7-6 焦り
「変だな・・・?通話中なんて・・・。」
駐車場に止めた車の側で朱莉に電話を掛けた琢磨は首を傾げた。
今琢磨が掛けた番号は朱莉が個人で使用しているスマホで、翔との連絡用の番号では無い。
今迄朱莉に電話を掛けて通話中だった事は一度も無かった。
(ひょっとしてお母さんと話しているのだろうか・・?いや、まさかそれとも・・?)
嫌な予感がして、一瞬琢磨の脳裏に京極の姿が頭をよぎった。
(まさか・・・電話の相手は京極なんじゃ・・・・。)
嫌な胸騒ぎが起こり始めていた。その胸騒ぎの理由を琢磨は心の中で弁明していた。
(違う、俺が京極に嫌な気持ちを抱くのは、あいつが朱莉さんに好意を寄せているからじゃない。何故か分からないが・・俺にはあの男が危険な人物にしか思えないからだ・・・。朱莉さんに好意があるように思わせて、本当は別の目的があって朱莉さんに近付いている可能性だってあるんだし・・・。)
琢磨はスマホを握りしめると再度、朱莉に電話を掛けた―。
その今から10分ほど前・・・・。
ようやく全ての買い物を終えた朱莉は近くのカフェで涼みながらアイス・カフェオレを飲んでいた。
すると朱莉の個人用スマホに着信が入って来た。その着信相手は・・・。
「え?京極さん?」
朱莉は慌てて電話に出ると言った。
「はい、もしもし。」
『こんにちは、朱莉さん。沖縄に無事着いたんですよね?』
「はい、着きました。」
『そうですか・・僕の所に連絡が入って来なかったので・・実は少し心配していたんですよ。』
京極に言われて朱莉はアッと思った。
「も、申し訳ございません。折角搭乗ゲートまで送って頂いたのに、沖縄に着いた事を報告しなくて。」
『ハハハ・・冗談ですよ。どうですか?沖縄は?』
「はい、お昼は京極さんに教えて頂いたソーキそばを食べたんです。凄く美味しかったですよ。あと、国際通りにも行ってきました。色々なお店があって楽しい場所でした。」
『朱莉さん・・・声がとても嬉しそうですね。・・良かったです、少し安心しました。』
「え・・・?安心?」
『はい、朱莉さんは・・いつも心に大きな悩みでも抱えているのか、俯き加減で・・どこか寂し気で・・・儚げな女性に僕の目には映って見えました。でも・・今の声からはそんな風に思わせる所が無くて良かったです。』
「京極さん・・・。」
(私の事・・・そんな風に見えていたんだ・・。)
『ところで朱莉さん。今はお1人なんですか?』
「はい、そうです。」
『そうですか・・・良かった・・・。では九条・・・と言う男性は一緒では無いんですね?』
「え?ええ。勿論そうですけど?」
(まただ・・・また京極さんは九条さんの事を・・・どうしてそんなに九条さんの事を気に掛けているんだろう?)
「あ、あの・・京極さん・・・。」
朱莉が言いかけた時、京極が言った。
『朱莉さん、住む場所はもう決まりましたか?』
「え?はい。決まりました。」
『何処になりますか?良ければ住所を教えて下さい。』
え・・?住所を・・・?一体何故だろう?朱莉は思った。
だが、その言い方は何処か有無を言わさない強さがあった。
「分かりました、住所は・・・・。」
朱莉は住所を告げた。
『成程。このマンションですね?』
「え?もしかして今調べたんですか?」
朱莉は驚いた。
『ええ・・・見知らぬ土地で1人きりで暮していかれるのですから・・当然心配しますよ。』
そして少しの沈黙の後、京極は言った。
『やはり・・そうだったんですね。』
「え?何の事でしょか?」
『忘れましたか?朱莉さん・・・初めは沖縄の別荘に泊ると言っていた事を。』
「!」
京極の言葉に一気に朱莉の身体に緊張が走る。
(そうだった・・・・!私は初めは・・・京極さんに別荘に泊るって・・!)
朱莉は初めに京極に沖縄の別荘に行くという話をしていた事をすっかり忘れてしまっていたのだ。
(ど、どうしよう・・・。)
朱莉はすっかりうろたえてしまった。だが、このまま黙っている訳にもいかない。
「あ、あの・・・京極さん・・・。」
『朱莉さん。・・・大丈夫です。何も・・言わなくていいです。僕は貴女を責める気など一切ありませんし・・・困らせたくもありません。』
電話越しから京極の労わるような声が聞こえて来る。
「・・・すみません・・。」
『謝る事なんか一切ありませんよ。僕が今電話を掛けたのは・・朱莉さんが無事に沖縄へ辿り着けたことを確認したくて電話を掛けただけですから。』
「はい・・。連絡せずにすみませんでした。」
『いいえ。僕が勝手に心配して電話を掛けただけなので気にしないで下さい。それでは・・・また連絡入れますね。失礼します。』
最期は朱莉が何か言う前に電話が切れてしまった。
(京極さん・・・どうして私に構うんですか?私達・・・・お互いの事殆ど何も知らないし、私は書類上とはいえ結婚しているのに・・・。こんな事、疑いたくないけど・・もしかして貴方は・・。)
そこまで朱莉が考えていた時、再度朱莉のスマホが鳴った。
(まさか・・また京極さんからっ?!)
朱莉は急いで着信相手を見ると、それは琢磨からであった。
「はい、もしもし・・。」
『朱莉さんっ?!何とも無かったかっ?!』
電話に出た早々に受話器越しから琢磨の切羽詰まった声が聞こえて来た。
「九条さん。どうしたんですか?何だか随分慌てている様ですけど・・?」
朱莉は不思議に思い尋ねた。
『いやさっき電話を入れたら通話中になっていたから・・もしかしてお母さんに何かあったのかと思って・・。』
「いいえ、違いますよ。母とは電話していません。」
『それじゃ・・・京極さんとかい?』
電話越しの琢磨の声は何処か寂しげに聞こえた。
「あ・・・。は、はい・・。そうです。」
『また・・何か嫌な事でも言われたりしたのかい?』
「いえ、そんな事ではありませんでした。」
『そうか、なら・・・って駄目だよな。俺がこんな事聞いたりしたら・・・。朱莉さんのプライバシーの問題だってある訳だし。』
「九条さん・・・。」
朱莉は琢磨に何と声を掛ければ良いか分からなかった。
少しの沈黙の後、琢磨が言った。
『朱莉さん。今何処にいるんだい?迎えに行くよ。それに昨日は誕生日だっただろ?1日遅れたけど・・何かお祝いさせてもらえないかな?食事でも一緒にどうだい?』
「あ、あの・・・お気持ちはとても嬉しいですが、九条さん・・お疲れではないですか?明後日には東京に戻らなければならないのに・・なので私の事は別に・・。」
言いかけた時、琢磨の低い声が聞こえて来た。
『・・・・かい?』
「え?九条さん・・・今何て言ったんですか?」
『ひょっとして・・・迷惑かい?』
その声は朱莉がドキリとする程悲しげだった。
「め、迷惑なんてとんでもありませんっ!」
朱莉は慌てて否定すると言った。
『そうかい?良かった・・・。それで朱莉さんは今何処にいるんだ?』
琢磨のほっとした声が朱莉の耳に聞こえてくる。
「えっと・・・国際通りにあるカフェなんですけど・・。あの、お隣はお土産屋さんになっています。お店の出入り口にはシーサーの置物が飾ってありますね。」
『ああ。そうか・・・今ので話で大体分かったよ。20分以内には到着できると思うから・・・待っていてくれるかな?』
「はい。分かりました・・お待ちしていますね。」
そして朱莉は受話器を切ると、再び窓の外を眺めた。
沖縄の空の色はまだ青かった―。
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