7-8 悲しい立ち聞き

 コンコン


病室のドアがノックされた。


「あら、誰かしらね?看護師さんかしら?」


明日香がPCから目を上げると翔に言った。


「うん?でもさっき来たばかりだしな・・・・。」


すると外から声が聞こえた。


「俺だ、琢磨だ。」


「何だ、琢磨か。中に入れよ。」


翔に言われて琢磨がガラリとドアを開けて中へ入って来たが・・・。


「な、何だ?琢磨・・・お前随分機嫌が悪そうだが・・ひょっとして朱莉さんと何かあったのか?」


「あら、そうなの?琢磨?」


明日香は何処となく嬉しそうな笑みを浮かべて琢磨を見る。


「違うっ!そんなんじゃないっ!明日香ちゃんに頼まれた買い物を朱莉さんが揃えたから今それを届けに来ただけだっ!」


琢磨は乱暴に言うと、持って来たキャリーカートを2人の前に見せた。


「こ、これは・・・。」


翔が言い淀んだ。


「あら。よくこんなに沢山買い揃える事が出来たわね・・・・別に入院期間中に揃えてくれなくても良かったのに。」


明日香の言葉に琢磨はイラついた様子で反論した。


「明日香ちゃん、朱莉さんに頼む時そんな言い方はしていなかったぞ?」


「あら、そうだったかしら?」


「しかし・・・明日香・・こんなに沢山買い物を朱莉さんに頼んでいたのか?」


翔の言葉に琢磨は目を見開いた。


「何だって?おい、翔・・・お前は明日香ちゃんが朱莉さんにどれだけ買い物を頼んでいたのか知らなかったのか?!」


「あ・ああ・・知っていたら・・・お前を買い物に付き合わせていたよ・・。さっきの仕事は今夜中に終わらせればいいだけの話だし・・・。」


そんな2人のやり取りを明日香は知らんぷりしてPCを見ている。


「明日香ちゃん・・・まるで他人事のような態度を取っているけど・・・買い物の中身を確認しなくていいのか?」


怒りを抑えた口調で琢磨が尋ねる。


「ああ、別に必要無いわ。」


「「何だって?」」


琢磨と翔が声を揃えて明日香に言う。


「だって、適当に雑誌で見て選んだだけですもの。いちいち自分が何を買い物リストに書いたのかも覚えていないわ。」


「な・・何だって・・?」


琢磨は明日香を睨み付けた。


「な・・何よ。そんな目で人の事を見て・・・。」


「お、おい・・琢磨。明日香は絶対安静の身なんだ・・あまり怯えさせるなよ。だけど・・明日香。少しは買い物を頼まれた朱莉さんの事を考えてあげたらどうだ?あれだけの買い物・・・大変だったと思うぞ?」


翔が明日香を宥めるように言う。


「そうね・・・実際に集めるとこんなに量が多かったのね。パッケージの分で傘増しされたのね。でもそんなに急がなくても良かったのに。」


「おい!明日香ちゃん!今の台詞・・・・朱莉さんが聞いたらどう思う?朱莉さんはな・・一緒に買い物リストを見て、間違いが無いか確認しようとまでしていたんだぞ?!」


「ちょとっ!大声で喚かないでよっ!別にそんなの必要無いわよ。だって適当に書いただけなんだから。」


「て・・適当に書いただけだって・・?」


(それじゃ・・・朱莉さんの買い物は無意味だって言うのか?!)


「お、おい・・・2人供落ち着けって・・・。明日香の書いたリストは決して無駄じゃ無かっただろう。今は必要無い物があっても、いつか使えばいいだけの話だし。」


翔のその言葉は琢磨を切れさせるには十分だった。


「いつか使えば言いだって?ふざけるなっ!だったら自分で買いに行けばいいだろう?何ならネットで買ったっていい。明日香ちゃんのどうでもいい買い物に朱莉さんを巻き込むなよっ!」


「煩いわねえ!お礼を言えばいいんでしょう?それとも謝礼金を払えばいいかしら?大体どうでもいいってどういう意味よっ!」


「明日香、まずは落ち着こう・・・。琢磨は今朱莉さんの件で思う所があって少し神経過敏になっているんだよ。」


「おい・・・お前・・それは一体どう言う意味だよ・・・?」


琢磨は翔を睨み付けると言った。


「い、いや・・だって事実そうだろう?あの京極という男のせいで・・・。大体最近のお前・・少しおかしいぞ?以前のお前ならもっと冷静沈着な男だったじゃないか。」


「そうかい。それは誉め言葉だと受け取っておくよ。ようするに今の俺は以前より人間味が出て来たって事だろう?だがな・・・これだけは言っておく。これ以上お前達の我儘身勝手に朱莉さんを巻き込むなっ!沖縄までわざわざ呼びつけたんだから・・・少しは彼女を解放してやるんだな?」


琢磨が2人を交互に見ながら言うが、翔は反論した。


「いや・・・。それは出来ない。そもそも朱莉さんを沖縄に呼んだのは明日香の側にいて貰う為だ。何かあった時・・・逐一朱莉さんには明日香の様子を報告してもらいたいし・・・身の回りの世話だって・・・。」


「だったら家政婦でも何でも雇えばいいだろう?」


「いずれはそうするつもりだ・・・口の堅い家政婦が見つかればそれでいい。だけど・・それまでは朱莉さんに明日香を頼むしか無いんだよ。そうだろう、明日香?」


「う~ん・・・。でもあまり拘束したら朱莉さん気の毒じゃないかしら?程ほどで私は構わないけど?」


明日香は少し考え込みながら言った。


「ほ、程ほどって・・・それを誰に判断させるんだよ?言っておくが・・・朱莉さんにはそんな判断出来っこないからな?兎に角、翔、明日香ちゃん!朱莉さんをこき使うのはやめろっ!」


琢磨は朱莉を守る為に必死だった。しかし・・・。


「いや・・・そもそも朱莉さんにはそれなりの報酬を支払ってるんだ・・・。だからこれから先も少々の無理は聞いて貰わないと・・・。その為の契約婚なんだから。」



その時―。


ドサッ!!


病室の外で何か物が落ちる音が聞こえた。


「何だ?」


琢磨は病室のドアを開けて息を飲んだ。


「あ・・・・朱莉・・さん・・・。」


(そんな・・・・嘘だろう?一体いつから朱莉さんは俺達の話を聞いていたんだ?)


「あ、あの・・私・・・まだ頼まれた買い物を別に自分の鞄に入れておいて・・・・そ、それを届けに・・・。」


朱莉は眼を見開いて病室にいる翔と明日香の姿を見た。

その姿は・・まるで怯えているようにも見えた。


「あ、朱莉さん・・・今のは・・・!」


流石にばつが悪いと思ったのか、翔が声を掛けた時。


「す、すみませんでした。これ・・お願いします!」


朱莉は落してしまった包みを慌てて拾い上げて琢磨に押し付けるように渡すと、逃げるように立ち去って行く。


「朱莉さんっ!」


琢磨の呼びかけにも振り返る事無く朱莉は歩き去って行く。


「くそっ!」


琢磨は受けった包みをテーブルの上に置くと、慌てて後を追いかけて行く。


そんな琢磨を黙って見つめる翔に明日香は声を掛けた。


「翔・・・今のはちょっと・・・言い過ぎだったんじゃないの・・・?」


しかし、翔はそれに答えることなく俯くのだった—。




「朱莉さんっ?!何処だっ?!」


病院の外に飛び出た琢磨は必死で朱莉の姿を探した。すると、朱莉が病院の敷地を出ようとする姿が目に入った。


「朱莉さんっ!待ってくれッ!」


琢磨は走って追いかけ、朱莉に追いつくと右手を掴んで自分の方へ振り向かせた。


「・・・っ!」


朱莉の目には・・・涙が浮かんでいた。そして声を震わせながら言った。


「ご・・・ごめんなさい・・・。」


「朱莉さん・・・?何故謝るんだ?むしろ・・悪いのはどう見てもこっちだろう?」


しかし朱莉は首を振って下を向くと涙声で言った。


「九条さんが・・・・何故私にあそこで待つように言ったのか・・・ようやく意味が分かりました。それなのに・・私は理解する事が出来なくて・・病室へ届け物をしに行ってしまって・・。私が九条さんの言いつけを・・守っていれば・・・。ほ、本当に・・ごめんなさい・・・。」


「!」


琢磨は掴んだままの朱莉の右手を自分の方へ引き寄せ、朱莉を強く抱きしめると言った。


「言うなッ!頼むから・・・もうそれ以上・・・何も言わないでくれ・・・。俺が全部悪かったんだ・・・。朱莉さんをこんな事に巻き込んだのは・・全て俺のせいなんだ・・・。だから・・・お願いだから謝らないでくれッ!」


「く、九条さん・・・・。」


「泣きたいんだろう?好きなだけ・・・泣けばいいよ・・・。」


琢磨の言葉で朱莉の目からポロポロと大粒の涙が溢れだし・・・朱莉は琢磨の胸に顔を押し付け、声を殺して泣き続け・・・そんな朱莉を琢磨は無言で力強く抱きしめるのだった—。

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