9-13 朝食の会話
翌朝
6時に起きた朱莉がキッチンへ行くと、テーブルの上に航からのメモが乗っていた。
『お早う朱莉。今朝は9時に出掛けるから、悪いけど8時まで寝かせてくれないか?よろしく。』
「航君・・・何時に帰って来たのかな?でも8時なら・・余裕があるよね。あ、それなら!」
朱莉は出掛ける準備を始めた—。
8時―
航が目を擦りながらキッチンにいる朱莉に声を掛けて来た。
「お早う、朱莉。」
「お早う、航君。ねえ・・昨夜は一体何時に帰って来たの?」
朱莉は心配そうに航に尋ねた。
「う~ん・・夜中の1時か?その後、シャワーを浴びて・・寝たのは1時半頃だった気がするな。」
それを聞いた朱莉は心配そうに眉を潜めた。
「ねえ・・・航君。身体の具合はどう?疲れたり・・してない?」
「な、何言ってるんだ。大丈夫に決まってるだろう?俺はまだ22だし、睡眠時間だって6時間以上取っているんだから。」
朱莉がそこまで自分の事を気に掛けてくれているのかと思うと、つい顔が緩みそうになり、慌てて朱莉から視線を逸らせた。
「そう?ならいいんだけど・・。ねえ、航君。朝ご飯・・今日は家で食べれる?」
「ああ。今朝は余裕があるから大丈夫だけど・・・。」
航がそこまで言いかけると、みるみる内に朱莉の顔が笑顔になる。
「な、な、何でそんな嬉しそうな目で見るんだよ。」
思わず航の顔がカッと熱くなる。
「だって・・・一緒に食事が出来るのが嬉しくて・・・。」
朱莉はにこやかに答える。
「朱莉・・・。」
(駄目だ、勘違いするな。朱莉が俺と食事をしたいのは俺に気がある訳じゃなくて、誰かと一緒に食事がしたいだけなんだからっ!)
航は必死で自分の心に言い聞かせた。
「あのね、実は今朝はご飯じゃないんだけど・・いいかな?」
席に着いた航に朱莉は言った。
「ああ、別に何でもいいぜ。俺は好き嫌いは無いから。」
「良かった〜。実はちょっぴりリッチな高級食パンを売っているお店が近所に出来て、今朝買って来たの。」
言いながら朱莉は買って来た食パンを航に見せた。
「何っ?朝からわざわざ買いに行って来たのか?!」
航は驚いた。
「うん、まだ私も一度も食べた事が無いんだけど・・・航君と一緒に食べたいなって思って買って来たの。」
「朱莉・・・。」
(だ、だから・・・勘違いさせるような事を俺に言うんじゃないっ!)
航は朝っぱらからすっかり動揺していた。ただでさえ昨夜偶然目にした京極宛のポストカードで頭の中は一杯なのに、その上朱莉の勘違いさせるようなこの言動だ。
(全く・・・朱莉がこんな男心に鈍い性格の女だったなんて知らなかった・・・。)
そしてチラリと朱莉を見ると、朱莉は嬉しそうにパンをナイフで切り分けている。
「はい、どうぞ航君。」
朱莉は切り分けた食パンを航の前に置くと、フライパンに蓋をして少しだけ温めた後、皿におかずを乗せて航の前に出した。
それはハムエッグであった。それ以外に朱莉はサラダにミルク、ヨーグルト等を並べ・・・。
「ちょ、ちょっとストップ!朱莉っ!朝からそんなに食えるかよっ!」
終いには航に制止されるほどであった。
「「いただきます。」」
2人で向かい合わせの食卓で朝食を食べる。
航はパンを一口、口に放り込んで飲み込むと驚いた。
「な・・何だ、このパン・・すっげー美味い・・・。」
「うん、本当だね。私もびっくりだよ、こんな食パン食べるの初めて。」
朱莉も目を見開いて、パンを眺める。
「これなら1斤丸かじり出来そうだな。」
航の言葉に朱莉は真面目に答える。
「本当?それじゃ今度お昼の食事に1斤持たせてあげようか?」
「あ、あのなあ・・・・朱莉。今のは物の例えだよ。」
「あ、そうなんだ。例えなんだね・・・。それにしても・・・。」
朱莉は笑みを浮かべた。
「な、何だよっ?」
思わず航はドキリとする。
「誰かと一緒に食事するって幸せだよね・・・。」
朱莉は頬を薄っすら赤らめて言う。
「朱莉・・・。」
(それなら俺と・・・。)
思わず喉迄出かかった台詞を航は慌てて飲み込むと、言った。
「ふ~ん、そんなものなのか。それじゃ居候の俺も少しは役立ってるのかな?」
「うん。そうだよ。ありがとう、航君。」
朱莉の素直な返事に航は思わず絶句し・・・慌てたように牛乳を一気飲みするのだった—。
玄関で靴を履く航に朱莉は尋ねた。
「航君。洗濯物はどうしてるの?」
「洗濯・・?ああ、コインランドリーで洗ってるけど?」
「やっぱり・・・。ねえ、航君。今も洗濯物・・持ち歩いているの?ひょっとしてそのリュックの中身がそうなの?」
「ああ。そうだけど・・?」
すると朱莉が言った。
「出して、私が洗濯するから。」
途端に航の顔が真っ赤に染まる。
「な、な、何言ってるんだよっ!男の洗濯物を・・・・あ、洗うなんて・・。」
「え?だって・・家のお母さんは家族全員の洗濯物を洗うでしょう?」
「お母さん・・・。」
航は開いた口が塞がらなくなってしまった。
(何だ?朱莉は・・・本気でそんな事言ってるのか?)
「それに航君は・・・私にとって家族みたいな人だし。」
朱莉の言葉に航は思わず顔が熱くなった。
(え・・・あ、朱莉・・それってひょっとして俺の事・・?)
「航君は・・・何だか私の弟みたいな気がして。」
「弟・・・。」
その言葉に航の希望はガラガラと音を立てて崩れるのだった。
「あ~もう、分かったよ。好きにしてくれよ・・・。」
航はリュックを降ろすと洗濯物が入ったレジ袋を朱莉に手渡すと言った。
「なあ・・・本当にこんな事まで朱莉にやらせていいのかよ・・?」
「うん。だって一緒に今は暮してるんだから・・当然でしょう?」
「朱莉・・・ありがとな。」
航は思わず朱莉の頭を撫でようとして・・慌てて手を引っ込めると言った。
「それじゃ・・行って来る。今日は・・・19時には帰って来れると思うから・・。」
最期の方は小声になってしまった。
「うん、行ってらっしゃい。食事用意して待ってるね。」
「行ってきます。」
航はドアを閉めると、顔を真っ赤に染めた。
(何だよ、この会話・・・まるで夫婦の会話みたいじゃ無いか・・・。)
「さて、行くか。」
今の自分の考えを振り切るように航は声に出すと、エレベーターホールへ向かって歩き始めた—。
その後、朱莉は洗濯を回しながら、食器の後片付け、部屋の掃除に洗濯干しと休まず動き続けた。
そして一通り家事が終わると、出掛ける準備を始めた。
これから絵葉書の投函と、食事の買い出しに行く為である。
「あ、その前に・・・。」
朱莉は翔との連絡用のスマホを取ると、メッセージを送った。
それは昨夜朱莉が寝る前に考えていた事である。
明日香の子供を連れて億ションに戻った場合、京極に見られてしまう可能性がある事。そして、京極は勘が鋭い男なので朱莉が産んだ子供では無いと言う事を見抜かれてしまう可能性がある。そこで翔との契約婚が終了するまでの間は、何処か別のマンションで明日香の子供と暮らす事は出来ないか・・。
それらの内容をしたためて、朱莉は翔にメッセージを送った。
「翔先輩・・・何て言って来るかな・・?」
正直に言うと、どんな答えが返ってくるかは全く朱莉には見当がつかない。しかし、どんな結果であれ、朱莉は翔の言葉に従わなければならない。
(どうか、私の思いが翔先輩に届きますように・・・。)
朱莉は祈るような気持ちでバックを持つと、車のキーを握りしめて玄関のドアを開けた—。
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