7-9 沖縄の夜
今、琢磨と朱莉は「めんそーれ」と言う沖縄料理を出す居酒屋に来ている。
「「・・・・。」」
朱莉と琢磨はお座敷席でお互い無言で向かい合って座っている。
注文を取りに来た若い男性店員もバツが悪そうに2人の間で跪いている。
「・・・朱莉さん。注文・・・どうする?」
琢磨がメニューを差し出しながら朱莉に勧めた。
「そうですね・・・。では・・・グレープフルーツサワーと・・このタコライスでお願いします。」
「うん。そうだね・・・このタコライスは沖縄のソウルフードと言われてるからね。それじゃ、俺は生ビールと海ぶどうの三杯酢・・・それとゴーヤチャンプルー。あとラフテーをお願いします。」
「はい、かしこまりしました。」
店員はほっとしたようにメニューを取ると、そそくさと立ち去って行った。
「九条さん、今のメニュー・・・全部沖縄料理ですか?ゴーヤチャンプルーは聞いたことがありますけど・・後は全部初耳です。」
「そうかい?それじゃメニューが届いたら一緒に食べてみようよ。気に入ってもらえるといいけどね。」
ようやく朱莉の方から話しかけてくれたので、琢磨は笑みを浮かべた。
あの後、朱莉は琢磨に縋りついて20分近く声も出さずにすすり泣いていた。その様子があまりにも哀れで、琢磨は翔と明日香に激しい怒りを感じずにはいられなかった。
(くそっ・・・・!朱莉さんをあんなに泣かして・・最近明日香ちゃんは以前に比べて少しはマシになって来たが・・・そこへ行くと翔のあの態度は一体何なんだ?!絶対にいずれ朱莉さんに謝罪させてやるっ!)
先程の事を思い返していると朱莉が声を掛けてきた
「九条さん・・・。」
「うん?どうしたんだい?朱莉さん。」
琢磨は出来るだけ優しい声で朱莉に返事をした。せめて翔が朱莉に親切に出来ないなら、自分だけでも朱莉に優しく接してあげようと思ったからだ。
「いつもいつも・・九条さんの前で子供の様に泣いたりして・・・呆れてしまいますよね?本当にすみません。・・自分がこんなに泣き虫だったなんて・・・気付きませんでした。本当にお恥ずかしい限りです。」
朱莉は頭を下げると言った。
「朱莉さん、それは・・・。」
(それは・・・翔の事が好きだからだろう?好きな相手に冷たい言葉を投げつけられるから・・・それだけ辛く、悲しく感じてしまうんじゃないのか?)
しかし、琢磨はその台詞を口にすることなく言った。
「別に気にする事はないよ。いや、むしろ他の男の前で泣かれるくらいなら・・・俺の前でだけ泣いてくれた方が嬉しいかな?」
「え?」
朱莉が顔を上げた。
(しまった!つい・・・へんな事を口走ってしまった!)
「い、いや。それより朱莉さん。今日は朱莉さんの1日遅れの誕生祝なんだから、好きなものを頼みなよ。遠慮することは無いから。それとも後でケーキでも注文しようか?」
「そうですね・・・。それじゃ・・今夜は思い切ってもう少しお酒飲んでみます。お酒を飲める大人って何だか格好いい気がするし。」
「甘いカクテルもいいと思うよ?ほら・・・これなんかどうだい?」
琢磨はカシスオレンジを指さした。
「これは甘くて飲みやすいし、度数も低めだからあまりお酒に慣れていない女性でもお勧めだよ?」
「そうですか。ではそれを注文してみます。」
するとタイミングよく先ほどの店員がアルコールとお通しを持ってやって来た。
琢磨はカシスオレンジと追加で、鶏のから揚げとだし巻き卵にシーザーサラダを追加注文した後、2人は乾杯することにした。
「それじゃ、朱莉さん。1日遅れだけど・・誕生日の乾杯をしよう。」
琢磨はビールジョッキを持つと言った。
「はい、そうですね。」
そして二人は乾杯をして、沖縄料理とお酒を楽しんだ―。
それから2時間後・・・。
「朱莉さん、朱莉さん。大丈夫かい?」
琢磨は壁に寄りかかり、うつらうつらしている朱莉に声を掛けた。
「は・・はい・・?だ、大丈夫です・・・。」
朱莉はすっかり酔ってしまっていた。
(まさか、チューハイ1杯とカクテル1杯で酔ってしまうとは・・・・まるでザルのような明日香ちゃんとは大違いだな・・。)
琢磨は会計を済ませると、朱莉を何とか立たせ、背中に背負うと居酒屋を後にした。
通行人たちからはジロジロ妙な目で見られたが、琢磨は気にも留めなかった。
(どうせ、ここは沖縄だ。俺の知り合いだっていないんだし・・・構うものか。)
そして朱莉を背負ったままタクシー乗り場に琢磨は向かった。
丁度運がいい事に客待ちのタクシーが1台あったので琢磨は朱莉を抱えるように乗り込むとタクシーで朱莉が宿泊中のホテルの名を告げた。
自分の肩に朱莉をもたれさせるように座らせ、琢磨は夜の沖縄の町を眺めていた。
国際通りには大勢の観光客と思しき人々が沢山歩いている。
それを見ながら琢磨は思った。
(これから朱莉さんは何カ月も沖縄で1人暮らしをする事になるんだ・・・。出来れば俺も朱莉さんの傍にいてやりたいけど・・・。)
そしてちらりと自分の肩に寄りかかって眠っている朱莉を見つめた。
(だけど、朱莉さんが望んでいるのは俺じゃない・・・。)
それを考えると琢磨の胸は訳の分からない痛みに襲われるのだった―。
「ありがとうございます。」
タクシーを降りると運転手が言い残し、タクシーは走り去っていった。
お金を支払い、琢磨は朱莉を背負ったまま宿泊しているホテルの前に降り立つと中へ入りフロントへ向かった。
フロントで事情を話し、朱莉が宿泊している部屋の鍵を預かると琢磨は朱莉の宿泊する部屋の中へと入った。
「・・・ここが朱莉さんの宿泊する部屋か・・・。」
そこそこのレベルのホテルなのかもしれないが、琢磨は自分の宿泊している部屋と見比べると罪悪感を感じるのであった。
「俺はあんなすごい部屋に宿泊しているのに、朱莉さんは・・・。」
とりあえず、朱莉を寝かせなければと琢磨は思い、ベッドの布団をまくると、そこに朱莉を横たえた。それでも朱莉はちっとも起きる気配は無い。
普段大人びて見える朱莉だが、こうして眠っている姿はまるで子供の様にも見える。
「フフ・・可愛らしいな。」
琢磨は次の瞬間驚いた。
「あ・・・一体俺は何を・・・?」
その直後、朱莉がうなり始めた。
「う~ん・・・。」
「朱莉さん?目が覚めたのか?」
しかし朱里からは返事が無いが、何か呟いている。
琢磨は耳を近づけて朱莉が何を言っているのか聞き取ってみた。
「翔先輩・・・。私の・・・事・・・嫌いなんですか・・・?」
そして次の瞬間・・・スーッと朱莉に目に一筋の涙が流れ落ちた。
「・・・!」
琢磨はその姿を見た時、何ともやるせない気持ちで一杯になってしまった。
「朱莉さん・・・何故なんだ?何故・・・あんなにも翔から何度も傷付けられているのに・・・まだ翔を求めているのか?俺じゃ・・・駄目なのか?」
琢磨は苦し気に言い、その瞬間に初めて自分の気持ちに気が付いた。
(そうか・・・俺は・・・朱莉さんの事が好きだったのか・・・。)
だが・・・琢磨は思った。自分は朱莉を好きになる資格が無い。何故なら朱莉を契約婚という鎖に縛り付けてしまったのは自分だからだ。
まして自分を選んでもらいたいと言う事は何ともおこがましい話だ。
「お休み、朱莉さん。せめて・・夢の中だけでも翔とうまくやれればいいのにな。」
琢磨は悲しげに言い、朱莉に布団をかけると部屋を出て、ホテルを後にした―。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます