8-1 梅雨明けと回想
朱莉と明日香が沖縄へやって来てから早1カ月半が経過しようとしていた。
明日香の方は大分切迫早産の危険性が収まり、後半月後には退院出来る事が決まった。
そして朱莉は・・・。
夜9時―
「それで、今日やっと運転免許が取れたんですよ。」
朱莉は嬉しそうにパソコンの電話で話をしている。その話し相手は・・・。
『おめでとう、朱莉さん。仮免の運転練習・・・付き合えなくて残念です。』
「いえ。お気持ちだけで充分です。それに京極さんには毎日電話で運転方法のアドバイスを頂いていたので、こんなに早く免許を取る事が出来たんだと思います。本当にありがとうございます。」
『いえいえ、朱莉さんの運転テクニックが凄かったんですよ。でも安心しましたよ。朱莉さん・・・最初の頃は声も元気が無さそうだったので、心配だったのですが・・・今では画面越しから素敵な笑顔を見せてくれるようになって。あ、そうだ。今、マロンを連れて来ますね。』
京極が一度PC画面から姿を消し、次に現れた時はマロンを抱きかかえてやって来た。
「マロン・・・。」
朱莉はマロンを見て名前を呼んだ。マロンは朱莉を見ると嬉しそうに吠えて尻尾を振っている。
京極との電話は朱莉がこのマンションに引っ越してきた当日から始まった。
初めは電話のみだったのだが、朱莉の声が元気が無い事を気にした京極が、PCで会話をする事を提案してきたのである。
勿論、設定方法は電話で京極に教えて貰いながら朱莉が1人で設定をした。
『ところで朱莉さん。今朝のニュースで知ったのですが、本日沖縄で梅雨明けしたそうですね。どうですか?沖縄の様子は。』
「はい、午前中までは雨が降っていたのですが午後になって急に天気が回復して青空が見えて、気温も急上昇したんですよ。沖縄ってこんなに梅雨明けがはっきりしているのかと思い、びっくりしました。」
『そうなんですか・・・。でもそう言えば今日の朱莉さんは真夏らしい恰好をしていますよね。こちらは冷たい雨が降っていて少し肌寒い感じですね。』
言われてみれば京極は長袖のシャツを着ている。
「早くそちらも梅雨明けすればいいですね。」
『ええ・・そうですね。ところで朱莉さん・・・。』
急に京極の声のトーンが変わった。
「はい、何でしょう?」
『まだ・・・暫くは沖縄で暮す事になるのでしょうか?明日香さんの体調はまだ回復しないのですか?』
いきなりの京極の質問に朱莉は戸惑った。
「え・・・と、それは・・・。」
『あ、別に僕がこんな質問をするのは明日香さんの様子を詮索する為ではありませんよ。ただ・・朱莉さんの事が気になるから質問しているだけですから。」
京極は笑顔で朱莉に言う。
「多分・・・今月一杯は確実沖縄に居る事になると思います。明日香さんは半月後には退院出来そうなのですが・・・いきなり飛行機での移動はまだ無理だと思うので・・・。」
しかし、朱莉はこれ以上の事は何も言えない・・・と言うか、何も聞かされていないのだ。翔からは毎日メッセージが届くようになったのだが、肝心の明日香についての話は全く無い。それに例え尋ねて見ても、毎回もう少しだけ待ってくれと同じ台詞を繰り返されるばかりであった。
それに明日香とも会話は殆どされていない。朱莉は週に二度明日香の衣類のクリーニングで病院を訪れてはいるが、挨拶程度しか交わしていないし、来週からは明日香に家政婦が付く事になるので、朱莉の出番は無くなる。
(私・・・これからどうすればいいんだろう?今迄通り過ごしていて大丈夫なのかな・・?)
その時―
『どうしましたか?朱莉さん。突然黙り込んで・・・。ああ、そうか・・・僕のせいですね。沖縄暮らしの期間について尋ねてしまったので・・。』
京極が目を伏せたので、朱莉は慌ててた。
「いえ、決してそう言う訳では・・・。」
すると京極が言った。
『朱莉さん、実は・・・。』
その時、画面越しに映る京極からスマホの着信音が聞こえて来た。
『すみません、朱莉さん。少し待っていただけますか?』
そう言って京極はスマホを見て眉を潜めると朱莉を見た。
「・・・京極さん?」
『・・・社の者からだ。こんな時間に電話なんて・・・。』
それを聞いた朱莉は言った。
「京極さん、何か急ぎの用時かもしれません。もう電話切りますので、どうか電話に出てください。」
『すみません・・・朱莉さん。ではまた明日・・・・お休みなさい。』
「はい、お休みなさい。」
そして朱莉はPCの電話を切ると、ため息をついた。
「京極さん・・・こんな時間までまだお仕事なんて大変だな・・。」
そして朱莉は再びPC画面に目を向け、検索画面を表示した
「どんな車にしようかな・・・・。」
朱莉が見ているのは沖縄にある車販売の代理店のサイトである。明日朱莉は早速車を購入するつもりで、事前に車をチェックしようとしていたのである。
その時、朱莉の目に1台の車が目に止まった。
それは白いミニバンの車だった。
朱莉の耳に琢磨の言葉が蘇って来る。
<この車は軽自動車だし女性向きの仕様だからいいと思うよ。車を買うときは俺に声を掛けてくれれば一緒に選びに行ってあげるよ。>
「九条さん・・・元気にしているのかな・・・?」
朱莉はポツリと呟いた。
実は朱莉は琢磨が東京へ帰ってからは1度しかメッセージのやり取りをしていなかったのである。
朱莉は自分のスマホをタップして琢磨からの最後のメッセージを開いた。
「朱莉さん。実は訳があって、当分朱莉さんとは連絡を取る事が出来なくなってしまった。本当にごめん。翔に何か理不尽な事を言われたら必ず知らせてくれよなんて言っておきながらこんな事になってしまって・・申し訳ない。朱莉さん、いつかまた連絡が取れるようになる日まで・・どうかその時までお元気で 琢磨」
このメッセージを最後に琢磨とは一切連絡が取れなくなってしまった。メッセージを送ってもエラーで戻って来てしまうし、電話を掛けても現在使われておりませんとの内容の音声が流れるばかりである。
そして慌てて朱莉は翔に連絡を入れると翔から意外な事実を聞かされた。
あの日・・・東京に戻り、仕事の合間に翔と琢磨は激しい口論となり・・・ついに翔は琢磨にクビを言い渡したのだ。
そして琢磨に今回の朱莉と明日香、翔の契約婚の事にも二度と口を出すなと命令を下し、金輪際朱莉とは一切の連絡を取らない事も約束させたらしい。
その事を朱莉に告げた翔は朱莉に言った。
『大丈夫だ、朱莉さん。琢磨がいなくなったって、俺達はうまくやれる。実は琢磨には内緒にしていたけど、俺にはもう1人秘書がいるんだ。彼女はすごく優秀だし、口もとても堅い。・・まあ少々冷たい感じがする時もあるけど・・冷静に物事も分析出来る。名前は『姫宮静香』という30歳の女性だよ。これからは何か困ったことがあったら彼女に相談するといい。当然彼女は俺達の契約婚の話も知っているからその辺りの事は心配しなくて大丈夫だからね?後で彼女から朱莉さんにメッセージを送らせるから。』
そしてそれから10分後・・・姫宮という新しい女性秘書から簡単な挨拶文が届いたのだった—。
「九条さん・・・翔先輩と・・・一体何があったんだろう・・?」
朱莉は溜息をつくと、再びPC画面に目を向け、車の車種を見つめていたが・・・・琢磨の事が気がかりで、少しも頭に入って来ない。
「仕方ない・・・。明日、直にお店に車を見に行って何を買うか決める事にしようかな。」
そして朱莉はPC画面を落し、ノートパソコンを閉じた―。
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