りましょう。その後に朱莉さんを案内したい場所があるんです。」


「あの・・・案内したい場所と言うのは・・?」


朱莉は京極に質問をした。すると京極は言った。


「大丈夫です。すぐに分かりますから・・・待っていて下さい。」


(また・・・また、そうやって京極さんは・・・肝心な事を教えてくれない・・。そんな風に言われると・・不安が募ってくるのに・・・。)


しかし、今は京極の言葉を待つしかない。


朱莉は心の中でため息をつくのだった―。










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