7-5 明日香の依頼
琢磨が病院へ入って行くと、そこには朱莉が嬉しそうに琉球グラスを見つめている姿があった。
一瞬その姿を見て琢磨は俯くが、すぐに顔を上げると言った。
「朱莉さん、お待たせ。それじゃ病室へ行こうか?」
「はい、そうですね。」
朱莉は立ち上がると、琢磨の後をついて明日香の病室へと向かった。
「朱莉さん・・すまなかったね。わざわざ沖縄まで呼び寄せてしまって・・・。」
病室の中へ入るとすぐに翔が朱莉に声を掛けて来た。
「いえ、そんな大丈夫です。気にしないで下さい。ところで明日香さんは・・お身体は如何ですか?」
朱莉はベッドの上にいる明日香に声を掛けた。
「そうね・・・時々お腹が急に張ったりはするけど今の所は大丈夫よ。でも退屈で死にそうだわ。」
すると翔が明日香の側に寄り、優しく言った。
「こら、駄目だろう?明日香。妊婦なのに、死ぬとか・・そんな言葉を使ったりしたら。」
翔の明日香を見る目は・・・正に愛しい人を見る眼差しだった。そしてそんな2人を見つめる朱莉の姿は・・悲し気に琢磨の目には写った。
(翔の奴め・・・朱莉さんの前では少しくらい遠慮してやればいいのに・・・。)
琢磨はイライラしながら翔と明日香の様子を見ていたが、明日香と翔はまるで2人だけの世界に入ってしまったかの如く、仲睦まじげな様子を見せつける為、ついに琢磨は我慢の限界で声を上げた。
「おい、2人供!いい加減にしろっ!今完全に俺と朱莉さんの存在を忘れていただろう?」
「い、いや。そんな事はないよ。」
「そうよ、変な事言わないでよ、琢磨。それよりも朱莉さん。ちょっとこっちに来て。」
明日香がいきなり声を掛けて来た。
「は、はいっ!」
朱莉はいそいそと明日香の側に行くと、朱莉に1枚のメモを差し出した。
「実は貴女に明日買ってきて貰いた物があるの。リストにまとめたから、後で買っておいてくれる?」
朱莉はそのリストに目を通し・・・愕然とした。
え・・?こんなにたくさん・?明日の面会までに・・?
そこには女性物の下着の他に、銘柄が指定された化粧品やマニキュア等様々な品物が書き出されていた。
「いい?朱莉さん。明日それを持って病院へ来てね?あ、あと・・。ねえ、翔。私の洗濯物持って来てくれる?」
「あ、ああ・・・。でも明日香・・本当に朱莉さんに頼むのかい?」
「ええ、だって嫌じゃない。病院の洗濯機は色々な人が使うのよ?私はそんな洗濯機で自分のパジャマを洗いたくは無いのよ。ねえ、朱莉さん。貴女に頼んでも構わないわよね?」
「あの・・・明日香さん。実は私・・・今はまだホテルに宿泊しておりまして・・マンションを借りて住むのは明後日になるのですが・・・。」
「あら、そうだったの・・。それじゃ、朱莉さんが宿泊しているホテルにランドリーをお願いすればいい事だわ。」
何を図々しい事を頼んでるのだと琢磨は思い、明日香を咎めた。
「おい、明日香ちゃん。あまり朱莉さんを困らせるような発言はするなよ!」
「なによ。だって仕方が無いじゃない。私はベッドから一歩も動けないし、翔だって私の付き添いがある。それに・・・琢磨に洗濯なんか絶対に頼みたくないもの。」
明日香は頬を膨らませながら言う。
「な・・っ、何故俺が明日香ちゃんの洗濯を・・・。」
そこへ翔が割って入って来た。
「すまない、朱莉さん。明日香の頼みを・・聞いてやってくれないか?」
「は、はい・・分かりました。それでは、私はもうこれで本日は帰りますね。」
「え?朱莉さん?もう行くのか?」
琢磨は朱莉に声を掛けた。
「はい、ホテルに戻ってすぐにクリーニングをお願いしますので。」
「あら、流石行動が早いわね、朱莉さんは。」
明日香が腕組みしながら言う。
「それじゃ朱莉さん。行こう。」
琢磨も席を立つと翔が声を掛けて来た。
「え?琢磨・・・お前も行くのか?」
「当り前だろう?朱莉さんを1人でホテルまで帰せるわけ無いだろう?」
「いや・・・実は仕事の件で、どうしても早めに解決しなくてはならない案件があって・・。」
「だったら、お前1人でやればいいだろう?俺はもう行かせて貰うからな。さ、行こう。朱莉さん。」
琢磨は朱莉を促して、連れて行こうとした矢先・・・翔が言った。
「駄目だっ!琢磨、お前はここに残れっ!お前と俺の2人で共有していた仕事の件なんだよっ!だから・・・琢磨。お前は俺と一緒にここに残って仕事をして貰う。これは・・命令だ。」
その言葉に琢磨は翔をキッと睨み付けた。
「ハッ!命令・・・か。分かったよ・・・。」
琢磨は呟くように言うと、朱莉を見た。
「ごめん。朱莉さん。ホテルへは・・・1人で帰って貰えるかい?」
「ええ、大丈夫ですよ。病院の前にタクシーは止まっていましたし・・・1人で帰れます。」
そして次に朱莉は明日香と翔を見ると言った。
「すみません。それでは失礼致します。又・・・明日伺いますね。」
そして朱莉は頭を下げると、静かに病室を後にした―。
明日香の洗濯物という荷物を抱えた朱莉は病院の前でタクシーを拾い。、行き先を告げた。
タクシーは約20分程でホテルに到着した。そこで朱莉はタクシー運転手に言った。
「あの・・・10分程で戻って来れると思いますので、すみませんがまだここで待っていて頂けますか?」
「ええ、大丈夫ですよ。」
年配の男性ドライバーの答えに安堵した朱莉は言った。
「すみません。よろしくお願いします。」
朱莉は頭を下げると、明日香のクリーニングを持って足早にホテルの中へと入って行った。
フロントで、急ぎでクリーニングを仕上げて欲しいと朱莉は頼むと、すぐにホテルを出た。
ホテルの前には先程朱莉が乗って来たタクシーが待っていてくれている。
「すみません、お待たせしました。」
「いえ。お客様。全然待っていませんから大丈夫ですよ。それで・・どちら迄行かれますか?」
「あの、国際通りまでお願いします。」
「国際通りの何処で降ろせばよろしいですか?」
「何処・・・う~ん・・・何処・・・?」
朱莉は考え込んでしまった。何せ沖縄に来るのも初めてだし、国際通りと言うのも初めて知ったのだ。
するとタクシードライバーが笑いながら言った。
「それでは国際通り入口までお乗せしましょうかね?」
「はい、それでお願いします。」
そしてタクシーは約15分程で国際通り入口へ辿り着いた朱莉は礼を言い、料金を支払うとタクシーを降りた。
そして明日香から預かって来た買い物リストを取り出すと呟いた。
「ふう・・・この品物が一か所で全て揃えらえる場所はないかな・・・。」
朱莉はポツリと呟き空を仰ぎ見た―。
時刻は午後5時―。
琢磨と翔は互いのPCを見ながら仕事をしていたが、やがて琢磨が顔を上げて伸びをした。
「う~ん・・・やっと終わった・・・。」
そして翔に声を掛けた。
「どうだ、翔?そっちは終わったか?」
「ああ、もう少しで終わりそうだ。」
それから少しの間、キーボードを叩く音が静かな部屋に響きわたり・・・。
「よしっ!終わったっ!」
翔はPCをパタンと閉じると言った。
「そうか、それじゃ俺はもう行くからな。」
直ぐに荷物をまとめて病室を出ようとする琢磨に翔は声を掛けた。
「何だ、行くのか?折角明日香も今眠っているし、何処かで珈琲でも飲まないかと思ったのに・・・。」
その言葉に琢磨は唖然としてしまった。
「お、おい!翔。お前は・・・先に病院を出た朱莉さんが気がかりじゃ無いのかっ?!」
思わず食ってかかる琢磨。
「い、いや・・・。だって、ここは沖縄だぞ?別に言葉が通じない海外って訳でもないんだし・・・・。」
翔の言葉に琢磨はピクリと反応し、俯いた。
「朱莉さんと・・・同じような台詞を言うんだな・・・。」
「え?朱莉さんが何だって?」
「いや、別に何でも無い。俺は今日朱莉さんと食事に行く約束をしているんだ。だから本当にもう行くからな。」
そして琢磨は私物である荷物を持つと。病室を後にした。
病院の外に出ると、琢磨はすぐにスマホを取り出し、朱莉に電話を掛けた—。
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