7-3 沖縄でのランチと琢磨の提案
ネイビーをペットホテルに預けた後、琢磨は次に朱莉の宿泊するホテルに向かう事にした。
「朱莉さん、本当に運が良かったよ。何とか那覇市内でホテルを1件予約する事が出来たんだ。まあ最も沖縄で一番宿泊施設が多いのは何と言っても那覇市だからね。立地条件もいいし、明日香ちゃんが入院している病院も那覇市内にあるから。」
ハンドルを握りながら琢磨が言う。
「明日香さん・・・具合はどうなんですか?」
朱莉が尋ねた。
「うん・・。実は俺はあまり詳しく俺は知らないんだ。ベッドの上で休んでいなければならないけど・・・仕事は出来るみたいだしね。」
「え?仕事・・・?明日香さんてどんな仕事をしてるのですか?」
「あれ?朱莉さんはもしかして知らなかったのかい?明日香はイラストレーターなんだよ。おもに小説の表紙のイラストを描いているよ。以前は文芸作品が多かったけど、最近はライトノベルにも描いているみたいだね。後は・・・・あ、そうだ。アプリゲームのキャラクターデザインも手掛けたことがあるって言ってたっけな?」
琢磨の話に朱莉は驚いていた。
「そ・・・そうだったんですか?明日香さんて・・・そんなに凄い方だったんですね?」
(だから・・・明日香さんはあんなに自信に満ちて・・綺麗なんだ・・。それに比べると私は・・学歴も無いし、何かに秀でている才能も無い・・・。これじゃ翔先輩が明日香さんを好きになるのも当然だよね・・。)
「どうしたんだ?朱莉さん。もしかして・・疲れたのかい?」
急に静かになった朱莉を気遣って琢磨が声を掛けて来た。
「いいえ、大丈夫です。でも・・・・少しお腹が空いた・・・かも・・。」
朱莉は真っ赤になって俯いた。
「あ・・ああっ!ご、ごめん!朱莉さん、まだだお昼食べていなかったんだね。まあ俺もまだなんだけど・・・。それじゃ先に何処かでお昼を食べに行こうか?何がいい?」
「私はどこでもいいですよ?ファミレスでも構わないです。」
「いや、わざわざ沖縄に来ているのにファミレスじゃ味気ないだろう?う~ん・・。」
「あ、あのソーキそばはどうですか?」
朱莉の言葉に琢磨は頷いた。
「うん。ソーキそばか・・・いいね。それにしても朱莉さん沖縄は初めてなのにそのそばの事知ってたんだね?もしかして事前に調べていたのかい?」
「いえ。京極さんに・・。」
言いかけて慌てて朱莉は口を閉じた。
(いけない、九条さんにあまり京極さんの話をしたら・・・。)
朱莉は今琢磨がどんな顔をしているかチラリと見たが、別に普段と変わらない様子の琢磨がそこにはいた。
「そうか。彼に教えて貰ったんだね。よし、それじゃこの辺りでソーキそばの店が無いか確認してみよう。」
近くのコンビニの駐車場に車を入れると琢磨はナビを操作して、店の情報を探した。
「うん、この店が比較的近いかな?駐車場もあるみたいだし・・・多分クルマで5分程の距離だから行ってみよう。」
そして琢磨は再びハンドルに手を置き、アクセルを踏んだ―。
それから約40分後―
2人はソーキそばの店から満足げに出てきた。
「朱莉さん、初めてのソーキそばはどうだった?」
車に乗り込み、運転を始めると琢磨が早速尋ねて来た。
「はい、すごく美味しかったです。でも驚きました。あのお店・・ソーキそば以外にもご飯やおかずのセット迄あるんですね。」
「うん。でも美味かったよ。朱莉さんにはちょっと量が多いかもしれないけどね。」
琢磨が頼んだのがセットメニューだったのである。
「はい、私はそばだけで十分でした。」
「そうだね・・・いや、それにしても・・・。」
琢磨が苦笑した。
「どうしましたか?」
「あ、ああ・・・。まさかあの店で新婚旅行に来ていた夫婦に間違われるとは思わなかった。」
「そう言えば、あれはちょっと驚きでしたね。」
実は先程2人が入った店は新婚旅行に訪れたカップルには消費税分の割引サービスを行っていたのである。
それを朱莉が必死に否定して、割引サービスの恩恵には預かれなかった訳なのだが・・・・。
「別にあんなに必死に俺と朱莉さんが新婚旅行の最中では無いって事・・否定しなくても良かったんじゃ無いかな?」
琢磨は前を見ながら言った。
本来の琢磨ならこんな事は絶対に言わないのだが・・・朱莉の反応が見たかったのだ。
すると朱莉は言った。
「駄目ですよ・・・。嘘をつくのは・・・。」
そう言って少し寂しげに言う朱莉を見て琢磨は思った。
(朱莉さん・・・やはり偽装結婚で周囲の目を騙している事に負い目を感じてるんだ・・・。だが、朱莉さんに嘘を尽かせなければならない状況に追いやった全ての責任は俺達にあるのに・・・。数年後、翔と離婚をすれば・・朱莉さんの苦しみも消えて無くなるのだろうか?)
しかし・・・。
いや、決してそれは無いだろう。朱莉さんが嘘をついた事実は消えない・・・それを強いた自分達は最低な人間だと琢磨は思うのであった—。
「着いたよ、朱莉さん。今日から一応2泊3日でこのホテルに予約を入れてあるからね。・・・ごめん。こんなホテルしか空いて無くて。」
琢磨が申し訳なさそうに言う。
「どうしてですか?素敵なホテルじゃないですか。」
朱莉は車を降りると言った。朱莉の目から見るとこのホテルの外観は十分立派に見えた。しかし、琢磨が宿泊している部屋は1泊15万円もするホテルなのだ。
「あ、朱莉さん。朱莉さんが構わないなら・・・俺の宿泊しているホテルと交換しないか?実は今宿泊している部屋は五つ星ホテルでスイートルームなんだ。そこしか空いていなくて・・・。」
徐々に琢磨の声が小さくなっていく。琢磨は心の中で思っていた。
(いくら、俺が宿泊する時にそこのホテルのスイートルームしか無かったからと言って自分ばかりあんな高級ホテルに!そこへ行くと朱莉さんが宿泊するのは1泊1万5千円の部屋・・・。これじゃまるで翔と明日香が朱莉さんにしてきた事と一緒じゃ無いか・・・。)
「よし。そうしよう。今からホテル側に交渉すれば多分大丈夫だから。」
「九条さん・・・。」
朱莉は琢磨の申し出に驚いた。
いや、朱莉からすれば1泊1万5千円だって、十分過ぎるのだが、琢磨はそうは思わず申し訳ない気持ちで一杯だったのだ。
「な、何を言ってるんですか?九条さん。私はこのホテルで十分ですよ?それじゃ中へ入って取りあえずチェックインの手続きを済ませてきますね。」
「ああ、俺も一緒に行くよ。」
そして2人でフロントで宿泊手続きをすると朱莉は言った。
「では九条さん。部屋に荷物を置いてきますので、ここのロビーで待っていて頂けますか?」
「分かったよ。それじゃ待ってるからね。」
そして琢磨は朱莉を見送ると、ロビーのソファにドサリと座ってスマホをタップした。すると翔からメッセージが届いている事に気が付いた。
早速琢磨はメッセージを開いて見た。
『琢磨、朱莉さんとは合流出来たか?朱莉さんに挨拶がしたいから、夕方にでも彼女を明日香の病室まで連れて来てくれないか?」
それを見て琢磨は思わず自分の気持ちを声に出してしまった。
「ああ?!こっちはこれから朱莉さんを連れて不動産屋に行って、賃貸マンションの契約を交わさなければならないんだぞ?それに食器類や・・日用生活雑貨を買い揃えないとならないのに・・・。」
イライラしながら、琢磨はその旨を綴ったメッセージを書いて返信するとすぐに翔から電話がかかって来た。
「もしもし、何だ、翔?」
『琢磨、今日は病院に来ないのか?』
「おい、人の話聞いていたのか?今日は病院にはいかないと言っただろう?忙しいんだよ、色々とやる事があって・・・。これから不動産屋に行かなければならないし、朱莉さんが沖縄で暮していく為の日用雑貨だって買い揃えなければいけないし・・・。」
『え?買物なら・・・朱莉さん1人でも出来るだろう?』
「お、お前なあ・・・何て冷たい奴なんだよっ!俺達の都合で朱莉さんをわざわざこんな遠くまで呼び出してしまったんだから・・少しぐらい彼女の為に買い物に付き合うのは当然だろう?!」
イライラしながら琢磨は思った。
本当に朱莉は、こんな冷たい男の何処がいいのか・・・・。
その時、ふと琢磨はこのホテル内にいる人々の視線が自分に集中している事に気が付いた。どうやら思っていた以上に大声で怒鳴ってしまっていたらしい。
「と、とに角今は駄目だ、後にしてくれっ!」
『お、おい!琢磨・・・ッ!』
琢磨は翔が電話越しで話している最中だが、強引に電話を切ってしまった。
(全く翔は自分勝手な男だ。こんな状況が続けば・・本当にお前の秘書やめるぞ?)
そして琢磨は深いため息をついた—。
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